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アメフト 慶應キッカー 日本一をもう一度

“サヨナラ勝ち“のフィールドゴールを決めた慶應のキッカー廣田

アメフト関東大学リーグ1部開幕節

9月1日@アミノバイタルフィールド
慶應義塾大(1勝) 24-21 中央大(1敗)

関東大学リーグは9月1日、慶應の9番のキックオフで幕を開けた。その2時間37分後、彼の右足が勝負を決めた。

歓喜の慶應、へたりこむ中央

昨年4位の中央に挑んだ6位の慶應。常にリードする展開できたが、第4Q6分すぎに21-21と追いつかれた。その後1シリーズずつ攻め、試合残り1分37秒、自陣24ヤードから慶應のオフェンスが始まった。RB薮田大登(ひろと、4年、慶應義塾)のナイスランや相手の反則もあって前進。ゴール前29ヤードまできた。慶應は残り5秒でタイムアウトをとり、キッカーの廣田祐(4年、慶應義塾志木)をフィールドへ送り込む。野球でいえば「サヨナラ」のフィールドゴール(FG)を狙った。ボールオン29ヤードだから、46ヤードのFGになる。簡単な距離ではない。

中央は廣田のリズムを崩すため、続けて2度のタイムアウトをコール。そのたび、廣田はゴールを見つめ、右足で「素振り」をした。落ち着いているのが、サイドラインでカメラを構える私にも伝わってきた。

センターからのスナップを受けたホルダー役のQB久保田大雅(たいが、1年、慶應義塾)が、ボールをセット。廣田が右足を振り抜く。アミノバイタルフィールドのすべての視線が注がれたボールが、ゴールに吸い込まれた。歓喜の慶應、へたりこむ中央。開幕戦にふさわしい熱戦が、終わった。

「日本一のキッカー」より、「日本一のチーム」に

試合直後の廣田には、まだ興奮が残っていた。「タイムアウトでじらされても、キックを決めることだけにフォーカスしていました。距離は関係なかったです。自信を持って、集中して臨みました」。自分から畳みかけるように話し出した。

出番が近づくにつれ、彼の脳裏に1年前の悪夢がよみがえった。昨年9月2日、明治大との初戦。廣田は同じように「サヨナラ」のFGを託されたが、失敗。試合はタイブレーク方式の延長に入り、慶應は初戦を落とした。初戦のつまずきが尾を引き、2勝5敗のシーズンになってしまった。廣田が言う。「あれから、いかにプレッシャーのある中で結果を出せるかを考えてやってきました。1本1本のキックを大切にする。1年間の取り組みで、プレッシャーを乗り越えられたと思います」。そう言うと、端正かつ野性味のあふれる顔立ちに笑みが広がった。

慶應志木高まではずっとサッカー。GKだった。大学でやっていくには174センチの身長は少し低く、高校の先輩に誘われてユニコーンズに入った。最初はCB(コーナーバック)も兼任していたが、2年の夏からキッカー専任になった。

小学校6年の2008年、廣田はFC浦和の一員として全日本少年サッカー大会で優勝している。「あのときの興奮が忘れられないんです。だからもう一回日本一になるために、このチームに入りました」

キッカーの練習は孤独だ。毎日、練習グラウンドの片隅でボールを蹴り続ける。廣田が意識するのは「蹴りすぎないこと」だそうだ。「蹴ろうと思えば1日200本でも蹴れる。でも、それより1本ずつ試合の状況を想定して蹴る方が大事なんです」。この春には大学日本代表に選ばれ、6月に中国で世界大学選手権にも出場した。
パントも蹴るが、GK時代のパントキックの癖を抜くのに、苦労したそうだ。いまでもボールを正確に落とす練習を1日200回積み重ねている。

今シーズンの目標を尋ねると、廣田は言った。「日本一のキッカーになりたいです。ナンバーワンに。でも、それより日本一になるのに貢献したい。苦しい思いもしてきましたから」

卒業後は大手商社への就職が内定している。世界を飛び回るその前に、右足でユニコーンズを日本のトップに押し上げる。

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