ラクロス 青学主将、大矢百桃の1年
「ありがとうございました」。主将の大矢百桃(4年、青山)はサポーターで埋め尽くされたスタンドを前に、フィールドから最後の言葉を届けた。目に涙を浮かべる選手がいる中、大矢の声はこれまでチームを支えた普段通りのものだった。しかし、なかなか顔をあげられない大矢の姿は、言葉以上に心を打つものがあった。
理想のチームをつくるために
大矢には、試合終了後のサポーターへの挨拶に特別な思いがある。3年次の副将が主将になるのが青学大のシステム。そして昨年副将だった大矢はシーズン終了後、これから目指すチーム像を模索していた。そんな12月の冬、足を運んだのが、慶應が日本一に輝いた全日本選手権。そこで大矢の目に焼き付いたのが、溢れる観客を前に、嬉し涙を流しながら挨拶をする慶應の主将だった。「来年はあそこからの景色が見たい」。その姿は主将大矢の明確な目標となった。
そして、日本一に向けてチームが動き出した。青学大が日本一を掲げるのは例年と変わらないが、その過程である組織としてのチームづくりは毎年違う。
大矢は青学大駅伝部の原晋監督の講演に足を運んだ。監督から教わった「目標シート」を書く取り組みは、今年のチームの強さを引き出す一つのきっかけとなった。100人を超える部員は練習体制も3つのグループに分かれている。グループの代表が月に一度集まり、このシートを振り返って情報を共有した。昨年のチームに比べ、今年は選手同士の関わりやラクロスについての会話量が増えたという。代々続けてきた縦割りの関係に、目標シートの取り組みがスパイスとなって、つながりはさらに濃くなった。
大矢は日本一を経験した他大学にも話を聞きに行った。「日本一に輝いたとき、1年生におめでとうございますと言われた」という話を聞き、「日本一になったとき、部員100人で喜べるチーム」が目指すチーム像になった。
さらにビジネス書にも手を伸ばした。スティーブン・R・コヴィー著書の『7つの習慣』から成功する術を学び、組織づくりの軸として取り入れた。中でも「目的を持って始める(終わりを思い描くことから始める)」という第2の習慣は、常に日本一を頭に入れて逆算して行動する、今年のチームのビジョンとなった。こうした大矢を中心に行った組織改革がチームの成長につながり、ファイナルに進出。さらに、昨年日本一の慶應をあと一歩のところまで追い込んだ。
主将としての日々「やりがいありまくり」
また大矢自身、チーム全体のことを知れる主将の特権を楽しんでいた。一人の選手でありながら、チームのために果たさなければいけない役割もある。大変なことでも「一つひとつがいい組織づくりにつながっている」と考え、何一つ苦に感じたことはなかった。「楽しいです。やりがいありまくりです」と大矢は誇らしげに話してくれた。
試合においても大矢のリーダーシップは発揮された。タイムに入れば、選手たちは大矢の言葉にうなずき、そして笑顔を見せた。また、インタビューでの言葉は常に前を向いていて、メンタルの強さを感じさせた。今年のチームの躍進は決してあきらめない強い気持ちにあると私は思っている。そのぶれない思いは大矢の言葉によって維持されたように感じた。
ファイナルでは因縁の慶應に敗れ、日本一への道は途絶えた。しかし、青学大の戦いぶりは観ているすべての人に勇気と感動を与えたに違いない。今シーズンのラクロス界を驚かせた青学大。そしてその中心にいた大矢百桃のリーダーシップは、たくさんの人の心に刻まれた。
「ありがとうございました」。あの時、彼女が見ていた景色は1年前に描いていたものとは違っていたかもしれない。しかし、大矢の主将としての姿はこれから先、青学の後輩たちが目指す像になっただろう。