ボクシング

「大舞台での恩返し果たせた」ボクシング入江聖奈 鳥取から世界の頂点へ

カメラに向かって得意の左ジャブ

日本のアマチュア女子ボクシング史上初となる快挙だった。2021年、世界最高峰の大会に臨んだ入江聖奈選手(いりえ・せな、日本体育大学3年)は、スピードあふれるボクシングで難敵の多いフェザー級を制し金メダルを獲得、日本列島を大いに沸かせた。夢を叶えるために自らを追い込み、たゆまぬ努力を重ねてきたが、いまあらためて下積み時代からの支援のありがたみをひしひしと感じている。

支援で両親の経済的負担を減らすことができた

アマチュアの女子ボクサーとして、頭角を現す前のことだった。中学生時代は鳥取県米子市の「シュガーナックルボクシングジム」に通いながら、陸上部に所属。1年生のときには全国中学校駅伝にも出場した。ボクシングではさほど目立つような実績を残していなかったが、中学3年生のときに明治安田生命の「次世代トップアスリート 応援プロジェクト ~めざせ世界大会~」(※)を知り、思い切って応募した。書類選考に通ると、鳥取県から上京。丸の内のビル群を歩き、見たこともない大きな会社の中で面接を受けた。
(※)「地元アスリート応援プログラム」の前身の制度

「明治安田生命の本社ビルはめちゃくちゃ大きくて、びっくりした記憶があります。そこで何を話したのかはあやふやなのですが、最終的に支援してもらえることになり、すごくうれしかったことを覚えています」

トレドマークのカエルがデザインされたマスクでの取材

地元の高校に進学すると、支援の期待に応えるように大舞台で活躍するようになる。高校1年、2年生のときに全日本女子ボクシング選手権ジュニアの部で2連覇、高校3年生でシニアの部で優勝。高校3年時の2018年には世界ユース選手権でも銅メダルを獲得。リングで強くなればなるほど、賞状とメダルの数は増えたが、同時に日本各地、さらには海外で開催される大会に出向く遠征費用がかさんだ。消耗品のグローブやヘッドギアなどの道具代も、安いものではない。高いレベルで競技を続けていると、それに比例して経済的な負担も増していたのだ。それでも、入江選手が心置きなくボクシングに情熱を注ぎ込めたのは支援のおかげだったという。

「遠征費用などに充てることができ、両親の負担を少しでも減らすことができました。道具を我慢して使い古すこともなくなりました。道具の質を落とせば、パフォーマンスの低下にもつながります。いまは遠慮なく買い替えさせてもらっています」

経済面のサポートは、競技力を向上させていく上で欠かせない。高校を卒業し、日本体育大学に進んでからも明治安田生命との関係は途切れることなく今も続いている。2020年にクラウドファンディングで受けた支援金で、黒のヘッドギアを新調。側部には「いりえ・せな」の文字が刻印されている。父親に勧められて、あえて平仮名を使っているという。「父がオンリーワンのかわいさを追求してくれました」と柔和な表情を浮かべて、大事そうにヘッドギアを抱えた。

「いりえせな」と刻印されたベッドギアを持って

「クラウドファンディングで私の知らない人から支援されるのは、当たり前のことではないです。競技に対してより責任感が芽生え、取り組み方も変わってきました」

アマチュアボクシングで世界の頂点をめざすなか、バックアップ体制は万全だった。日本代表選手として、海外に遠征することが増えても、余計な心配はしなくてよかった。世界最高峰の大会に立つために厳しい予選を勝ち抜き、出場権を手にしたときからずっと口にしていたことがある。

「大きな舞台で結果を出して、恩返しをしたいです」

コロナ禍の影響を受けながらも、モチベーションを維持して練習を重ねてきた。迎えた2021年の夏、長年の努力を実らせる。スピードを生かしたボクシングが冴え、次から次に世界の猛者たちを撃破。得意のジャブとストレートでポイントを手繰り寄せ、決勝でも堂々たる戦いを披露した。リングの上で歴史的な勝利を告げる判定結果を聞くと、大きく飛び跳ねて喜び、うれし涙をぼろぼろと流した。世界一の称号を手にしたいま、あらためて支援のありがたみを感じている。

「明治安田生命さんには、金メダルを取るずっと前からサポートしてもらっています。私が大きな実績を残していないときからです。本当に感謝しています。今回、一番分かりやすい結果で恩返しができて、良かったです」

日体大のボクシング練習場で

地元・鳥取の話になると自然と声が弾む

金メダル効果は絶大である。まだ興奮がさめやらない夏、選手キャリアの礎を築いた故郷に凱旋すると、地域を上げて祝福してくれた。鳥取県初となるゴールドメダリストの肩書は、予想以上の反響だった。鳥取県からは県民栄誉賞、スポーツ最高栄冠賞を授かり、米子市からは市民栄光賞を授与された。地元に帰ってもゆっくりする暇などはなく、表敬訪問などの予定に追われ続けた。取り巻く環境の変化には驚くばかり。

「自分で言うのも何ですが、フィーバーが起きていました。こんなに変わるんだなって。県と市から表彰されたことは光栄で名誉なのですが、いまだにピンときていないんです。 歴代受賞者を見ると不思議な感じがして。私はこの賞に見合っているのかと。いまでもよく分かりません」

冗談まじりに話す表情は底抜けに明るい。地元の話になれば、自然と声も弾む。実家では父親の知り合いが差し入れてくれた美味しい肉を頬張り、鳥取の温かみを感じたという。

「やっぱり、人と人のつながりって、いいものですね」

生まれ育った地域への思い入れは強い。ロードワークの一環として、ジム近くの城山を駆け上がり、ジムメイトたちと一緒に頂上でくつろいだのもいい思い出だ。ただ、あまり郷愁に駆られることはないという。

「過去をいろいろと振り返るのは、競技生活が終わってからでしょうね。いまはまだボクシングは続けていますから」

金メダル後の大会で負けるのは絶対に嫌だった

大きな目標を成し遂げたあとも、日々の練習はおろそかにしていない。メディアへの露出は一気に増えたが、トレーニングの支障をきたさない程度にコントロールしていた。11月の全日本選手権ではフェザー級で圧倒的な強さを見せつけて優勝を飾り、大会MVPにも輝いた。ニコニコのスマイルで入場するルーティンも、リングでの強さも、世界の頂点に立ったときと変わらない。

「金メダルを取ったあと、調子に乗って、次の大会で負けるのは絶対に嫌だったので。アスリートができる恩返しは、結果を出すことです」

次なる目標は、2022年9月に開催予定のアジア大会。ここでも日本女子ボクシング初の金メダルを取り、大きな期待にしっかり応えるつもりだ。地に足をつけた笑顔のチャンピオンは、まだまだ強くなりそうだ。

頂点のさらなる先を見つめる入江選手

【profile】
2000年10月9日生まれ。鳥取県米子市出身。米子西高から日体大に進学。ボクシングを始めたのは小学校2年生のとき。高校1年、2年生のときに全日本女子ボクシング選手権ジュニアの部で2連覇、高校3年生でシニアの部で優勝。2018年には世界ユース選手権で銅メダルを獲得した。日体大3年生の2021年には東京五輪のフェザー級で日本女子ボクシング史上初の金メダルに輝いた。同年11月の全日本選手権でも優勝。趣味はカエル研究、ゲーム。

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