甲南女子大・柴野ちりさ、ラストイヤーこそ全日本へ スケートの楽しさが伝わる演技を
フィギュアスケートの西日本選手権が11月2日から名古屋市の日本ガイシアリーナで開かれる。12月にある全日本選手権の最終予選であるこの大会に、今シーズンでの引退を決めた甲南女子大学の柴野ちりさ(4年、大阪学院大高)が挑む。中学2年生で一度競技から離れたが約5年を経て復帰、昨年10月の西日本では目標の全日本まであと一歩だった。ラストチャンスの全日本にかける柴野の強い思いを聞いた。
「全日本に出たい」という欲が出てきた
2020年10月、中学時代に一度引退した柴野は約5年ぶりに競技に復帰した。そのときの目標は、あくまでも「7級を取る」ことだった。しかし、「だんだん欲が出てきて、全日本選手権に出たいと思うようになった」という。
きっかけの一つは2022年12月、大阪府門真市の東和薬品RACTABドームで行われた全日本。柴野は運営スタッフとしてリンクサイドにいたが、チームメートである立命館大学の彦阪昇吾が出場していた。
「すごいなって思って見ていました。同じチームから全日本に出られる選手がいるんだから、『もしかしたら自分も』って」。ちょうど全日本の予選出場の条件である7級のバッジテスト直前でもあり、全日本を目指す気持ちがさらに強くなった。
子どもの頃には、同じ場所で行われた全日本で紀平梨花(トヨタ自動車)らと、演技後にリンクに投げられた花束を拾う「フラワースケーター」をしたこともある。「髙橋大輔さんや、鈴木春奈さんにキスクラまでお花を届けたのを覚えていますね」。フラワースケーターを経験して大きな試合に憧れる選手は多い。柴野も漠然とした憧れを持っていたが、今はより現実味を帯びた目標だ。
昨年4月から大学を1年間休学。2度の渡米でショーン・ラビットさんの指導を計2カ月受けるなど、「休学中だからこそできることを全部やった」という気持ちで近畿選手権、西日本選手権に臨んだ。しかし、惜しくもあと2人、5.96点差で全日本出場には届かなかった。
悔しかったのでは、と問うと、そこまでには至らなかったのだという。
「まず、近畿ブロックにシニアで出たのが初めてだったから、すごく緊張して『どうしよう、どうしよう』ばっかり言ってました。当然、西日本に出たのも初めてで、『上手い人がいっぱいいる!』みたいな、憧れの感じが強かった」
全日本に行きたい気持ちは昨年もあったものの、「ちょっと厳しいかなって思ってたんで、自分の力を試しに行った感じでした。でも、今年はもう『狙う!』っていう気持ちで。去年で場の雰囲気もわかったし、今年こそ行きたい」と意気込む。
ジャンプの構成を上げ、GOEも狙う
昨年の西日本を終えたあと、まずは3回転ジャンプの種類を増やしたいと考えた。
「昨季のフリーは、サルコウ2本、トーループ1本の構成だったので、3回転ループ、フリップ、ルッツの練習をたくさんしました。セカンドトリプル(3回転ー3回転の連続ジャンプ)とかも」
今も練習は続けているが、「やっぱり間に合いそうにないなって。でもサルコウ2本、トーループ2本にはできたんで、完璧な演技でGOE(出来栄え点)を取りに行ったほうが早いって、今年のサマーカップの前ぐらいに構成を決めました」。
難しいジャンプを増やすことはできなかったが、昨年よりも基礎点が上がった構成でミスのない演技ができれば、柴野の魅力でもあるスケーティングの伸びやかさも映え、演技構成点にもつながる。
笹原景一朗コーチも、「3回転は2種類しかないけど、ノーミスでGOEをしっかり取れればチャンスは十分ある」と話す。8月のサマーカップと比べ、9月の近畿は総合で9点ほどスコアを伸ばし、キスクラで喜ぶ2人の姿も見られた。
仲間と支え合い、練習環境を確保
練習拠点である京都アクアリーナは通年型のリンクではないため、4~10月は使えない。近隣のリンクは混雑し、「45分間の練習で一度も曲かけ(プログラムの通し練習)ができない日もしょっちゅうあります」と明かす。
ホームリンクが開けば、昼間の一般滑走から入って夜間のクラブの貸し切り練習までいられるが、今は複数のリンクをハシゴして練習時間を確保する日々だ。
近隣大学の貸し切り練習にビジター参加するほか、学生が自主的にリンクを貸し切って練習する「学生貸し切り」にも積極的に参加。柴野が自分でリンクに電話をして貸し切り予約を取り、他の仲間を誘うこともある。
朝は大阪府立臨海スポーツセンター、昼は関空アイスアリーナ、夜は木下アカデミー京都アイスアリーナと、3つのリンクを行き来するのも当たり前。移動の負担はあるものの、滑れる場所があるのは甲南女子大学の部活や他大学の仲間たちのおかげでもある。
「部活の貸し切りは空いてるから、予定が合うときはバンバン練習させてもらってて、曲かけの時間も作ってもらって。昨年は主将をやってたんですけど、今は余裕がなくて。自分の練習優先で後輩とはあんまり交流できてないんですけど、すごく助かってます」
競技復帰時は「誰も知り合いがいないけど、大丈夫かな」と心配したが、試合や練習でいろんな大学の選手たちとつながりができた。今年1月のインカレは同期たちが卒業前だったこともあり、楽しい試合になった。
「ちょうど私の誕生日で、演技が終わったあとに『おめでとう!』って、すごい声かけがリンクサイドからあって嬉しかったですね。他の試合にはない楽しさがありました」
初めて7級クラスで出場したが、6級よりも観客が多くて応援もにぎやか。インカレらしい雰囲気を味わいつつも、「上手い人がいっぱいいて、ちょっと全日本みたいだな」と刺激も受けた。
全日本だけの特別プログラムを準備
柴野が全日本に出たい理由はもう一つある。実は、全日本のために新たなショートプログラム(SP)を用意しているのだ。
「昨年3月頃友達に教えてもらってすごくグサッときて、『ラストシーズンに使いたい』と温めてきた」という曲は、映画「ラーゲリより愛を込めて」の主題歌で、Mrs. GREEN APPLEの「Soranji」。「メッセージ性の強い歌詞で、自分にしかできないようなプログラムになるんじゃないかなって思ったし、とにかく曲がすごい良くて、素直に滑りたいって思いました」
今季の試合はすべて「Soranji」で、という選択肢もあったが、迷いに迷ってSPは「グラディエーター」に。「Soranji」は全日本と国民スポーツ大会だけで滑る、ごほうびのような特別プログラムとして作った。今は2つのSPを並行して練習している。
「昔はジャンプの練習が好きで、演技中は無表情だったんですけど。今はステップシークエンスや振り付けを踊ることの方が楽しいですね。先生 (笹原コーチ)の振り付けが個性的で好みだからっていうのはあるかも」とほほえむ。その変化も、一度スケートから離れたおかげかもしれない。
「休んだ5年分を取り返すのに5倍頑張らないとって思ってたし、休まずにやっとけばよかったなと思ったことも何度もあるけど、一度離れたからこそ、『私、スケート以外に好きなことないんじゃない?』って気づけて。休む前はスケートが嫌で、練習も『あとまだ何分もある~』って思ってたくらい。でも今は楽しいし、時間が足りない、もっと滑りたいって思います」
残りの試合は、全日本を入れてもあと4試合しかない。卒業後もスケートに関わる道を考えているというが、それでも「すごく寂しい」という。
「先生から、自分が現役のときは『西日本の直前は、これ以上することがないってくらい頑張ったから何も不安はなかった』っていう話を聞いて、『ああ、自分も不安がなくなるぐらい練習しよう』と思ってやってます。私、気持ちの面でミスっちゃうことが結構あるから」
試合では緊張するタイプだが、笹原コーチには「何百人に見られることも引退したらなくなるし、緊張も楽しまないと、って自分のときは思った」とアドバイスされた。「先生と生徒というより、同じ目線で一緒に頑張れる関係性」というが、自らの経験を共有し導いてくれる存在だ。
全日本に4度出場した笹原コーチの背中を追う柴野。笹原コーチの現役ラストシーズンも今季と同じように、西日本は日本ガイシアリーナ、全日本は東和薬品RACTABドームで、良いイメージを持って試合に臨める材料になっている。
西日本で目指すのは、ジャンプのミスなく、スピン、ステップもすべて最高のレベル4の演技だ。「悔いがないように全力でやり切りたいです。点数も取りたいけど、演技を楽しめないとそれも悔いが残ると思うので。スケートが好きっていう気持ちは誰にも負けないし、自信があるので、西日本ではそれを伝えたいです」
笹原コーチも、「応援が力になるタイプの選手で、滑る喜びが演技に出ている。そこが彼女の取りえだし、努力が実を結ぶということをぜひ全日本の舞台でたくさんの人に見てもらいたい」と背中を押す。
大学のゼミの先生や、体のケアをする治療院の先生も応援してくれている。トレーナーは西日本への帯同を頼むと快く引き受けてくれた。たくさんの応援が柴野を支えている。
応援を力に変え、スケートの楽しさが伝わる演技ができれば、同時に結果もついてくるだろう。緊張を味方につけて最高の演技ができるよう、西日本では大きな声援を送りたい。