日本大学・青木祐奈(下) NHK杯に初出場 移籍後の成長、将来の夢は振付師
11月24~26日に大阪府門真市で開催されるフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第6戦NHK杯に、日本大学4年の青木祐奈(ゆな、横浜清風)が初出場する。3回転ルッツ-3回転ループの高難度の連続ジャンプを武器に、シニアの大舞台で飛躍を誓う。2回連載の後編はMFアカデミー移籍後の成長、日本大学での学びや将来の夢について紹介する。
都築章一郎コーチから「卒業」、MFアカデミーへ
2021年12月、青木は全日本選手権のショートプログラム(SP)で失敗し、最下位の30位に沈んだ。ショックが大きく、年明けに予定していたインカレまでの2週間は放心状態だった。
インカレで調子は戻ったが、2月は体調不良などもあり、気持ちを立て直すために休養した。そして全日本直後から検討していたMFアカデミーへの移籍を決断した。
6歳の頃から指導を受けている都築章一郎コーチから離れるのはさみしかった。大好きなコーチのもとで現役を引退したいと考えていた。だが自分の成長のためには環境を変えるのが最善策だと思った。
都築コーチは「卒業」という形で優しく送り出してくれた。青木は両親とともに別れを告げると、帰りの車の中で涙がこぼれた。
「都築先生からスケートの基礎や技術を教えていただいたので、恩返しができるように移籍してからも結果を残したいなって。都築先生にも喜んでもらえるように感謝の気持ちを忘れずに頑張ろうと思いました」
NHK杯に出場決定「ここからが始まり」
MFアカデミーは「三井不動産アイスパーク船橋」を拠点に2021年春に開校した。スケートのレッスンだけでなく、ダンスやバレエも習うことができる。全日本や冬季アジア大会などで活躍した中庭健介ヘッドコーチらのもと、全国から集まったトップクラスの選手たちが練習に励んでいる。青木は2022~23年シーズンから仲間入りした。
青木にとって中庭コーチのジャンプ指導は新鮮だった。
「今まで欲しかったアドバイスでした。跳べている時と跳べていない時の違いをきちんと見極め、何が違うのかを明確に指摘してくださり、自分で考えさせてくれます。例えばジャンプを失敗した時、『今のは何が違った?』『何でできなかったと思う?』という投げかけをワンクッション挟んでくれるんです」
自分のジャンプを振り返り、自分の頭で考えて説明する。普段から感覚を言語化することで、試合や練習でジャンプが崩れてもすぐに修正する力が養われた。
ジュニア時代からこだわってきた3回転ルッツ-3回転ループの成功確率も上がり、試合でも安定するようになった。昨年の全日本選手権ではフリーで3連続ジャンプを決めるなど総合191.89点で7位入賞。「今までと比べものにならないくらい波が落ち着いた」と、青木は成長を実感している。
今シーズンは強化指定選手Aに選ばれ、GPシリーズNHK杯出場のチャンスが巡ってきた。7月末に派遣選考会があり、約1カ月間猛特訓した。
選考会の演技が評価され、その場で派遣が決まった。発表された瞬間、青木の目から涙があふれた。帯同していた中庭コーチ、中田誠人コーチと喜びを分かち合った。
「なんとかこのチャンスを取りたいという気持ちが結果につながったかなと思います。『ここからが始まりだから、また頑張ろうね』と先生たちが話してくれて、すぐに(大会に向けて)気持ちを切り替えました」
日大でスポーツ心理学やコーチングを学ぶ
日本大学4年の青木は卒業研究にも励んでいる。
スポーツに関する勉強をしたかったためスポーツ科学部を選んだ。心理学の講義で学んだ呼吸法を演技前に試してみるなど、大学で得た知見を競技に生かしてきた。ほかに栄養学やコーチングも学んだ。
ディスカッションの機会も多く、陸上や競泳など他競技の学生アスリートが実践するトレーニング方法は勉強になった。青木もスケート技術について説明することで、自分への理解が深まり、トレーニングの目的を再認識できたという。「スケートのコツや勘といった自分が感覚でやってきたこと、例えばジャンプを跳ぶ時に『ここでシュッ』というのを、相手に理解してもらえるように言葉にするのは難しかったのですが、言葉に出すことで明確になっていきました。この経験は将来(指導する立場になったら)役に立つと思います」
日大には様々な競技で活躍している選手が身近にいて刺激も受けた。「お互いに応援し合えて、この学部を選んで良かったなと思います」
現在はスポーツ医学のゼミに所属し、卒業研究として女性アスリートの三主徴について勉強している。周りの女子選手が体調管理に苦労しているのを見たり聞いたりした経験から、このテーマに関心を持った。「選手にアンケートをしています。スケートの論文が少ないので、選手たちに話を聞けるうちにデータを収集して、何か新しい発見があったらいいなと思っています」
ミーシャ・ジー氏と重なる境遇
今シーズンのSPは、アメリカのシンガー・ソングライター、ラナ・デル・レイの「Young and Beautiful」。青木自身が振り付けをした。「これまでの選曲と違って盛り上がりが少ない曲なので、そこを自分でどう表現するか挑戦してみたいと思いました。なるべく違う動きになるように、リンク全体を使って、ステップシークエンスもレベルがきちんと取れるように考えました」。動画で確認しては作り直し、電車の移動時も繰り返し曲を聴いてイメージを膨らませた。
フリーは、ジュニア時代からお世話になっているミーシャ・ジー氏振り付けの「She」だ。「振り付けの際、ミーシャから『“She”は誰にする?』と聞かれて。今年が集大成だから、“私”がいいと答えました。私のスケート人生を4分間に詰め込んだプログラムになっています」と青木は話す。
前半はスケート始めた時の楽しさを、曲調が変わったところで、ジュニア時代の葛藤や不調を表現する。そしてコレオグラフィックシークエンスで再び曲調が変わり、「スケートが好き」「私のスケートを見て」という気持ちを表し、また羽ばたいていく姿を描く。
ジー氏は、青木がジュニア時代に苦しんでいたことや骨折から復帰したことを知っている。2021年の全日本で落ち込んでいた時は励まし、移籍後の成長も見てきた。
ジー氏も、現役時代は成績に好不調があり、苦しんだ時期があった。それでもラストのGPシリーズフランス杯で銅メダルを獲得し、惜しまれながら現役を引退した。今年9月に来日した際は、ジー氏自身の経験に触れて青木にエールを送ってくれたという。
「ミーシャが最後のGPで表彰台に乗った話をして、何があるかわからない、試合は本当に緊張するし、周りからのプレッシャーもあると思うけれど、そういうのは気にしないで、自分に負担かけないで、と。ミーシャも現役の頃にたくさん苦労して、最後まで諦めずに続けていたスケーターなので、励まされ、気持ちの支えになりました」
NHK杯へ「自分ができることを出し切りたい」
将来の夢は、海外で活躍できる振付師になることだ。そのために振り付けのアイデアや表現に関して勉強したいと考えている。そしてアイスショー出演の目標もある。
ジャンプが注目されがちだが、表現力も青木の持ち味だ。バレエのように柔らかい手足の動きで、音楽表現にも優れている。
「表現することが好きですし、表現力は自分の強みかなと思っています。小さい頃から(本田)真凜ちゃん(JAL/明治大学、青森山田)や(樋口)新葉ちゃん(ノエビア)など、表現力が高い選手の中で切磋琢磨(せっさたくま)してきたり、アイスショーに出演し、ステファン・ランビエールさんや荒川静香さんなど、素敵なスケーターを実際に見たりすることで、こういう風になりたいという気持ちが生まれ、今の表現力につながったと思っています」
10月にあったアイスショー「カーニバル・オン・アイス」も観戦し、表現力をもっと高めていきたいと感じたという。「私は柔らかい曲調のプログラムが多かったのですが、クールな曲や『アディオス・ノニーノ』などのタンゴ、(河辺)愛菜ちゃん(まな、中京大学、中京大中京)みたいなかっこいいプログラムもやってみたいです。いろんなジャンルの曲を滑ってみたいですね」
まもなく開幕するNHK杯を前に、「海外も含めて、たくさんの方に見ていただけるチャンスなので、大会を楽しめるようにしっかり準備して、自信を持っていきたいと思います。自分ができることを出し切りたいです」と意気込む。
来年3月の大学卒業を節目に競技引退も視野に入る。「(引退は)全日本が終わったら決めようと思っています。次につながる結果になれば続けますし、でも普通にいったら引退かな」と笑う。
11月の東日本選手権で優勝し、12月に長野市で開催される全日本選手権が集大成の舞台となる。「順位よりも、自分が満足する演技をショートとフリーでそろえられたらと思います。悔いのない練習、悔いのない演技をしたいです」
苦しかったジュニア時代、骨折を乗り越えて復帰し、新しい環境で成長を続けている青木。現役引退を決めるにはまだ早すぎると感じてしまう。NHK杯を弾みにして、さらに大きな舞台で羽ばたく姿を見てみたい。