大学野球

連載: プロが語る4years.

卒業したら就職するつもりだったから、関学に入った 阪神タイガース・近本光司1

ルーキーイヤー大活躍の近本。2年目にも期待がかかる(すべて撮影・藤井みさ)

輝かしい舞台で躍動するプロアスリートの中には、大学での4years.で花開いた人たちがいます。そんな経験を持つ現役プロや、元プロの方々が大学時代を中心に振り返る連載「プロが語る4years.」。第7弾はプロ野球・阪神タイガースの近本光司(25)です。関西学院大学を卒業後、社会人野球の大阪ガスで2年間プレーし、2018年秋のドラフトで阪神から1位指名を受けました。プロ1年目の昨シーズンは、36盗塁で盗塁王を獲得し、新人特別賞に輝きました。4回の連載の1回目は関学に入るまでの話です。

「将来のため何が必要か、4年間で気づいたもん勝ち」アスルクラロ沼津・中山雅史(下)

あまりやりたくなかったピッチャー

近本は兵庫県の淡路島で生まれ育った。父が野球経験者で、兄ふたりも野球をしていた。気づけば野球がそばにあり、2歳になったころにはすでにバットを握っていたという。小学2年生のときに地元の野球クラブに入り、そのころからいまと同じ外野を守っていた。淡路島市立東浦中学校へ進むと、野球部で軟式球を握った。監督からはずっとピッチャーになるように勧められていたが、あまりいいイメージがなかったと近本は言う。

「自分ではピッチャーはあまり好きじゃなかったんです。小学校のときに『左利きやから投げろ』って言われて投げてたんですけど、全然楽しくなかったんですよね。ピッチング(練習)だけで試合では投げなかったんで、ピッチャーのイメージってあまりなかったんです」

ずっと監督にもピッチャーは「やりません」と言っていた。しかし中2のとき、1度だけ「3イニングくらい投げてみないか」と言われてマウンドに立った。「投げてみたらうまく抑えられて、楽しいって感覚がわかりました。そっからはピッチャーをやるようになりました」

乗り気でなかったピッチャーだったが、面白さに目覚めた

兄は二人とも淡路島にある高校へ進んだ。だが、近本は淡路島を飛び出て、誘いのあった兵庫県の北播磨地域にある県立社(やしろ)高校に進学。充実した設備が整い、いろいろなスポーツができる体育科があるところに惹(ひ)かれた。「体を動かすことが好きだから、いろんなスポーツを体験できるというのがよかったんだと思います」

「プロは全然意識してなかった」

高校ではピッチャーと外野手を兼任したが、甲子園には届かなかった。高校の先輩がいたこともあってスポーツ推薦で関学へ。「僕、プロは全然意識してなかったんで、就職ってことを考えたら関学が一番なんで」とキッパリ。大学卒業後は金融や保険、商社への就職をイメージしていたという。

法学部生になったばかりのころは、野球よりも勉強のほうが気がかりだった。「入学したときに『この中から2割は卒業できません』と言われるぐらい勉強が厳しかったんで、卒業できればいいなって感じてましたね」と笑う。

当時はプロに行くなど、考えてもいなかったと語る

近本は授業に出るのが好きだった。それでも学業面で悔いが残っているそうだ。「ひたすら覚えたり書いたりで、暗記することばかりやってました。だから、全然頭に残ってないんですよね(笑)。もっと民法とかやっとけばよかったって、いまになって思います。政治学科なのに政治のことまったく知らないなって。自分何してきたん? ってなりますよ」

大学入学とともにピッチャー一本に絞った。「フォアボールが多くて、三振が多い。僕がバッターだったら一番嫌なピッチャーですね」と振り返る。実は大学に入った時、野球へのモチベーションはあまり高くなかったという。「別に野球やりたいっていうのもあまりなかったんですよね。だから、ピッチャーをやってたんだと思います。野手よりもちょっと楽だから。ピッチャーのときは試合にも出てなかったんで、ランニングだけしっかりしてたらよかったし」

プロの世界へ飛び込むという考えもないし、想像もつかなかった。しかしある男との出会いが、人生を変えていくことになる。

関学で年下の「師匠」と出会い、上向いた野球人生 阪神タイガース・近本光司2

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