野球

連載:野球応援団長・笠川真一朗コラム

立正大学の田中裕人、「勝ちに貪欲に」エースの気概を持って臨む最終学年

立正大学の田中裕人。開幕戦で2年春以来のマウンドを託された(撮影・全て笠川真一朗)

コロナ禍で2020年はほとんどが中止となった大学野球の春季リーグが戻ってきました。4years.野球応援団長の笠川真一朗さんのコラムは、史上初めて1部7校で争うことになった東都大学野球から。開幕投手に抜擢(ばってき)された立正大学の田中裕人(ひろと、4年、取手一)に注目しました。

開幕投手は2年ぶりの登板

開幕週(3月29~31日)、立正大は中央大学に2連敗。初戦は0-11と大敗し、2戦目は2-4で惜敗した。「経験の無さがハッキリと出た」と坂田精二郎監督が語るように、今春は公式戦の経験が少ない選手たちがメンバーに名を連ねている。開幕投手に選ばれた田中もその一人だ。この開幕戦を迎えるまで公式戦の登板はわずか2試合。投球回数は4回2/3と2年生の春以来のマウンドだった。

初回は自慢の力強い直球を中心にテンポよく打者3人で抑えたが、二回は1死から5連打を浴びるなど3点を失った。その後は何とか踏ん張り、4回1/3を投げて被安打5の自責点3とチームを勝利に導く投球はできなかった。結果だけを見ると良い投球とは言えない。打たれている。チームも大敗した。しかし、球は走っていたし、制球も大きく乱れてはいない。少し歯車がかみ合ってないだけで、これから先の試合では十分に勝っていける魅力はある。そして一番感じるのは何とかチームを勝利に導こうという気概だ。強い気持ちを持って開幕戦に挑んでいるという気概が田中から力強く伝わってきた。その気迫こそが田中の大きな魅力だ。マウンドを降りる時も悲壮感を一切感じなかった。むしろ大事なのはこれからだ。そう思えたのはマウンドを降りてからの田中の姿勢だ。ベンチに戻ってもしっかり声を出す。顔を見ていればわかる。マウンドでもマウンド以外でも勝負していた。

投げるだけが役割ではない

経験の少ない選手が多いからと言って簡単に試合は落とせない。東都には入れ替え戦があるからだ。そして、入れ替え戦がどうとか下の順位の話よりも、彼らは日本一という目標を掲げている。勝ちたくて、何としてでも勝ちたくてこのリーグ戦に向けて練習を積み重ねて試合に挑んでいる。その中での開幕2連敗。坂田監督は「今年のチームは組織としては良い。真面目な選手も多い。でも真面目なだけじゃ勝負にならない。勝負できる選手がいないと試合には勝てない」と試合後、口にした。

「勝負できる投手」に

坂田監督の言う「勝負できる選手」とは、相手に向かっていける強い気持ちを持った人間のことだ。田中は今の立正にいる数少ない「勝負できる選手」の一人だ。今回の連敗も決して引きずらない。打たれた原因を自分なりに理解しているからだ。「たった1球抜けた球が、その打球が風に乗って外野を越えて。それで切り替えができずに『次の打者を抑えよう』と気持ちが入って力任せになって、また打たれて。連打になって気持ちのコントロールができませんでした。僕も捕手の須藤(悠真=4年、青藍泰斗)も二人でテンパっていて打者を全然見られていなかったですね」と初戦の連打を浴びた場面を振り返った。そして「気持ちも全然落ちていません。ここから空き週を挟むまで6連勝を目指します。チーム一丸となってやるしかないんで。全部勝ちにいきます」と4月5日からの戦いを見据えた。

2年春以来のマウンドが開幕投手という大役。田中は最終学年を迎えたこの春に神宮のマウンドに戻ってきた。そこには挫折もあった。「一個上に三本柱がいたので。そこに割って入る自信も無くて少し気持ちが落ちていました」と下級生の頃の心境を振り返る。三本柱とは昨年までチームを牽引(けんいん)し続け、この春卒業した糸川亮太(ENEOS)、倉田希(SUBARU)、渡部勝太(日本製鉄東海REX)の3投手だ。

下級生のころ、サボった時期もあった

この大きな存在感を放つ投手達に隠れて、田中は後輩とサボるような日々を過ごし、勝負することを避けていた。やんちゃな一面もあり、指導者の言う事に反抗心を抱き、チームの輪を乱したこともある。徐々に見放されいているような気がして気持ちも乗らなかった。しかし、そんな田中を変えたのも三本柱の先輩達だった。倉田に声を掛けられ共に下半身のトレーニングに励むようになった。質問にも丁寧に答えてくれた。「お前だったらリーグ戦で投げられる。プロを目指すつもりでやれ。そうじゃないと次のステージにもいけないぞ」と励まされることもあった。糸川からはエースとしてのあるべき姿を学んだ。自分のことだけじゃなくて周囲のことも気にかけて投手陣をまとめる。練習への熱量はもちろん、チームとして結束して勝ちにいく姿勢。言葉と行動で示す先輩達の影響を受けて「このままじゃまずいな」と危機感を持つことができた。

最上級生で意識変わる

だったら次は、先輩達が自分にしてくれたように、最上級生である自分が後輩達のために、チームのために。そして、「負けたくない」という自身の純粋な欲求のために。三本柱が抜けて新チームになり、田中は本気で目の色を変えて練習に励んだ。「『自分がこのチームのエースだ、やってやろう!』と思い込んで、自覚を持ちました」。自信もなければ、結果も出してない。感情を出すのが恥ずかしいと思うこともあった。でもこのままだと終わってしまう。反抗心を持っていた指導者の言葉も「自分のプラスにしたい」と素直に聞き入れるようになった。その田中の姿勢は坂田監督にも伝わった。「田中は下級生の頃はやんちゃなやつ。でも大人になった」と、成長を実感している。

2戦目では3番手として登板し、2回を投げた。開幕戦の反省を生かした好投を見せると試合後には「副主将をやれ」と監督に言い渡された。「今では指導者に言われる言葉が日々ガソリンを入れられてるように感じて、自然と気持ちが燃え上ってきます」。田中も監督の期待に気合が入っている。

桂川主将(左)らとチームを引っ張れるか

1日、1日を全力で取り組み、人の言葉も純粋に聞き入れたら、練習の質はおのずと上がる。球速は144kmまでで伸び悩んでいたが、この春のオープン戦では146kmまでアップした。着実に成長してつかんだ春の開幕投手。試合には勝てなかったが、無駄にしつつあった下級生の頃の時間を確実に取り戻している。あの頃のモヤモヤとした一日と、今の目の前の全力の一日では、時間は平等に過ぎていったとしても濃さは違う。田中はこのラストシーズンでようやく本当の大学野球に目覚めたのかもしれない。

そんな楽しい燃え上がるような勝負の日々で、たかだか最初の2試合を落としただけで、しょぼくれている暇はない。チームのために腕を振る、勝利のために腕を振る。勝負することから逃げるよりも、勝負することに正面から向き合うことで得るものがある。経験の差はあるのかもしれない。だが、それがなんだ。勝負には関係のない話だ。「本当に勝ちたいと思うやつが強い。気持ちで負けたらいけない。勝ちに貪欲(どんよく)に。『打ってみろ!』と思って、とにかく全力で腕振ります」。田中の熱投に期待したい。本気の情熱は人を突き動かすと僕は信じている。彼の全力投球が立正の背中を押す。そしてそれに野手も応える。坂田監督が大事にしている「助け合い」「繋(つな)がり」こそが今後の立正の戦いの大きな鍵を握るだろう。技術や戦術も大切だが、もっと大切なことがある。

気持ちを押し出し

田中の話を聞いた後に「迷ったら前へ。苦しかったら前へ。辛かったら前に。後悔するのはそのあと、そのずっと後でいい」という故・星野仙一氏(明治大OB)の言葉を思い出した。

気持ちで勝てるほど野球は甘くない。でも気持ちがないと勝負にならない。どうせ勝ち負けが決まるなら、気持ちを前面に押し出して前のめりになって戦ったほうが気持ち良い。そしてそんな試合を見てファンは感動する。そしてまた見に行こうと思う。僕は東都の熱い試合を見て、田中の姿を見て、また野球場で刺激をもらいました。選手の皆さんいつも本当にありがとうございます。

野球応援団長・笠川真一朗コラム