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特集:第50回全日本大学駅伝

今井崇人 立命からはばたき、関東勢に挑む

今井崇人 立命からはばたき、関東勢に挑む
10月8日の出雲駅伝では、立命館の7位入賞に貢献した

第50回を迎える全日本大学駅伝に上り調子で臨むのが、立命館大学だ。6月の関西地区選考競技会は、2位京産大に3分以上の差をつけての圧勝。今年の学生三大駅伝の幕開けとなった10月8日の出雲駅伝で、立命館は10位でたすきを受けたアンカーの吉岡遼人(りょうと、2年、草津東)が3人を抜いて7位でゴール。

関西勢としては、立命館が6位に入った2009年以来の入賞(8位以内)。来年1月の箱根駅伝に出る城西大(8位)、日体大(9位)、早稲田大(10位)、法政大(12位)という強豪の関東勢を上回ってみせた。

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出雲駅伝の第5中継所では、立命館と早稲田のえんじ色が並んだ

初心を貫き、浪人生活を経て

成長著しい立命の長距離ブロックの中でも、関西から全国区のランナーへと飛躍したのが今井崇人(たかと、3年、宝塚北)だ。9月の全日本インカレ男子10000mでは29分52秒73のタイムで4位に。日本勢としては青山学院大の吉田祐也(3年、東農大三)に約5秒遅れの2位だった。出雲駅伝ではエース区間の3区(8.5km)で3人を抜き、一時はチームを5位に押し上げた。区間6位と強さを示し、7位に入る下地をつくった。

今井は陸上エリートとして歩みを進めてきたわけではない。中学まではサッカーをしていたが、自分の技術に限界を感じ、進学校の宝塚北高で陸上を始めた。サッカーをやっていたころから、走るのは好きだった。とくに長い距離を走るのが好きだったから、長距離を専門にした。高校時代は最もいい成績でも5000mの兵庫県11位。全国の舞台に立つこともできなかった。現状から振り返れば、このころの今井は「ダイヤの原石」状態だったといえる。

大学進学はすんなりとは決まらなかった。当時の今井は「関東の大学だと試合に出られない」と考えていた。知人から立命館の練習環境がいいと聞き、「立命に行きたい」と思うようになった。関西のいくつかの大学から声がかかったが、立命からはなかった。

初心を貫いて、ほかの大学には断りを入れた。そのとき出会った大学の関係者が、立命館の男子を指導する高尾憲司コーチに話を通してくれた。スポーツ推薦の話が来たが、評定が足りなかった。一般入試でも不合格となり、浪人することになった。浪人中も高尾コーチとは連絡を取り合っていた。1年の浪人を経て一般入試で合格。ついに立命館の陸上部の門を叩(たた)いた。

丹後大学駅伝の悔しさをバネに

関西一を決める昨年の丹後大学駅伝は、今井にとって忘れられないレースとなった。メンバー入りしていたが、直前のけがで出られなかった。2連覇のかかっていた立命館は優勝の関西学院に37秒差の2位。「自分のせいで負けた」。今井は責任を背負い込んだ。それ以降、今井はより一生懸命に陸上に打ち込むようになった。「量だけ増やしても仕方がない、質をさらに上げていこう」。そう決めた。

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9月の全日本インカレ男子10000mでは、29分52秒73のタイムで4位となった

こうした練習の積み重ねが、ついに今年の全日本インカレで花開いた。そして出雲駅伝でも立命館のエースとして粘り強さを発揮した。「目標としていた入賞ができてうれしいです。チームに貢献できてよかった。でも全日本はもっと厳しい戦いになるので、うぬぼれずにしっかり準備したいと思います」。今井が引き締まった表情で言った。

立命館は伊勢路で再び関東勢に挑む。その大黒柱である今井は言った。「個々のタイムではかないませんけど、駅伝は個人のベストタイムが速くても勝てるとは限らない。全員で調子を上げて力を出しきれば、勝てます」。出雲に続く連続入賞はもう、夢でも何でもない。

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