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東海大学は学生スタッフもトライアウト 西尾昂也コーチから探るシーガルスの強み

東海大シーガルスのアシスタントコーチを務める西尾昂也(中央、撮影・井上翔太)

2022年の全日本大学選手権(インカレ)準決勝、東海大学と日本大学の大一番。同点で迎えた残り1分47秒、学生コーチとしてベンチ入りしていた東海大の西尾昂也は、考えていた。「同点でスリーを決められたら嫌だろうな」。タイムアウト時、陸川章監督に思い切って、この試合で当たっていなかったシューターの起用を進言した。この勝負手が、流れを引き寄せた。勝利後の陸川監督は、満面の笑みで勝因の一つにあげた。

「学生コーチの進言が功を奏しました」

この大会で日本一に貢献した西尾は、卒業後に東海大の職員となり、東海大シーガルスのアシスタントコーチとなった。

昨年、東海大は群馬県太田市のオープンハウスアリーナなどで開催されたインカレで準優勝を果たした。決勝は僅差(きんさ)で敗れ、連覇はならなかったが、シーガルスは大会を通じて地力の高さを証明した。

今回、スタッフという立場からチームを支え続けてきた西尾コーチにスポットライトを当てて取材を進めると、東海大ならではの強みが浮き彫りになってきた。

西尾に学生コーチの仕事につながったトライアウトの実態、コーチを志したその背景、学生コーチの役目についてじっくりと話を聞いた。

主将だった高校時代に思い描いた将来像

埼玉県八潮市出身。小4からバスケットボールをはじめた。中学時代、ジュニアオールスターに選出され、一つ上の先輩に誘われて静岡・飛龍高校の練習に参加。このチームでバスケットをやりたいと進学を決めた。3年生の時にはキャプテンを務めた。そのときの経験がコーチという役割に就くきっかけとなった。

「高校時代はケガが多くて、試合には7、8番手としてちょくちょく使ってもらっていました。また、対戦相手のビデオを見てメモを取る程度でしたが、スカウティング(対戦相手の分析)をしていました。もともと、将来は指導者や教員になりたいと思っていました。そのことを知った原田裕作先生から『学生コーチはどうだ?』と言われたことが、先生の母校でもある東海大で学生コーチをめざすきっかけになりました」。西尾はそう振り返る。

さらに、当時チームのトレーナーとして派遣されていた東海大OBの古賀賢一郎トレーナーも「これからはBリーグもできたし、ユースチームも増えて選択肢の幅も増えると思うよ」と背中を押してくれた。スタッフの具体的な仕事の内容も教わった。

在学中もコーチとしてチームのサポートに徹してきた(撮影・井上翔太)

東海大独自の学生スタッフトライアウト

東海大シーガルスのシステムが他の大学と一線を画しているのは、一般入試で入学してきた学生に対し、選手だけでなく、スタッフのトライアウトも設けていることだ。シーガルスのホームページやX(旧・Twitter)などで、トライアウトの開催が毎年告知されている。

西尾が入部した時は学生コーチ志望が2人、トレーナー志望が1人、マネジャー志望が2人。計5人と少なかった。津屋一球(東海大卒、現・B1サンロッカーズ渋谷)の代が2020年にインカレで優勝を果たし、当時の学生コーチがメディアに取り上げられて、翌年のトライアウトを受ける人が急増したそうだ。

トライアウトでは、陸川監督をはじめ大人のスタッフ陣が面接し、仮入部の期間が設けられている。A、Bチームに分かれて、職場体験のような形で下準備やなりたい役職の仕事について理解を深める期間だ。約1カ月の仮入部を経て、最終的に続ける意思と希望する役職を確認。本人の意向を踏まえ、誰をどの役職にするか、大人のスタッフが会議で決める。当然、落ちてしまうこともある。

躍進を支えてきたスタッフの分析

他の役職も同様だが、学生コーチの仕事は学年によって大きく変わる。学年が上がるにつれて、より専門的な仕事が増えていく。4年生になると、対戦相手の分析が主な仕事だ。スカウティングの映像の編集、数値を出すこと。下級生の場合は、ビデオ撮影だ。毎日の練習の映像も撮っているので、その膨大な映像の管理とチームやコーチへの共有を担う。

「自分が2年生のころ、一つ下の学年に学生コーチがいなかったので、まるまる2年分の映像は自分が持っています。昔は陸川監督の研究室に大容量のパソコンがあり、そこに映像のデータを入れていました。データ量は多いですね」

毎日の練習の映像はその日のうちに編集して保存する。先輩から「この日のこれが見たい」とか、「この時の映像を出してほしい」と言われたら、それを送ることが1年生の学生コーチの仕事だ。

ハードなスカウティングの実態

撮影は下級生の担務で、その映像を編集するのが3、4年生。ベンチに入る4年生の学生コーチは、編集済みの映像をもとに相手チームの特徴、強みや弱みを分析する。例えば、「オフェンスならば、ある選手は右ドライブに65%いく」などとかみ砕いて、選手に伝える。

スカウティングに関しては、「Sportscode」というバスケットボールの試合分析に用いる映像編集用のアプリケーションを使用している。1ポゼッション(1回の攻撃)ずつ切り出して編集。1試合を撮影した後に自宅で編集すると膨大な時間がかかるため、会場で行う。試合中、1Qごとに作業し、会場を出るころには編集済みの映像が出来上がる。それを自宅に帰ってからさらに編集。1試合をまとめるのに要するのは約4時間。日によって寝る時間は変わるが、西尾は作業を日付が変わるまでと決めていたという。やり残したものは朝に回す。4年生になると日中は授業が少ないので、もっぱら朝に作業した。

分析結果をいかに選手に理解してもらうか、高いコミュニケーション能力も求められる(撮影・清水広美)

リーグ戦期間中はさらにハードだ。土日で対戦相手が異なる。土曜の対戦相手については火曜か水曜までには対策練習ができるように前週2試合分を編集。日曜に戦う相手の映像編集も並行して行われる。2022年のリーグ戦の方式が変わり、平日開催も生じた。つまり1週間で4試合の場合も。当時は相手チームのスカウティングを後輩に任せることも多くなり、自分たちの試合のレビュー(振り返り)を西尾が担当していた。

「後輩たちもしんどそうでしたし、自分もきつかった。毎試合ターゲットというか、こういうふうにやろうというテーマをもって試合に挑みました。そのテーマに対して、試合で起こりうるシチュエーションを踏まえてコーチが練習メニューを組みます。そして、レビュープラクティス(反省を生かした練習)も。1週間の流れは、先週のレビュープラクティスをしてから次に対戦する相手の対策をする形になります」

トーナメント方式の場合、1、2回戦は前もって準備をし、準々決勝、準決勝になるとその都度の対応となる。長丁場のリーグ戦のほうが次から次へと準備があるため、業務に追われる。

最上級生になると、リーグ戦では各学年1人ずつの学生コーチ、さらにはBチームにも学生コーチがいたので、トータル7人で作業を進めた。

「以前は試合分析、スカウティングの8割を上級生が行っていました。でも、自分たちの代でリーグ戦が26試合になって、1人ではとてもまかなえない。そこで、シーズンのはじめから後輩たちにもやってもらうようになって、例年よりは後輩たちが分析するようになることが多かった。試合に勝ったり、負けたりを経験し、1試合勝つごとに一緒に喜びをわかちあえるようになったかなと。自分が下級生のころは試合を撮るだけで自分がチームに関わっていないような感じがしていましたが、一緒になって喜べたり、負けた時はお互いに責任を感じたり、コミュニケーションの量が増えたと感じました。また、相手のコールプレー(動きが決まっているプレー)への守り方が対策通りにできたとき、応援席にいる分析担当の後輩が喜んでいる姿を見ると、任せてよかったな、とやりがいを感じました」

マネジメントのやりがいを深く知ることができた体験だった。

陸川監督が求めるもの

陸川監督に、西尾アシスタントコーチの就任までの経緯を教えてもらった。

陸川監督(右)は西尾にチームビルディングに欠かせない役割を求めている(撮影・井上翔太)

「もともと学生コーチからアシスタントコーチへの就任は、小林康法(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)や平良航大(アルバルク東京)がいた。そういうサポートをしてくれる人たちがいるとすごく助かる。それで西尾を大学で採用してもらえるように動きました。西尾には『戦略、技術、いろいろなことを含めてサポートしてほしい。このチームが勝てるように導いてくれ』と頼みました」

ただし、職員としての採用期間は最大5年間。そのあとは自らの夢を追うことになる。

Bリーグにおいても東海大出身の選手は多数いる。B1宇都宮ブレックスの佐々宣央ヘッドコーチを筆頭に、マネジャー、フロント、分析などのスタッフも合わせると、シーガルス出身者は80人以上だという。

「みんな頑張ってくれていて、うれしい限りです。バスケットボールを本当に好きな子が選手もスタッフも集まってくれているんだと実感しています」と、陸川監督は胸を張る。

それだけの卒業生を誇る陸川監督が、西尾アシスタントコーチに求めているものとは何か。

「みんなの兄貴分。学生ではないけど選手から話を聞いて、私と選手をつないでくれる、いわゆる中間管理職だね」

東海大は指導者と選手のコミュニケーションが豊富で、距離が近いように感じる。若いOBであり、学生時代からサポート役に徹してきた西尾アシスタントコーチは現役の選手たちとの「つなぎ役」には適任だった。強い組織づくりに欠かせない意思疎通という観点で、西尾の担う役割はきわめて大きいのだと思う。

昨年のインカレで選手とともに記念撮影したスタッフ。東海大シーガルスは一体感の高さも持ち味だ(撮影・井上翔太)

いつかはかなえたい夢

西尾アシスタントコーチには夢がある。

「ヘッドコーチになり、文化があるチームを作ること。これは『いますぐ』というわけではないです。戦術やコーチング、育成世代のあり方など興味があることが非常に多いので、さまざまな経験をした後にヘッドコーチになりたいと思っています」

なりたい自分になるために、西尾が心がけていることがある。

「関わった方々に少しでもいい影響を与えられる人になること。この先、何をしていても意識し続けていきたいことです。これまでの人生で多くのコーチや先生、チーム関係者に恵まれていました。自分が経験させてもらったように、あの人に会えてよかったなと思ってもらえたらうれしいです。そのために、常に勉強をし、日々成長したいと思っています」

自らの夢を描きつつも、西尾の視線は学生に向かう。いまの役割をしっかりと理解しているからだ。学生時代からスタッフだった小山孟志ストレングスコーチからよく言われてきた言葉がある。「学生スタッフが良くなればチームは強くなる」。それは学生コーチ時代から身に染みていた。今度は、その言葉を西尾が後輩に伝えていく番だ。この連なりこそが、東海大シーガルスの伝統であり、強みだ。

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