野球

特集:2020年 大学球界のドラフト候補たち

隠れて隠れてパッと出てくる球、2年前の大学選手権が分岐点に 中京大・山本一輝

2年前の大学選手権で一気に全国区となった(ユニフォーム姿の写真は提供・中京大硬式野球部)

新型コロナウイルスの感染拡大で、大学野球の春のリーグ戦は全国的に開幕が遅れています。晴れ舞台を待ちわびる選手たちの中から、この秋のドラフト候補を紹介します。20186月の全日本大学野球選手権1回戦。中京大の3番手としてマウンドに上がった2年生の左投手に、プロのスカウトの視線が注がれました。

中学まで空手道場にも通った

手足が長く、柔らかいフォームで山本一輝(いつき)の左腕がしなる。球速140km前後のキレのあるストレートがコーナーに決まった。富士大打線を相手に3イニングで5三振を奪い、無安打無得点に抑えた。 

「自分の中で、あれが一つのターニングポイントになったと思います。『プロにいきたい』と思うきっかけになりました」。そう語る山本は高校時代まで無名の存在だった。 

名古屋で生まれ育った。野球を始めたのは小学3年生のとき。友人に誘われて、地元の学童チーム「メジャーボーイズ」に入った。ピッチャー兼ファースト。「ひじのけがもあったし、そんなに力はなかったです」と振り返る。中3まで空手道場にも通い続け、体を鍛えた。 

名古屋市立天白(てんぱく)中学校でもピッチャーだったが、目立った成績は残せなかった。ただ、そこで出会った中山翔監督から徹底して投手の基礎を教わったことが、その後の野球人生には大きかった。 

同じ左投手で大学までプレーした経験を持つ中山監督から、変化球やけん制球にフィールディングまで、投手として必要なことを一から学んだ。「投げ方に関しては何も言われず、伸び伸びと投げてましたが、それ以外の大事なことを教わったのが、その先で生きてきました」 

中学時代の監督にピッチャーとしてのすべてを学んだ(撮影・栗山司)

高3の夏、愛知大会3回戦で奪三振ショー

強豪校から誘われることはなく、自宅から7kmほど離れた県立東郷高校に進んだ。ここでも下級生のころはけがに苦しんだ。左膝(ひざ)の状態が悪く、2年生の夏の愛知大会はベンチに入れず、スタンドで応援していた。その1年間はまともに投げることすらできなかった。そんな時期に山本が「できることをやろう」と取り組んだのが、上半身中心のトレーニングだった。「足が使えないので、背筋とか腹筋を鍛えました。それをしっかりやったから、3年の夏があった感じです」 

上半身を強化したことで、3年生の春になると、自分でも驚くぐらいに腕の振りが強くなり、球威が増した。そして迎えた最後の夏。エースナンバーを背負った山本は衝撃的な投球を披露した。1回戦(対愛知総合工)は1失点完投勝ち(8回コールド)、2回戦(対名古屋大谷)も8回1失点の好投で勝ち上がった。 

3回戦(対大成)は奪三振ショー。6回1死から登板すると、6者連続を含む9奪三振をマーク。まともにバットに当てさせなかった。「三振を狙ってたわけじゃなかったんです。リードされた場面で登板したので、これが最後の試合かなと思いながら、ただ思い切り投げてました」。山本の快投で流れをつかんだ東郷は逆転勝ちを飾り、4回戦進出を決めた。 

東邦に負けて高校野球が終わった(撮影・栗山司)

続く相手はエースで4番の藤嶋健人(現・中日ドラゴンズ)を擁する東邦だ。その年の選抜大会に出場し、夏も愛知大会の優勝候補筆頭だった。山本は3回までゼロに抑えたが、4回以降は強力打線につかまった。14安打を浴びて9失点で完投負け。「どこに投げても打たれた」と、レベルの違いを味わった。「悔しさもありましたけど『ここまで実力の差がはっきりしてるんだ』って、逆にスッキリしました」と回想する。 

体重を10kg増やして中京大へ

最後の夏の活躍で知る人ぞ知る存在となったが、本人は大学で本格的に野球を続けるつもりはなかった。「大学はそこそこ自分の学力にあったところに進んで、もしそこに野球部があれば入ろうという程度でした」 

だが、東郷高の松原篤志監督の勧めで、複数の大学の練習会に参加。その中で中京大の半田卓也監督の目に留まった。入学までに取り組んだのは、体重を増やすことだった。「入ることが決まって半田監督から『細いから食べて来いよ』と言われたのがきっかけでした。高校の野球部を引退してから大学入学まで、ごはんを1日5食とか6食にして、体重が10kg近く増えました」 

華奢(きゃしゃ)だった高校時代から一回り体が大きくなった山本は、1年生の春から愛知大学野球1部のリーグ戦でマウンドに上がった。2年生の春には冒頭にあるように大学選手権で人生初となる全国の舞台を経験。3年生の秋は3勝をマークし、愛知リーグを代表する左投手となった。 

奪三振の多さが山本の特長だ。昨年秋の東海地区・北陸・愛知三連盟王座決定戦の福井工大戦では8回から登板。2イニングを投げてソロホームランを浴びたが、それ以外の6人はすべて三振に打ちとった。 

ソフトバンクの和田毅に似たフォームで高い奪三振率を誇る

教わることのできない二つの長所

現在の最速は145kmで、常時出せるのが130km台後半と、ドラフト候補としては少し物足りなさも感じるが、かつて三重中京大のコーチとして則本昴大(現・楽天)を指導したこともある菊地啓太コーチは、山本の魅力をこう説明する。「一番のよさはまっすぐの質です。球速の割には回転数が多いんです。あとは、球が見づらいこと。左腕が隠れて隠れて、最後にパッと出てくる。プロで言えば、和田毅投手(ソフトバンク)に似てると思います。フォームといい、球質といい、彼は教わることのできない長所を備えてるんです」 

このオフには、1シーズンを投げ切れる体力をつけようと、筋肉量を増やすことに着手。遅れていくばかりの開幕を待ち焦がれている。「今年はチームが全国に出ることはもちろんですけど、個人的にタイトルも狙ってます。いままでとったことがないので、そこはこだわっていきたいです」 

個人タイトルも狙って、春のリーグ戦を待ち焦がれる(撮影・栗山司)

大学入学当初は「まったく頭になかった」というプロの世界に、少しずつ近づいている。地元球団である中日の清水昭信スカウトは「フォームに柔らかさがあり、将来が楽しみ」と評価。伸びしろたっぷりの本格派、勝負の1年がやってくる。

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