フェンシング

早稲田・加納虹輝が日本フェンシング界初の快挙「東京オリンピックへ続く一つの段階」

関東インカレで戦う加納(中央)。早大代表として学生の大会にも出場している

8月のアジア大会で、日本フェンシング界初の快挙があった。男子エペ団体が頂点に立ったのだ。その立役者の一人が、早大3年の加納虹輝(こうき、岩国工)だ。12月6日に開幕した全日本選手権では、表彰台の頂を狙う。

「アジア大会はまだ途中経過」

フェンシングの団体戦は、3人のスターティングメンバーと1人のリザーブの計4人で戦う。加納は男子エペ団体の日本代表メンバー4人のうち、唯一の大学生だった。アジア大会決勝では「最後回り」というアンカーの存在に抜擢された。最終セットで突き放し、金メダルを引き寄せた。加納は個人戦にも出場し、銅メダルを獲得。国際大会で2つのメダルを獲得した。それでも加納は「最終的な目標は東京オリンピックで金メダルをとることなので、アジア大会はまだ途中経過というか、東京オリンピックへ続く一つの段階としか考えてないです」と冷静に語る。アジア大会のメダルでは、とうてい満足できない。

いまでこそ日本のトップ選手の一人して戦っているが、エペという種目に取り組んだのは高1からと意外に遅い。日本では北京オリンピック、ロンドンオリンピックと2大会連続でメダルを手にしたフルーレの人気が高い。北京オリンピックをきっかけに小6でフェンシングを始めた加納も、しばらくはフルーレが専門だった。

地元の愛知県を離れ、フェンシングの強豪校である山口県の岩国工業高校に進学。岩国工の先生からの勧めにより、エペに種目を変更した。中学までは平凡な選手だったが、この環境変化と種目変更により覚醒。ジュニアクラスの日本代表に定着し、高3ではインターハイで優勝した。

期待のホープとして早大に入学した加納は、1年の冬にさらなる飛躍を遂げた。シニアの世界大会2戦目となったワールドカップ(W杯)ドイツ大会で3位まで上り詰めた。さらにその1週間後にあったヘルシンキジュニアW杯で優勝。4カ月後のW杯フランス大会でも、シニアで2個目となる銅メダルを獲得した。この躍進をきっかけに世界ランキングを上昇させ、いまや日本を代表する選手の一人だ。

2年前の悔しさをいま

加納の次なる大舞台は日本一のフェンサーを決める全日本選手権。昨年はエペGP大会と全日本の日程が重なり、加納も含めたランキング上位選手はGP大会に出場した。2年ぶりの全日本、加納の最大のライバルは長年日本の男子エペを引っ張ってきた見延和靖(NEXUS)だ。見延は2015年にW杯エストニア大会で初優勝し、リオ五輪では6位入賞。今シーズンも2度W杯で金メダルを手にしており、31歳になったいまもその実力に陰りはない。そんな見延に加納は2年前の全日本で敗れ、6位に甘んじた。しかし、2年前の加納といまの加納は違う。今年のアジア大会準々決勝では、15-6の大差で見延を下した。全日本ではどちらに軍配が上がるか。

関東インカレでは加納(左)がエースとして団体戦を引っ張った

昨年のW杯フランス大会で加納が個人3位に入った際、男子エペ団体も悲願の銅メダルを手にした。加納はこのときまだ団体メンバーに入っておらず、外から代表4人の活躍を見ていた。「まだこの団体メンバーには入りたくない。ちょっとしんどいんで(笑)」。W杯後にそう冗談めかして語っていたときから、1年半。いまや団体戦で最後回りを任されるほどに、加納は成長した。日本一を決する全日本選手権決勝は12月9日、東京グローブ座で開催される。加納はそこに立ち、熱戦を繰り広げることだろう。

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