新体操

新体操を愛し、新体操に愛された国士舘大・古井里奈のラストイヤー

古井はおそらく日本一ではないのかと思うくらい、技を詰めた演技を披露した(すべて撮影・清水綾子)

第71回全日本学生新体操選手権

8月24~27日@福岡・北九州市立総合体育館
古井里奈(国士舘大4年)
女子個人総合優勝 70.850点
フープ2位           18.200点
ボール優勝          18.650点
クラブ優勝          18.950点
リボン優勝          16.850点

新体操の全日本学生選手権(インカレ)が8月24~27日に開催され、女子個人総合は古井里奈(国士舘大4年、名古屋女子大高)が2連覇を果たした。古井は以前から「競技生活は大学まで」と言っているが、選手生活の終焉(しゅうえん)に近づいたいまも、自らに進化を求めている。その原動力は冷めることがない新体操への愛情だ。「新体操が大好きです。いつもたくさん失敗して、悔しい思いもしてきたけど、やめたいと思ったことは一度もないので、本当に好きなんだと思います」

得意のボールで暫定首位に、クラブでも驚異の得点をマーク

女子個人総合は「フープ」「ボール」「クラブ」「リボン」の4種目の総合成績で争う。前回大会を振り返ると、古井は前半種目を終えた時点で4位だった。優勝など考えていなかった古井は、後半種目の試技が午前中で終わるとそのままホテルに戻っていた。優勝の知らせをホテルで受け、驚いたと1年前の古井は言っていた。

連覇がかかっていた今年、古井の最初の種目はフープだった。今年4月のユニバーシアード日本代表決定戦では不本意な結末になってしまった新作演技も、かなりの精度で決まった。チャイコフスキーの曲を情感豊かに踊りきり、17.300点で2位につけた。続く得意種目のボールでも躍動感あふれる演技を見せつけ、18.600点と突き抜けた高得点をマーク。前半種目終了時点で暫定首位に立った。

暫定2位には古井と同じ4年生の猪又涼子(日本女子体育大、伊那西)と桜井華子(IPU環太平洋大、山陽女子)が並んだ。3人はジュニアのころから全国大会で競い合ってきた仲だ。仲間意識も強い同級生たちが、最後のインカレで優勝争いをすることになった。

2日目の後半種目。古井の試技はまた午前中だった。クラブではどんな操作もリズミカルにこなし、難易度の高い演技ながらほぼノーミスで仕上げた。その結果、18.800点という国内の大会ではなかなか出ない高得点をたたき出した。最終種目のリボンは、古井が「どうしても苦手意識がある」という種目。少し危うい場面はあったが、大きなミスにはつながらずに、16.150点でまとめた。

全種目を終えての得点は70.850点と、2位の猪又に3.450点という大差をつけて連覇を達成した。かつて何度も名勝負を繰り広げてきたふたりだが、これだけ点差をつけて古井が勝ったことは初めてだった。「今年はホテルには戻らなかった? 」と古井に聞くと、「いや、帰りましたよ。翌日もあるので。いつも通りです。優勝はホテルで知りました」と笑った。

ジュニア時代から挑戦的な演技とキュートさで観客を魅了

古井は小6のときに、全日本クラブチャイルド選手権5・6年の部で優勝している。当時は徒手(としゅ)演技で競われていたこの大会は、全国の小学生のあこがれの大会であり、愛知県のクラブで新体操をやっていた古井の名前は一気に全国区になった。

ジュニア時代も常に全国大会に進むような有望選手だった。演技に入る前に氏名をコールされると、小柄な体のどこから出ているのかと驚くほどの大きな声で「はいっ!」と応える。古井は全身から「新体操が大好き! 楽しい! 」というオーラを発するような選手だった。とにかく挑戦的な演技内容で、トップ選手でもやらないような技にも果敢に取り組んだ。その結果ミスも多く、常に上位にはいたものの、全日本ジュニア選手権では表彰台に届かなかった。

古井はジュニア時代から挑戦的な演技にチャレンジしてきた

そんな古井が花開いたのは名古屋女子大学高校1年生のときだ。1年生ながら出場したインターハイで優勝。スピード感あふれるハイレベルな演技に加え、とびきりのキュートさで観客をとりこにした。

高3のときは、5月のユースチャンピオンシップと8月のインターハイでともに2位。このとき優勝したのが猪又だった。古井と猪又は個人のトップ選手としては珍しく、団体のメンバーも兼任していた。全日本選手権ではふたりとも団体と個人に出場している。華奢(きゃしゃ)で年齢よりもずっと幼く見えるふたりは、驚くほどのタフさを見せつけた。それはおそらく、圧倒的な練習量に裏打ちされたものだった。

ふたりのモチベーションになっていたのは、新体操が好きでたまらないという思いだ。ジュニアのころはそういう選手も多いが、高校、大学になってもその熱を持ち続けられる選手は決して多くはない。今回のインカレでは古井が突き抜けた演技で優勝したが、猪又という好敵手が常にいたことが、古井をここまでの選手にしたとも言えるだろう。

山本里佳監督を信じ、手術を乗り越えての復活劇

3日目の種目別決勝でも、古井はフープ以外の3種目で優勝し、限りなく完全優勝に近い結果となった。表彰式後、なぜここまで強くなったのかと古井に尋ねると「先生が力を引き出してくださったんだと思います。本当に先生の引き上げる力がすごいです。今回は最後のインカレで緊張もあったんですけど、先生からはいつも『人と戦うのではなく手具(しゅぐ)との戦い』と言われているので、そう思うことでいつも通りにできました」と振り返った。

国士舘大の山本里佳監督はかつて、ブルガリアと日本でナショナルチームのコーチを務めたこともある。古井の能力を信じ、常に能力を最大限に発揮することを求めた。古井はそれに応え続けることで、めきめきと力をつけ、さらなる高みを目指してきた。

未就学児のころから新体操を始める選手が増えた昨今、大学で伸び悩む選手も少なくない。しかし古井はそうはならなかった。

大学1年生のときには疲労骨折も経験。「まだ新体操をやりたい!」という強い気持ちで競技に向かってきた

大学1年生の全日本選手権では、右足の疲労骨折で途中棄権を余儀なくされ、その冬に手術をした。舟状骨(しゅうじょうこつ)という完治が難しいとされている部分の骨折だったが、手術の2週間後には体育館に姿を現した。足を使う練習ができない時期もあった。それでも腐らず、そのときにできることをやり続け、3月には演技の通しができるところまで回復した。そしてこの年のインカレでは6位、全日本選手権では7位と復活を果たした。

「新体操が大好き!」を胸に最後まで高みを目指す

インカレ連覇という偉業を成し遂げてもなお、古井は満足していない。

「(10月18日からの)全日本選手権では自分がやると決めた技を全部やって、自分が目指している、やりたい新体操ができるように頑張ります。少し技を増やしたんですけど、やりきりたいです」

身体能力が高く、技術も高い。表現力にも恵まれている。そんな古井はこの10年以上、ずっとキラキラ輝くような演技で観衆を魅了してきた。そんな姿は後輩たちにとってあこがれであり、励みでもある。いつも一番だったわけではない。それでも、彼女が持ち続けた「新体操が大好き! 」という思いが、いつも彼女の演技に輝きを与え続けていた。

長年新体操を見てきたが、いま改めて思うのは「古井里奈のいる時代に新体操を見ていられたのは幸せだった」ということだ。そこまで思わせてくれる選手は、そうはいない。

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