野球

連載:野球応援団長・笠川真一朗コラム

日本新薬の板倉健人内野手は、なぜ、がむしゃらにプレーするのか

日本新薬の板倉健人内野手。身長166cmの体を野球への熱い思いが支える(撮影・笠川真一朗)

4years.野球応援団長の笠川真一朗さんのコラムです。都市対抗野球大会に挑む選手から、3人目は日本新薬硬式野球部・板倉健人内野手(28)の全力プレーの秘密に迫ります。

都市対抗野球は大人の本気のトーナメント。「日本シリーズよりも熱い!」そんな試合が繰り広げられている。多くの大卒選手たちも存在感を示している。それはプレーの質だけではない。1球に対する執念は日本の野球の中でも最高峰だ。その1球に挑むまでの姿勢は大学生や高校生にも良い影響を与えるのではないかと感じた。

小さな体に大きなハート

中でも日本新薬の遊撃手、6年目の板倉健人(静岡高校-立正大学)に注目。身長166cm、体重72kgと小柄だが、ハートのサイズは大柄の選手に負けない。攻守交代の全力疾走。常に大声を張り上げてチームを鼓舞。そのがむしゃらさは見ているこちらも元気をもらう。社会人野球には元気な選手がたくさんいるが、その中でも板倉は別格だ。手を抜いてる瞬間を見たことがない。日本新薬の松村聡監督は「THE新薬の選手。一生懸命にプレーする。うまい下手とか技術の話じゃない。一生懸命に泥臭く粘り強く。板倉の野球に取り組む姿勢は素晴らしいよね」と板倉の印象を口にする。

全力疾走は当たり前だ(日本新薬硬式野球部提供)

小学校の頃から「野球はワイワイやったほうが楽しい。そこがベースになってるから僕はいつも声を出す」と、野球を最大限に楽しむには声が必要だと板倉は感じる。白球を追うことに没頭した野球少年は地元静岡の名門、静岡高校に進学。主将を務めた。高校時代に気付いたことがある。「高校生になると周りとの身体のサイズの違いが顕著にでる。もちろんパワーも違う。その中でこれから自分が長く野球を続けるためには、取り組む姿勢で秀でている部分がないと負けてしまうと思った」

高校時代から社会人野球への憧れ

今までよりさらに大きな声を出して、全力疾走も一歩も抜かない。目立つほど常に全力を出した。
「社会人で野球をやりたい」
板倉は高校時代から都市対抗の舞台に憧れていた。「おっさんが一塁にヘッドスライディングし、1球にすべてをかけるように大学生より泥臭くプレーしてる。それが格好よくて仕方なかった。その姿勢が自分にも合っている気がした」と複数の社会人野球チームへ出向いて練習に参加。しかし、レベルは高い。当時の板倉では通用しなかった。そして立正大への進学を決意。卒業後の社会人野球入りを目指した。

立正大で学んだプレー以外の姿勢

大学ではパワーのなさを改めて実感する。ストレートが前に飛ばない。バットは簡単に折れる。大学野球の投手を前に自信を喪失した。それでも板倉は1年春からベンチ入り。打てなくても、必死に取り組む姿勢がある。大学生は良い意味でも悪い意味でもスマートだ。だからこそ板倉のがむしゃらさは際立った。

2年春は35打数1安打。地獄を見た。それから当時3年生だった吉田裕太(千葉ロッテマリーンズ)とのマンツーマンでの練習が始まる。全体練習の前後、毎日、二人でひたすら打撃練習に打ち込んだ。どのような理由で吉田が板倉を練習に誘ったのか、明確にはわからない。それでも吉田の練習パートナーに選ばれたのは、板倉に人をひきつける実直な人柄があったからだと僕は思う。「吉田さんとの練習は本当に大きかった。練習量がすさまじかったし、『これだけやるからプロを狙えるんだ』というのを身近に感じて、上を見据えることができた。今でも思うけど、量をやるって本当に大事で、たくさん練習しないと自分の良い部分と悪い部分がハッキリ見えないから。そこから質がわかってくる」と当時の経験は今も生きている。

練習の成果は数字にも表われた。3年秋のリーグ戦で打率.295、2本塁打。打撃に課題が生じていた板倉からすれば大きな成長を感じる成績だった。それでも大学通算打率は80試合に出場して.214の成績しか残していない。だが、日本新薬から声がかかって社会人野球への扉が開いた。野球の技術だけじゃない。主将としてチームを2部優勝に導いた板倉は誰よりも全力で野球を楽しんでいた。そういう姿は恐らく社会人野球の関係者の方々も見ている。板倉が長年こだわり続けた「プレー以外の姿勢」は実った。

泥臭く一つのアウトをとりにいく(日本新薬硬式野球部提供)

板倉は遊撃手として肩が抜群に強くて技術はあるが、そのプレーは正直、華々しいとは言えない。パッと見てセンスがある選手とも思えない。でもそれは板倉自身が最も理解している。「自分でも華がないと思っている。守備に関してはアウトにすればそれが正解。守備範囲内のボールはどんな形でも必ずアウトにする。攻撃に関しては守備やバント・エンド・ラン、細かいプレーを絶対に決める。当たり前のことを誰よりも当たり前に。形はきれいじゃなくていい。プレーが決まればそれでいい。チームが勝てばいい」と語る。

チームの勝利だけを追い求め

こんなにチームに対して献身的な選手を僕は見たことがない。どうすればチームに貢献できるのか、どうすれば勝てるのか。それだけを考えている。そう思うのには理由があった。「社会人まで全国大会に出たことがなくて。都市対抗に出るまで注目されたことが一切なかった。甲子園に出て調子に乗ることなんてなかったし、大学でも2部。今思えばその経験は大きいかもしれない」と振り返る。

板倉は勝つことに飢えていたから、チームで勝つことがうれしかった。だからこそ自分自身がチームの力になりたい。そのためならどんなにしんどいことも率先してやる。「声を出すのも全力疾走も意味ないよ、正直(笑)。しんどいし(笑)。それをやったからって野球がうまくなるわけじゃない。でも、それをやるのは試合に勝ちたいから。試合に勝ちたかったら声が出る。全力で走る。勝つためには明るい雰囲気がすごく大事だから。社会人野球は特に。負けてても勝ってるくらいの雰囲気でやらないと勝てない」とプレー以外でも気持ちを燃やす。

野球が好きだから。勝ちたいから。「好きな野球を楽しめる。それだけでも幸せなこと。長く続けられるのは一握り。いつまでやれるかわからない。いつやめても後悔はしたくない。一つもやり残したことがないように」と野球への感謝の気持ちは絶えず忘れない。

「試合に勝ちたかったら声が出る」(撮影・笠川真一朗)

学生にも社会人野球をすすめる。すすめるからには次の子たちが憧れるような姿を見せていく。「社会人野球は一番勉強になる野球。技術のある人たちが隙なく全力でやるから。140試合あるわけじゃない。一発勝負のトーナメント。クライマックスシリーズを毎日やっているような感覚。しんどいと思うこともある。その中で楽をしたがる選手も下にいる。だから上になればなるほど手は抜けないし、弱みを人に見せたら人はついてこない。やればやるほど、一つのアウトを取れたり、勝ったりするとそれだけでうれしい。そして一生懸命頑張っている選手が活躍するのもうれしい。だから自分も応援されるような選手でいたい」と板倉の言葉には熱がこもっていた。

球場に試合を見に来る社員に声をかけられることがあった。
「板倉くんの全力疾走いいね。見ていて気持ち良い!」
自分のプレーが人にパワーを与えていた。だからこそ全力疾走はもうやめられない。目標は10年連続の都市対抗出場やベストナインなど個人の目標じゃない。板倉が目指すのはチーム初の日本一。チームが勝てばそれでいい。それだけでいい。

都市対抗の魅力

学生の皆さんは都市対抗野球をみているだろうか。大人が会社の看板を背負ってぶつかり合う本気の野球を。1球、1球の緊張感。最後まで絶対に諦めない姿勢。ベンチから立ち上がり声を出し続ける姿勢。互いが緊張感のある中で意地と意地をぶつけ合っている。細かいプレーの一つひとつに集中力を研ぎ澄ませて見てもらいたい。随所にプロ野球より魅力的なのでは、と感じる部分が隠れている。投手のフィールディング、走塁の1歩目、守備のカバーリング。成長のヒントが数え切れないほどある。ぜひ参考にしてほしい。

そして板倉健人という誰よりもがむしゃらに取り組む野球少年のような遊撃手を目を凝らして見てもらいたい。きれいじゃなくていい。形にとらわれなくていい。ただ目の前のプレーやプレー以前のことを全力でやり抜く。体が小さくても、パワーがなくても、自分自身の気持ち一つで社会人野球というアマチュア野球最高峰までたどり着いた男の姿を。

野球応援団長・笠川真一朗コラム