三つ子の青森大・佐藤三兄弟、16年間の新体操人生のすべてを全日本にぶつける
宮城県の「白石の三つ子」こと青森大4年の佐藤三兄弟(長男の綾人、次男の颯人、三男の嘉人、3人とも名取)が新体操界で一躍有名になったのは、2011年の全日本ジュニアだった。この年、彼らは中学1年生だったが、激戦区である東北ブロックを勝ち抜き、3人そろって全日本ジュニアの個人競技に出場。長男の綾人が5位、三男の嘉人が10位、次男の颯人が13位という中学1年生としては上出来な成績を残した。そんな3人は11月20日、16年間の集大成として最後の舞台となる全日本選手権に挑む。
3人そろって青森大、「個」を鍛えて再び同じ舞台で競う
14年にはジュニア時代からの恩師・本多知宏が監督を務める宮城県名取高校に進学し、全日本ユースチャンピオンシップでも綾人は高校3年間、毎年メダルを獲得。3人が高校2年の年には、綾人3位、嘉人4位、颯人5位と、3人で順位を並べてみせた。この間、3人を擁する名取高校は毎年、団体で話題性のある作品を発表し、16年には団体でもインターハイ6位入賞を果たした。佐藤三兄弟たちの学年は彼らの他にも、全日本ジュニア3連覇を果たした安藤梨友(現・青森大4年、済美)をはじめキラ星のごときスター選手が多かったが、中学~高校の6年間を通して、佐藤三兄弟はその中核をなす存在だった。
それだけの実績と人気をひっさげ、17年、彼らはそろって男子新体操の名門・青森大へ進学。3人とも個人選手の道を選択した。佐藤三兄弟の魅力のひとつはそのタンブリング能力の高さ。高校生のころから伸身での2回半ひねりもやってのけるずば抜けた力をもっていた彼らは、手具をもたずに勝負する団体選手としてもかなり力があると思われていた。それが3人そろって個人選手を選んだことは少し驚きだったが、生まれた時から自分の名前よりも「三つ子」と呼ばれることが多かっただろう彼らだからこそ、「個人」へのこだわりがあったのかもしれない。
彼らが1年生の7月。全日本インカレを控えた青森大の取材に行った時のことだ。この年、綾人と颯人は5月の東日本インカレで上位の成績をおさめ、全日本インカレへの出場を決めていたが、嘉人は東日本インカレでミスが続き、全日本インカレへ進めなかった。取材に行った日、綾人と颯人はインカレ出場選手組としてフロアで演技を通し、監督からアドバイスをもらっていたが、嘉人は団体の控え選手らサポート組の中で黙々と基礎練習をしていた。それまで3人の中では、故障以外ではこんな風に立場が分かれたことはなかったんじゃないかと思うと、胸が痛んだ。
この年、綾人と颯人は全日本インカレで18位以内に入り、全日本選手権にも出場。生まれた時からずっと一緒でなにかと張り合ってきたライバルでもある3人の中で、ここまで大きな差ができたことはなかったはずだ。
2年生になってからも嘉人の苦境は続いた。東日本インカレで17位となった嘉人は全日本インカレへの出場枠(同一大学から8人まで)にもれてしまう。2年連続、三兄弟の中で嘉人だけが全日本インカレに出られない。これは本人たちも予想していなかった事態ではなかったかと思う。しかし同年9月、男子クラブ選手権に出場した嘉人は個人総合2位となり、全日本選手権出場権を獲得。もがいてもがいて、兄弟たちとやっと同じ土俵に立つことができた。この年の全日本選手権では、颯人8位、綾人9位、嘉人15位。3人の間はまたじわりと近づいてきていた。
TikTokで大ブレーク、それでも思いは新体操へ
19年、3年生になった3人は、やっとそろって全日本インカレに出場。そこで颯人6位、嘉人7位、綾人8位と久々に3人順位が並んだ。そして迎えた最終学年の今年、春先からのコロナ禍により、東日本インカレは中止、本来8月に予定されていた全日本インカレも10月に延期になった。
誰もがモチベーションの維持、練習時間の確保などに苦労していた。佐藤三兄弟とて同じだったはずだ。折しもTikTokで「佐藤三兄弟」が話題を集め、11月現在、110万フォロワーにもなった。もしかしたら、彼らは一足先に競技の世界から離れてしまったのかもしれない、少なくとも「競技最優先」という気持ちではないのではないかと思った。
しかし、8月に青森大を取材で訪れた時、そこには鬼気迫る勢いで練習に打ち込む綾人と颯人の姿があった(嘉人は教育実習のために帰省中)。今年の青森大は4年生に強い選手が多く、全員がすさまじい熱気をもって練習していた。誰もが延期になった全日本インカレで最高の演技をし、全日本選手権に進み、そこで集大成に相応しい演技をする。そのために一分一秒を無駄にしない。そんな決意がにじみ出る練習ぶりだった。
颯人は言った。「東日本インカレは優勝を狙っていたので、中止になって残念でした。インカレとジャパンは今のところ開催予定なので、不安はあるけどあると信じて、今できることをやっていく。最後の年なので、自分のやりたい新体操をしっかり通して、見ている人の心を動かせるようになりたいです」
自分自身の演技について、「ノーミスは出せるが、目指している演技とは違う。もっと人に伝わる演技がしたい」と言う。もちろん、勝負も諦めていない。チームメートには昨年の全日本インカレチャンピオンの安藤がいるが、「梨友の練習を参考にもして、更に上回る演技をしたい。兄弟の中でも自分が一番の負けず嫌いなんで」と力を込めた。
綾人は「目標は全日本での優勝。自分の同期には強い選手がたくさんいるので勝つのは厳しいけど、だからこそ自分を上げていけると思っています。大学生になって1~2年生の時は、高校時代までの自分の欠点を直すことを気にし過ぎて、自分の良さを見失っていました。3年生になってからやっとそれまでの試行錯誤の成果を試合で出せるようになってきたし、今年になって斉藤剛大先生(青森大監督)に教えてもらうようになってから、良さが出せるようになってきたと思います」と言った。
加えて「自分の強みは感情を込めた表現。最後の年の演技では、大学で変わりたいと思ってやってきた自分の集大成を見せたい」と、全日本インカレへの意気込みを語ってくれた。この日の彼らの練習ぶりを見て、おそらく今年の全日本インカレでは今まで見たことのないような演技を見せてくれるだろうと確信した。
最高の状態で迎えた最後の全日本インカレ
迎えた全日本インカレ、佐藤三兄弟の中で最初に登場したのは颯人。最初の種目スティックは、女性ボーカルにのせた繊細な演技。かつて運動神経の塊のような演技をしていた少年とは別人のように、しなやかで丁寧で美しい演技だった。続く嘉人もスティックで、クラッシック音楽の荘厳さに負けない大きさを見せつつ、滑らかな動きを見せつける。
2種目目リングでは、颯人は尾崎豊の名曲「I love you」を情感たっぷりに演じ切った。ほどよく力が抜け、のびやかさが感じられ、切ない思いが見ている側にも伝わってきた。嘉人はリングで正統派な男子新体操らしい演技を正面切って見せた。兄弟の中ではもっとも体が大きく、徒手体操にこだわりをもっていると言っていた嘉人が、「自分の体操を認めてほしい!」と挑んでいるような、そんな真摯な演技だった。午前中に登場した2人はいずれも2種目ノーミス。今まで経験したことがないほど、試合間隔が空いて迎えた全日本インカレだったが、おそらく今までないくらいの努力を重ねてきただろう2人は、最高の状態でこの日を迎えたのだろうと思えた。
午後は綾人の出番だった。1種目目スティックでは大きなミスこそなかったものの、やや硬さの見える演技だった。2種目目のリングは彼のオリジナリティーあふれる演技構成で、他の選手は誰もやっていない技が炸裂。見応え十分だったが、ラスト近くで痛恨の落下。前半2種目を終えての暫定順位は、颯人が3位、嘉人が4位。綾人はリングのミスが響き、10位と出遅れた。
2日目は綾人の出番が先だった。最初はロープ。動きも手具操作もスピード感にあふれ、中盤ではロープと踊っているように見える振りもあり、彼の役者ぶりが生きた表現だった。最終種目のクラブはしっとり系の胸にしみる曲ながら、タンブリングでは持ち前の力強さを見せつけつつ、動きは艶やかさを失わなかった。後半2種目をノーミスでまとめ、午前中に試技を終えた選手の中では暫定首位に立った。
しかし、午後から初日暫定首位の安藤、2位の堀孝輔(同志社大4年、高田)、そして2人の弟たちが登場する。初日の出遅れ分、苦しい状況には変わりないが、綾人の後半種目は自分の力は出し切れたものだった。
結果、午後に登場した選手たちは強かった。堀がクラブでミスをした他は、みんなノーミス。颯人と嘉人も「キレ味のよいスリリングな演技の颯人」「雄大でのびやかで気持ちのいい演技の嘉人」というそれぞれの良さを生かした演技をやり切り、個人総合で嘉人が3位、颯人が4位に入った。綾人も前日の出遅れを取り戻して6位入賞。最後の全日本インカレで2年連続3人そろっての入賞となった。
三男・嘉人、兄2人に勝つために考えてやってきた
嘉人が三兄弟の中の最高位となったのは12年の全日本ジュニア以来であり、3人そろって出た大会での総合メダル獲得は今大会が初だった。嘉人は競技終了後、「高校でも大学でも兄2人になかなか勝てなくて、どうしたら勝てるのかとずっと考えてやってきたことの成果が出てうれしいです。苦手意識のあったロープがとてもよくできて評価もされたことがよかったです」と語った。
一方、颯人は初日暫定3位とメダル圏内にいながら、後半種目で嘉人に逆転を許した。「内容的には練習の成果は出せたと思う。弟に負けたのは悔しいけど、負けたのは偶然ではないと思うので、全日本選手権までに自分の弱いところを克服してメダルをとりたいです」と悔しさをにじませながらも前を向いた。
綾人は後半種目で猛追するも、6位と弟たちを逆転できなかった。「1種目ミスはあったけど、やってきたことは出せた試合だったので、自分の中では安心できました。でも2人に比べると自分の演技には雑さがある。丁寧さという2人の良さを盗みながら、自分の良さも生かしていきたいと思います」と冷静に自己分析をした。
卒業後は3人そろってパフォーマーに
大学生として、おそらく現役選手としては、11月20~22日の全日本選手権しか大会が残っていない。男子新体操選手として、ずっと3人で歩んできた16年間の締めくくりとなる。その日まで残り1カ月もない。それでも彼らは「もっと自分を磨きたい」、そして「兄弟に負けたくない」と言う。
もともと大学卒業後はパフォーマーになりたいと言っていた3人だが、すでにavex managementへの所属が決まっている。希望する進路を実現するための実績としての新体操の成績はもはや不要なのだ。それなのに、最後の大会に向けて何がモチベーションになっているのかたずねてみると、「自分たちは16年間、新体操をやってきてるので、中途半端に終わりたくない。今まで支えてくれた人達、応援してくれた人達への恩返しのためにも最後まで頑張って、最高の演技を見せることで感謝の気持ちを伝えたい」。3人を代表して嘉人がそう答えてくれた。
その後に続くエンターテインメントという新しい世界で、彼らは何をやろうとしているのだろうか。「色々な活動をやりたいと思っています。自分たちの活動を通して、男子新体操の知名度を上げることにも貢献したいです」と綾人が言うと、颯人は「三つ子ということで3人ひとくくりにされたり、小さいころから嫌な思いもしてきたりもしましたけど、今となっては僕たちの良さは三つ子なことであり、それが僕たちの個性。これからの活動にはそれを生かしていきたいです」と言葉を継いでくれた。
「三つ子」という類まれな個性をもった3人は、男子新体操の素質にはかなり恵まれていた。そのせいであまり努力家タイプには見えていなかった。それが16年間も男子新体操を続け、努力を惜しまずに挑戦を続け、見違えるような演技を見せてくれた。男子新体操という自らを育ててくれたスポーツに真摯に取り組み、もっと上にいきたいと最後まであがく、正真正銘のアスリートだった。
最後の舞台となる全日本選手権での彼らの演技は、きっと値千金のものになる。どんな結果がついたとしても、その価値を損なうことはない。