クライミング

「世界のレジェンドたちの領域をめざしたい」埼玉のクライマー百合草碧皇

見つめる先は世界の頂き

世界ユース選手権優勝などの実績を持つ百合草碧皇(ゆりくさ・あお、早稲田大学1年生)選手。国内大会で一定の結果を出し、2021年シーズンはIFSCクライミングワールドカップ(W杯)シリーズに日本代表として初めて臨んだ。彼にとって最高峰の舞台は特別な場所だった。念願のW杯出場を果たし、あらためて恵まれた環境への感謝を口にした。

世界の空気感じたW杯とオーストリア遠征

「ワールドカップの日本代表に選出されても、遠征費などの金銭面の負担を個人で負えなくて、辞退する人もいるんです。僕は明治安田生命の『地元アスリート応援プログラム』のおかげで、経済的なことを心配せずに大会に参加することができました。学生にとっては、とても大きなことです」

スポーツクライミング界の待遇は、ひと昔前に比べると改善されてきたものの、依然として経済的支援という面では厳しい現状がある。日本代表選手(シニア)を派遣する日本山岳・スポーツクライミング協会がW杯参加にかかる費用で無条件に負担してくれるのは、主に大会エントリー費と宿泊費。航空券などの渡航費は、大会で6位以内の成績を収めることができなければ、自己負担となる。選手たちにとって金銭面の不安を抱えずに競技に打ち込める環境は、何物にも代えがたいのだ。

競技を離れるとどこにでもいる大学生の雰囲気

2021年シーズン、明治安田生命からサポートを受けていた百合草選手は、W杯シリーズの2戦に参戦。6月にオーストリアのインスブルック、そして9月にはスロベニアのクラーニへ遠征し、本場の雰囲気を感じ取った。スロベニア大会ではリード種目で初めて決勝に残り、8位入賞。これまでの競技人生では見えなかったものが見えた。

「ワールドカップはユースの国際大会、シニアの国内大会、そのいずれとも違いました。コロナ禍で観客数が制限されているとはいえ、観衆がつくり出す空気は独特。そのなかで、レジェンドと呼ばれる選手たちが圧巻のパフォーマンスを見せていくんです。観衆の期待に応える姿には刺激を受けました。強さだけではなく、彼らは勝ち方を知っています。自分のことを理解し、どのような状況でも自分の実力を出し切ることができるのでしょうね。いつか僕もあんな風に活躍したいなと思いました。ワールドカップでしか経験できなかったことだと思います」

いままで以上に競技レベルを向上させる必要性をひしひしと感じ、今後はヨーロッパで強化合宿を行うことも視野に入れている。すでに行き先も考えている。オーストリアには、日本にない大きな壁が設置されたクライミング施設があり、そこでは世界トップレベルの選手たちが練習を積んでいる。同国のスター、ヤコブ・シューベルトは憧れの存在。W杯の会場で直接顔を合わせ、写真も撮ってもらった。そのレジェンドたちの領域に近づくためにも、引き続き支援を求めていくつもりだ。

「もっと強くなりたい」と練習を重ねる日々

地元とのつながりが持てるところに共感を覚え

「地元アスリート応援プログラムとクラウドファンディングをうまく活用し、もっと強くなりたい。海外の遠征費だけではなく、トレーニング器具の購入、さらには現在、週2回ほど通っているパーソナルジムでの体のケアも継続していきたいと思っています」

世界をより意識するようになったいまも、練習場所は変わっていない。家族で15歳から暮らす埼玉には、足繁く通うジムがいくつかある。愛知県から引っ越して来たときに最初に足を運び、いまでも通っている入間市の「Climb Park BASE CAMP」はその一つ。週5回、1日に4時間から5時間はひたすら自分と向き合い、慣れ親しんだジムの壁を登り続けている。地元の温かいサポートは、今も昔も変わらない。埼玉に来たばかりの頃をふと思い出すことがある。

「埼玉県の少年代表に選んでもらって、練習のサポートなど力になっていただいたのが、埼玉県山岳クライミング協会の方々でした。明治安田生命の『地元アスリート応援プログラム』を教えてくれたんです。制度の趣旨を説明してもらうと、地元とのつながりが持てるところに共感を覚えました」

そして、高校1年時から2年連続で国体に出場。トップアスリートとして戦っていく上で、必要なことを多く学んだ。埼玉県代表として試合に臨み、初めて応援の力を実感した。県民の期待を背中に感じて壁を登るときは予想もしない力が出た。さらに国体は仲間とともに戦い、喜びを分かち合うこともできた。個人競技として取り組んできたスポーツクライミングの深みを知ることになった。

「チームのために頑張るって、こういうことなのか、と思いました。たとえ国体で勝っても、国際大会に出場できるわけではないのですが、みんなのために登るんだと。これまでの競技人生で感じたことのないモチベーションでした」

大舞台で本来の力を発揮できるようになったのも、国体がきっかけだった。試合前日から心を落ち着けるように促され、本番に臨むためのメンタルコントロールを教わった。

「監督からぽんと肩を叩いてもらうだけで、気持ちが和らぎました。『大丈夫だから』と常に自信をもたせてくれたんです。高校生になるまでの僕は、試合で実力を出せないタイプだったのですが、リラックスして試合に臨むことで変わってきました」

練習を積んだ指先

埼玉から再び世界へ

埼玉で大きく成長したという思いはいまでも強く持っており、世界で活躍するための土台を築いたと言っても過言ではない。海外遠征から戻ったときには、あらためて地元の良さを実感することがある。たっぷりと練習をこなしたあとに、のどかな風景を眺めれば、体がすっと楽になるのだ。

「埼玉の自然の中にいると、心が癒やされるんです。休みの日には、家族と飯能のテーマパークによく行きます。空気がきれいで、やっぱりいいですね」

埼玉から再び世界へ。

「支援していただいた分は、結果で恩返ししないといけません。ワールドカップで優勝したいです」。

遠慮がちな静かな口調にも覚悟がにじんでいた。高い壁を登るのはお手の物。2022年シーズンも日本代表としてW杯シリーズに参戦し、次は世界一の座を狙っていくつもりだ。

「家族と地元の応援が支え」と話す百合草選手

【profile】
ゆりくさ・あお/2002年9月21日生まれ。専修大学附属高校から早稲田大学に進学。小学5年生のときからスポーツクライミングをはじめ、2019年に日本ユース選手権を制覇し、同年には世界ユース選手権でも優勝した。2021年はW杯シリーズに2戦参戦。スロベニア大会で初めて決勝に進み、8位入賞を果たした。高校進学時に愛知県から埼玉県に移り住んでいる。趣味は映画鑑賞。お気に入りは「スター・ウォーズ」シリーズ。身長162cm/体重52kg。

in Additionあわせて読みたい