明治大学・大島光翔 全日本選手権で祖父との約束「4回転」に挑む
今シーズンもキャッチーな演技で魅(み)せる明治大学3年の大島光翔(立教新座)。8月に4回転ジャンプの練習時に転倒し練習できない期間もあったが、アクシデントを乗り越えて東日本選手権を3位で通過、12月21日に開幕する全日本フィギュアスケート選手権出場を決めた。4回目となる全日本で、幼い頃から応援してくれた祖父と約束した4回転ジャンプに挑む。
高3で全国上位を意識 4回転に取り組む
「あの時、上を目指していたわけでもなく、自分のベストな演技をすることだけを心掛けて試合に臨んだら、今までにないような点数を出すことができました」。「あの時」とは、2020年11月、高校3年時の全日本ジュニア選手権。フリーの演技が終わった後のキス・アンド・クライは忘れられない。「父親がすごく喜んでいる姿を鮮明に覚えていて、それが一番うれしかったです」。フリー2位の130.78点を出し、総合で5位入賞。全国の上位で戦う思いが芽生えた瞬間だった。
12月、全日本ジュニアの結果を受けた推薦で全日本選手権に初めて出場した。会場は長野市のビッグハット。過去に試合で足を運んだことはあるものの、「全日本」の雰囲気に包まれた会場は、まるで来たことのない場所のように感じられた。「自分が全日本ジュニア5位という実感もほぼないまま臨んだので、おどおどしながら周りを見ながらって感じでした。あっという間に終わってしまって」。結果は総合18位。スケートの楽しさを改めて感じるとともに自身の課題も見えた。「全日本」という舞台に立ち続けるために進化を誓った。
転機になったこの年に4回転ジャンプの練習に取り組み始め、全日本選手権で初めて試合に組み込んだ。周りの選手のレベルに追いつくためには、4回転の習得が必要だと実感した。初めのうちは他のジャンプの確率や精度を上げることに手いっぱいで、4回転は「チャレンジ」という感覚だったという。コンディションを見ながら不定期で練習した。
大技よりもいかにミスをしないか 助言を受けシフトチェンジ
明治大に入学した2021年は、最後の全日本ジュニアで表彰台に上がることを目指した。東京選手権、東日本選手権(いずれもジュニア)、全日本ジュニアと、フリー「道」の冒頭に4回転ルッツを組み込んだものの、成功させられなかった。大一番の全日本ジュニアは総合5位にとどまり、推薦出場した全日本選手権は195.04点、総合16位で終えた。
シニア参戦となった大学2年時、初戦の東京選手権はフリー冒頭に4回転ルッツを組み込んだものの、東日本選手権以降は4回転を構成から外した。「チャレンジしたい気持ちはあって……。でも正直、周りが見えていなかった部分もありました」。父・淳コーチや定期的にアドバイスをもらうようになった中野園子コーチらの客観的な助言が、プログラムの構成を見直すきっかけになった。大技よりもいかにミスをせずに試合を終えられるか。自身も納得して、冒頭をトリプルアクセル(3回転半)に変えてノーミスを目指した。
東日本選手権のショートプログラム(SP)は75.02点と自己ベストを記録し、首位に立った。初のフリー最終滑走を経験し、総合優勝を果たした。そして迎えた全日本選手権のSPは16位発進。フリーでは、冒頭のトリプルアクセルから流れに乗り、演技後には小さくガッツポーズを見せた。202.44点で総合14位。緊張を感じながらもフリーで持てる力を発揮し、強くなりたい思いがより一層深まった。
シーズンを通して、フリー冒頭のトリプルアクセルは、全日本で1.71、日本学生氷上競技選手権(インカレ)で2.13、特別国民体育大会冬季大会で1.60のGOE(出来栄え点)を引き出した。トリプルアクセルで流れをつくって、その後のエレメンツに対する集中力を持続させることができたのは成長を感じられた部分だ。
それでも「4回転をマスターできないまま終わってしまったので、自分にとって耐え忍んだシーズンだったと思います」。心の中で4回転ジャンプに対する気持ちが燃えていた。
4回転の完成を前に起きたアクシデント
オフシーズンに入り、今シーズンの初戦から4回転ジャンプを入れることを念頭に練習に取り組んだ。1本跳ぶたびにスマートフォンで撮影した動画を見直し、再び跳ぶ。前のジャンプより良い形で跳べるように地道に跳び続けた。
同じリンクに数種類の4回転を跳ぶ、1年後輩の佐藤駿(エームサービス/明治大学、埼玉栄)がいることもいい刺激になる。「『今のジャンプ見てどうだった?』とか『跳ぶ時のスピード、回転のかけ方が分からないんだよね』と言うと、教えてくれたりすることもありました」。身近にいる仲間から学び、自身の可能性を広げていった。
今シーズンの初戦は8月中旬のげんさんサマーカップ。SPは「The Super Mario Bros. Movie」、フリーは「ムーラン・ルージュ」と、ともに新しいプログラムを披露した。その後、岩手県で8日間の合宿に参加し、中野園子コーチの指導を受けた。
4回転は、得意とするルッツ以外にサルコウとループも練習していた。合宿最終日の前日。生徒一人ずつジャンプを跳ぶ中、自分の番がきた。4回転ループを跳ぼうと踏み切って跳び上がったが、軸が曲がって氷に頭を打った。「気付いたら病院にいた感じでした」。脳振盪(しんとう)と診断を受け、2週間安静にするよう指示された。練習はできなかった。
合宿では、氷上での集中的な練習に加えて陸上トレーニングにも励んだ。滑れない期間ができたことをもったいないと感じたこともあったが、「焦ってもどうしようもない、取り返しのつかないことになるのだけは嫌だった」。時を待ち、練習を再開した。
9月23日に行われた東京選手権のSPでは、人気ゲーム「スーパーマリオ」に登場するスターが付いた新しい衣装に身を包み、笑顔でリンクに立った。演技中に衣装から緑のキノコを繰り出し、お辞儀の際には演技中に隠れていた赤のキノコを登場させるパフォーマンス。ユーモアたっぷりに観客を沸かせる姿は健在だった。
10月には東日本学生選手権、AUTUMN KOBATONに出場し、試合数を重ねた。ただ、3回転ループの成功が少なかった。
「一度あのようなこけ方をしてしまうと、どうしても怖くなってしまいます。いまだにループは踏み切りの前に少しよぎることがあります」。大きなケガの影響はメンタルにも及んでいたが、「マイナスに思ってもいいことはないですし、どんな状況でも良い面を捉えられるようにしたい」と考え、なるべく気にしないようにマインドを保った。
演技直後に込み上げた悔しさ
「メンタルも体力面も万全の状態で臨みました」。自信をもって迎えた11月の東日本選手権では、SP、フリーともにノーミスで演技し、表彰台に上がることを目標に掲げた。6分間練習でもジャンプを確実に降りた。SPは2本のジャンプにミスがあり、4位発進。フリーでは着氷が乱れるミスが続いた。
いつもは演技後すぐにキス・アンド・クライに姿を現すことが多いが、この時はリンクを出て淳コーチと会話を始め、なかなかその場を動かず、キス・アンド・クライに向かう途中で得点がコールされた。その後もキス・アンド・クライの横の出入り口の前で、後続の2選手が滑走し終わるまでの間、立ち尽くし、話し続けていた。
「うまくいかなかった自分に腹が立っていましたし、『なんで失敗したんだ?』みたいな感じでした」。淳コーチから客観的な視点からの意見を聞き、課題を整理した。「キスクラに座れるような状態でなかった部分はあります。お客さんはキスクラまで見てくださいますし、キスクラは笑顔でいたいので」。積み重ねた練習と本番の演技のギャップに感情が込み上げた。
納得のいく演技にはならなかったが、総合3位に入って目標をクリアしたことは前向きに捉えた。全日本選手権に照準を合わせ、一層練習するのみだ。
全日本で挑む約束の4回転
今年の全日本の目標は「4回転。それが自分の中で一番大きな目標で、順位は12位以内が目標です」。今シーズンはケガの影響でこれまで4回転を組み込めなかった。「4回転は必要。もうやらないといけないなと思って」。4回転に挑むことを心に決めたのは、全日本で上位を目指すためのステップというだけでなく、大島を支えてきた人の存在がある。
「おじいちゃんとずっと約束していて。ずっと前から、おじいちゃんが僕の4回転を見たいと言ってくれていました」
淳コーチがスケートを始めたきっかけでもある祖父の存在。「おじいちゃんの中で4回転を一つのゴールと見ている部分があって、自分にそう言ってくれたのかなと思っています。『それを見るまでは死ねないよ、死に切れないよ』って。ずっと『そうだよな、そうだよな』と思っていて、今シーズンも頭の片隅にその言葉がありました」
祖父は幼い頃から大島のスケートを見て、会場に応援に来てくれることもあった。大島は小学5年で全日本ノービス選手権(ノービスB)で3位になった。だが、ジュニア1シーズン目、中学2年時の東日本ジュニアで予選落ちを経験。全日本ジュニアでなかなか結果を残せなかった。
そんな中、祖父は「自分がどんな演技をしても、良かった時は一番喜んでくれますし、駄目だったり負けたりした時は『いや、悔しいなあ』って、本当に自分のことのように悔しがってくれました。毎試合、頑張る原動力になって、おじいちゃんのためにもという思いがずっとありました」
今シーズンは画面越しに応援してくれていた。全日本の舞台で4回転ルッツを跳ぶ姿を、その目に届けたい。そう思いながら練習に励んでいた。
11月下旬、祖父は帰らぬ人となった。内に秘めた思いはかなえられなくなった。
「ずっと応援してくれていたので、間に合わなかったのは申し訳ない気持ちもあります。でも、約束したからには最後までやり切らないといけない、本当に跳ばないといけないと覚悟が決まったかな」
まだ4回転は完成していない。だが、挑むことに自分なりの意義がある。成長の過程に刻み、自分を支えてくれた祖父への思いをスケートで体現するために。全日本のフリーに4回転ルッツを組み込み、戦いに挑む。
4回転挑戦が3回転の精度向上につながった
「4回転にチャレンジするには心の余裕も必要になってくるので、練習から4回転を組み込むのは3回転ジャンプの精度向上にもつながっていたかな」
4回転への挑戦があるからこそ、得点を伸ばす3回転を懸命に追求することができた。2年時はトリプルアクセルをモノにし、加点をしっかりと引き出す強みになった。今シーズンは練習の中でコンビネーションジャンプ成功の確率が上がった実感を得ている。
そして迎える全日本選手権。
大島のプログラムには目を離せない見どころが詰まっている。SPはキャッチーな音楽に乗り、楽しさあふれる表情や振り付けで魅せる。フリーはシェイリーン・ボーンさんに振り付けを依頼した「ムーラン・ルージュ」。「自分の違った一面を見せたい」と伝え、振り付けを進めながら曲の構成を決めてもらった。4分間の中に、今までにはないような一面もあれば、唯一無二の個性が光る場面もある。
覚悟をもって挑む4回転、最初から最後まで見逃せない演技。あらゆる面で過去の自分を超え、先を照らす光をつかみにいく。