野球

特集:うちの大学、ここに注目 2022

青山学院大・下村海翔投手 手術から1年ぶりの復活のマウンドで更なる飛躍誓う

大分で復活登板を果たした下村

東都大学野球初となる大分でのリーグ開幕戦。青山学院大学が先勝して迎えた2日目、クローザーとして最終回のマウンドに立ったのは3年生の下村海翔(九州国際大付)だ。浮き上がるようなストレートと、落差の大きいフォークを駆使して2奪三振を含む三者凡退に抑え、チームを勝利に導いた。圧倒的な投球を披露した下村だったが、この日は手術をしてから初めての公式戦。約1年にわたるつらいリハビリを経て、下村が再びマウンドに立った。

青山学院大学の下村海翔と佐藤英雄、期待の1年生バッテリー

期待を胸に青学へ進学

下村は高校時代、プロか進学で悩んでいた。そんな時に青山学院大から声がかかり、下村自身も「自分の練習ができて、野球も強い」と考え進学を決めた。入学後は順調な滑り出しだった。1年からオープン戦で登板し、大学生相手に持ち前の投球で圧倒した。「全然いけるな」。シーズンが始まれば即戦力としての活躍が期待された。

しかし、最初のアクシデントが発生する。2020年の春ごろから新型コロナウイルスが流行し始め、春のリーグ戦の中止が決定。下村自身も春からの登板を想定していただけに「入った時からバンバン活躍したかったと思っていたので、ちょっとショックだった」と残念そうに振り返った。

秋季リーグは開催されたため、下村も公式戦で登板。リーグ最終戦では9回14奪三振の完封勝利を記録。最終的に秋季2部リーグで2勝1敗、防御率1.93の好成績を残し、チームの1部昇格に大きく貢献した。下村は「初めてのリーグ戦にしてはある程度できたとは思ったんですけど、それでも成績で見たら同級生の松井(大輔)より劣っていたので。その辺はめっちゃ悔しかったです」と、2年時での更なる飛躍を誓った。

2部では2勝1敗、防御率1.93と1部昇格に大きく貢献

耐えられなくなったひじの痛み

初のリーグ戦で十分な成績を残した一方で、下村はある痛みを隠しながら腕を振ってきた。ひじの痛みである。最初に感じたのは大学入学直前。高校3年生の2月には青山学院大の野球部寮に入寮していたが、寒い日になるとひじに痛みを感じるようになった。その後もひじに違和感を覚えたため、地元の病院でX線検査をしたが、診断結果は「異常なし」。

「本当に大丈夫なのかな」。ひじは明らかに痛むが、一度は異常なしと診断されたため、違和感を感じながらも投げ続けた。1部昇格がかかっていたチームに貢献するため、痛み止めをのみながらの登板。しかし下村の予感通り、投球回が増えるごとにひじの痛みは増大していった。

「もう、ダメだな」。シーズン最終戦で9回完投した後、ついに痛みに耐えられなくなった。横浜の病院で再度検査をしたところ、クリーニング手術が必要だと判明した。当初は長くても半年ほどで投げられるようになる予定だった。しかし軟骨の損傷が医師の予想以上にひどかったため、実戦復帰までの見通しが一切立たなかった。

青学大は2部で優勝し、春からは悲願の1部リーグ。自分も春のリーグに間に合うように投げたいという焦りもあった。しかし思いはかなわず、同級生らが神宮で活躍する様子をスタンドやビデオでしか見ることができなかった。

「投げたいな」。チームが敗れた際は、自分が投げて負けた時とは違う悔しさがあった。思うように投げられないもどかしさもあり、焦りも生まれた。少しでも早く投げられるようになりたい。春にひじの反応を見るため、一度ブルペンに入った。だが下村の期待とは裏腹に、数球投げたところで激痛が走った。腕は手術前より痛み、春季リーグは間に合わないことを悟った。

「秋に間に合うのか」「治るのかな」。本来なら投球練習を再開していたかった時期に、激痛で投げられない。下村にとって苦しく、悔しいリハビリ期間となった。

支えとなった恩師の言葉

普段、落ち込むことはあまりないと話す下村だが、一時期は落ち込んだ時もあった。そんな中、下村を支えてくれたのがリハビリの先生と安藤寧則監督だ。リハビリに苦労する下村に対し、先生は「ひじは少しずつ良くなっている。投げられない間にトレーニングをすれば大丈夫」と心強い言葉をかけた。「リハビリの先生にそういってもらえて、結構救われたというか、頑張ろうって思えました」と下村。

安藤監督は面談の度に下村を鼓舞した。安藤監督と下村は入学時から「大卒ドラ1」を誓っていた。リハビリ中の下村と安藤監督、コーチで面談を定期的に行い、「大学4年でのドラ1はぶれていないか」と常に確認していた。「自分が苦しんでいる中、(安藤監督は)口数は多くないんですけど、助けてくれました」

下村も復活を信じ、ウェートトレーニングに力を入れた。「1年間投げることが出来ない今しか、できないことがあるんじゃないか」。腐ることなく、練習に励んだ。ウェートトレーニングやダッシュ、ジャンプ系のトレーニングをひたすら取り組むことにした。夜に他の選手が部屋で休んでいる時も下村は欠かさずトレーニングを続けた。「ボールは触れなかったけど、やりたい練習は全部できた。野球のための練習は、今まで以上にできたと思います」

神宮でも圧巻のピッチングだった

身体能力は部内トップクラスに成長

膨大な量のトレーニングの結果は、数字となって出た。部内で行われる体力測定。下村はそれまで部内3位だったが、トレーニングを経てダントツの1位だった中島大輔と競り合うようになった。「まあ結構負けず嫌いなんで(笑)。大輔に勝ちたいって思って、皆が夜ゲームとかしてる時にひたすらトレーニングしました」

体力測定で1位を争うようになった頃には、ひじの状態も大きく改善した。開幕を控えた3月、実戦登板が許された。紅白戦とオープン戦で登板し、5イニングほど投げて無安打無失点。身体能力の向上について深く意識しながらトレーニングに取り組んでいた成果が、実戦でも出た。

大学入学当時は社会人相手に苦戦することが多かったが、手術明けのオープン戦では簡単に前に飛ばされることはなくなった。短いイニングという注意書きは付くが、直球の最速は150キロを超え、平均球速も手術前と比べ147.8キロと約6キロほど早くなった。「絶対上がっているという自信はあったんですけど、まさかここまで変わるとは思っていなかったです」

圧巻だった復活登板

迎えた大分での東都大学野球1部リーグ開幕戦。2日目に下村はクローザーとして登場。復活を遂げてマウンドに君臨した右腕は、飛躍した身体能力を武器に日大打線を圧倒した。相手打者が振ってもほとんどバットに当てられない光景は、圧巻だった。

この復活登板について尋ねてみた。予想していたポジティブな答えではなく、帰ってきた答えは良い意味で期待を裏切ってきた。下村は満足そうな表情を見せることもなく、「正直、三つ三振取りたかったなっていうのがあります。あの時の調子だったら3つ取れたんじゃないかなっていうのはあったので、ちょっともったいなかったなと思います」。堂々とした態度でハキハキと質問に答えた。自分の進むべき道が明確に見えているのだろう。同時に下村のストイックさに驚かされた。

桜の木の下でさらなる進化を誓った

桜の木の下で誓う「ドラフト1位」指名

下村は自身の性格について、「負けず嫌い」と話す。「同級生には絶対負けたくないです。松井(大輔)常廣(羽也斗)には絶対。まあ、負けたくないっていうか一緒に頑張りたいんですけど(笑)。やっぱり自分にはなくて、松井、常廣にあるものもあるので。逆に自分が勝っている部分はあると思うんで、その辺は皆でアドバイスしあっていけたらなと思います」。そんな性格が、下村を新たな次元へと成長させる。

将来の目標はやはり変わらず「ドラフト1位指名」。その目標を達成するために、まずはリーグ戦に力を注ぐという。「あまり先のことは見すえず、まずは一つ一つ勝ち点を重ねて。そこで優勝すれば全日本に出られるので。甲子園にも出たことがなくて、まだ一回も全国大会みたいな経験がないんです。だから大学では日本一になりたい。頑張りたいです」。今季はクローザーに専念し、チームを優勝へと導く。

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