「ヘッドコンタクトプロセス」「50:22」とは 大学でも対応が求められる新ルール
日本代表の快進撃に沸いたラグビーワールドカップ日本大会から4年。今回のフランス大会でも日本代表はチリとサモアを破り、8日には決勝トーナメント進出をかけてアルゼンチンと戦います。ファンの間からは、「え、あれで退場なの?」「フィフティー・トゥエンティーツーって、何?」など、4年前とは違う判定に戸惑う声が上がっています。安全を重視し、より攻撃的で魅力的な試合をめざすラグビー界。この4年の間に新たに導入された新ルールを説明します。
頭部へのコンタクト 故意じゃなくても退場?
日本時間9月29日早朝に行われたサモア戦の前半終了間際、ドレッドヘアがトレードマークの堀江翔太選手がイエローカードを受け、10分間の一時退場処分となりました。ワールドカップ直前のテストマッチでは、リーチマイケル選手とピーター・ラブスカフニ選手がレッドカード(一発退場)となり、3試合の出場停止(その後いずれも2試合に軽減)となりました。リーチ選手は「人生初のレッド」。いずれもタックルに入った際、肩が相手選手の頭に当たったことが理由でしたが、これまでと比べると、処分がかなり厳しくなったように感じます。
世界のラグビーを統括するワールドラグビー(WR)は今年3月、「頭部へのコンタクトの対処手順(ヘッドコンタクトプロセス、HCP)」を更新しました。ハイタックルやショルダーチャージなどの危険なプレーから、プレーヤーの頭や首を守ることを目的としています。更新されたHCPでは、故意や無謀なプレーだけでなく、「避けられるプレーだったのに避ける努力をしなかった」場合も対象で、コンタクトの強さなどの危険度や、タックルを受けた側が直前に姿勢を変えたかなどの軽減要因を加味して、「レッド」「イエロー」「カードなしのペナルティー」の判断が下されることになります。
このHCPをもとに判断すると、頭部にコンタクトしてしまった場合は、故意でなくても一発退場の可能性が高まりました。肩より上へのタックルは元々「ハイタックル」として厳しく判定されていましたが、HCPでそれが一段と厳格化した形になります。
日本が得意な「ダブルタックル」は、2人の選手が高低に分かれてタックルするため、上を担当するタックラーには細心の注意が求められます。頭部へのコンタクトは、ハイパントを競り合う場面でも起きやすいため、今回のワールドカップでは、ハイパントをキャッチできないと判断した側は無理に競り合わず、キャッチした選手が着地する瞬間を待ってタックルをする場面も増えているようです。
国内の大学リーグはもっと厳格化 チームは対応急務
WRは今年、トップレベル以外のカテゴリーを対象に、ハイタックルの基準を、「肩より上」へのタックルから「胸骨より上」へと下げる試験的運用を打ち出しました。脳振盪(のうしんとう)などの重大なけがから選手を守り、ラグビーの安全性を高めていくことが目的です。
日本協会もこれを受け、今年の秋シーズンから、リーグワン以外のカテゴリーでこの基準を導入することを決めました。大学ラグビーでも、今季は「胸骨付近へのタックル」は「ハイタックル」と判定されることになります。これまで反則にならなかったタックルが「危険なタックル」と見なされ、場合によってはカードの対象になってしまうわけですから、各大学にとって、対応は急務と言えそうです。
レフェリーがバッテン「バンカーシステム」とは
ワールドカップのサモア戦。堀江選手にイエローカードが提示された際、審判は腕を交差させ「バッテン」を示しました。テレビ画面でも、黄色と赤が半々の表示が出されました。これも今回から採用されている新ルールで、「バンカーシステム」と言います。
HCPなど判定の厳格化でカードが提示される機会は増えました。が、イエローかレッドかの判断を下すためには、試合を止めたまま何度もリプレー映像を繰り返し確認しなければなりません。バンカーシステムは、これを防ぐために導入されました。主審が少なくともイエローカード以上であると判断すれば、カードと同時に腕を交差させます。該当選手はひとまず一時退場して試合は再開。判定は別室の担当審判員が時間をかけて映像を検証し(8分以内)、イエローかレッドかを決めます。
堀江選手はバンカーシステムの結果、「イエロー」の判定が下され、画面表示も赤黄半々が黄色1色に変わり、10分経過時点で試合に復帰しました。一方、サモアのベン・ラム選手は試合後半にバンカーシステムにかけられ、しばらくのちに「レッド」と判断され、サモアは試合終了まで1人少ない状況で戦うことになりました。
インゴールでノートライになったら、5mスクラムじゃないの?
ゴールライン間際の攻防で、攻撃側がインゴールになだれ込む……。大学ラグビーでもFWが強力なチームでよく見られるプレーです。ボールをグラウンディングできればトライですが、相手選手に阻まれヘルドアップとなった場合、これまでは5mスクラムで「攻撃のやり直し」でした。しかし今回のワールドカップでは、ゴールラインから守備側のチームのドロップアウトになり、攻撃がいったん途切れることになりました。
これはすでに2021年から導入されており、国内でも定着したルールになっています。攻撃側にしてみれば、グラウンディングできなければチャンスが消えてしまうことになり、インゴールに突入する判断を慎重にせねばならなくなりました。一方、守備側にしてみれば、グラウンディングを防げると判断した場合は、攻撃側の選手をインゴールに引き込み、ノートライにしてしまうという戦術も出てきました。攻守とも、ゴール前での判断がより重要になったと言えます。
このルールがもし2015年大会で導入されていたら、南アフリカ戦終了の数分前、日本のモールがインゴールでヘルドアップとなったところで相手ボールとなり、「ブライトンの奇跡」は起きなかったことになります。
「50:22」とは なぜ相手ボールのラインアウトに?
サモア戦の後半開始早々にも、4年前にはなかったプレーが飛び出しました。レメキ・ロマノ・ラヴァ選手がビッグタックルを決めて日本が優位に立った直後、サモアのスタンドオフが自陣から大きく蹴ったボールは、日本陣内深くでバウンドしてからタッチラインを割りました。サモア側が蹴り出したにもかかわらず、このあとサモアボールのラインアウトとなり、日本は一転ピンチとなりました。従来なら、ボールを蹴り出した場合は、相手ボールのラインアウトになるはずです(ペナルティーキックの場合を除きます)。
これも、21年から導入された新ルールで、「50:22」(フィフティー・トゥエンティーツー)と呼ばれています。条件は①ハーフウェーライン手前から蹴り②そのボールがバウンドして③敵陣の22mラインとゴールラインの間でタッチに出ること。蹴ったボールがハーフウェーライン(50)と22mラインをまたぐ形になることから、こう呼ばれています。
ラグビーの防御戦術が進歩した結果、攻撃側が攻めあぐねることが増えました。このルールは、攻撃側を有利にすることが目的です。50:22キックを決められるといきなりピンチとなってしまうため、守備側は自陣深くのタッチライン際に選手を配置しなければなりません。おのずとディフェンスラインの人数が減り、攻撃側にチャンスが生まれやすくなります。また、守備側がタッチライン際をケアすれば、中央が薄くなり、そこにミニパントを落とす攻撃も有効になります。
50:22キックが成功することはそれほど多くありませんが、このルールがあることで攻撃側の選択肢が増え、スリリングな試合展開が期待されるようになりました。
ラグビーってヘディングありなの? ノックオンじゃないの?
新しいルールではありませんが、今回のワールドカップでは、日本の第2戦・イングランド戦で、少し不思議なトライがありました。イングランド選手が前に落としたボールを、コートニー・ローズ選手が拾い、そのままインゴールへ。日本選手は「ノックオン」だと思って足を止めた瞬間の出来事でした。映像でもチェックされましたが、「手ではなく頭に当たったのでノックオンではない」として、トライが認められました。
「ノックオン」は、手で触ったボールを前に落とす反則です。なので、ヘディングや胸トラップは、実はノックオンではありません。この場面でボールを拾ったローズ選手は、トライした瞬間に頭を指さし「ヘディングだからノックオンではない」とアピールしていましたから、ルールをきちんと理解していたことがわかります。
ヘディングや胸トラップは「合法」ですが、狙うのはかなり難しいと言えます。キックと同じ扱いなので、前にいる選手にパスを送ればオフサイドになります。後ろから走り込んでくる選手にヘディングパスをしようにも、ラグビーボールはどこに跳ねるかわかりません。今回のイングランドは、ボールがうまい具合に味方選手の進行方向に落ちたからトライとなりましたが、日本選手側に転がれば一転してピンチになっていたかもしれません。
4年間でテストされたけど、正式採用されなかったルールも
ラグビーはルールの変更が多いスポーツです。この4年間には、テストされたけれど正式に採用されなかったルール変更(運用)もありました。新ルールでより安全になったか、試合展開は本当におもしろくなったか、何を変えればよりよいスポーツになるのかが、これからの4年間で検証され、次のワールドカップでまた新しいルールが登場しているかもしれません。