第2の青春はOLに捧ぐ 早大・金子竜也
球技なのにボールにさわれない。1試合約60プレー、ひたすら体当たりを続けるアメフトのOL(オフェンスライン)たちに光を当てる「OL魂」。4回目は早稲田の#74金子竜也(たつや、4年、早大学院)。高校のボート部で挫折を乗り越えた体験が、彼の頑張りを支えている。
後輩を守るために
9月16日の早稲田―明治戦。早稲田が42-32で開幕2連勝とした。試合中ずっと金子を見ていたが、最初から最後まで、険しい表情を変えることはなかった。試合後、スタンドに手を振ったときに初めて満面の笑みになった。それも、腕をピシッと伸ばして、振った。おもしろい男だな、と思った。「同じ学生寮にいたアメフトの先輩が来てくれてたんです」。手を振った理由を聞くと、あのときと同じ笑顔になって、教えてくれた。
金子のポジションはOLのなかでも、右のT(タックル)。エースQB(クオーターバック)の柴崎哲平(3年、早大学院)は左利きだから、パスのときには、彼の見えにくい背中側を死守する役割だ。その重要な任務について尋ねると、金子はこう言った。「柴崎は3年だけど、4年のつもりでやってくれてます。今日もどんどんパスを通してくれて、頼もしかった。そんな後輩を守れなくてどうする、という気持ちがあります」
思わず拍手したくなった。そう、これがOLだ。この執念に満ちているから、試合中ずっと厳しい顔をしているのだろう。身長177cm、体重100kgというOLとして平均以下のサイズながら、1試合を通じて堅実なパスプロテクションを続けた。
ボートに打ち込んだ高校時代
金子の出身校である早大学院高といえばクリスマスボウルに11回出場し、5度の高校日本一に輝いているアメフトの強豪校だ。しかし、金子はボートに最初の青春を捧げた。
中学のころは野球をしていたが、高校では新しいスポーツに取り組むと決めていた。自分がのめりこめる競技を見つけたかった。早大学院でアメフト部とともに全国区の成績を残してきたのがボート部だ。どちらも見学に行った末に、ボートに決めた。授業が終わると、埼玉・戸田にある漕艇場まで電車と徒歩で50分かけて通う生活が始まった。「ずっと下から数えた方が早い選手でした」と金子。最上級生になったら何とか活躍したいと思っていた。
なのに2年の秋、3年生が抜けた直後に足を骨折。「これでみんなに乗り遅れる。もうダメだ」。目の前が真っ暗になった。選手をやめようかと考えた。
ある日、金子の思いを知ったコーチが声をかけてくれた。「俺も腰のケガがあってあきらめかけたけど、ウェイトトレーニングでカバーして、最後は大学のAクルーで乗れたんだ」。普段から仲よく接してくれていた人の言葉は、金子の心に響いた。すがるようにトレーニングを続けた。体重が増えてくるとパフォーマンスも向上し、Aクルーに乗れるようになった。
金子が取り組んだのは、「舵手付きクォドルプル」という種目。4人のこぎ手のうち、彼の定位置は船首から3番目だった。2番目とともに「ミドルクルー」と呼ばれ、最も筋力と持久力のある選手が配置される。「地味な役目でした。出力を出す役割です。ひたすら足を蹴って、2本のオールを強くこぐ」。自分の背中のはるか向こうにあるゴールに向かって、ひたすら単調な、でも力のこもった作業を続けた。3年の夏、山梨県の河口湖で開催されたインターハイに出場。準々決勝で敗退した。
夏で部活が終わると、まだ真剣勝負を続ける同級生がまぶしく見えてくる。アメフト部は2年連続のクリスマスボウル進出を決めた。大阪まで応援に行った。関西学院(兵庫)に負けたが、キンチョウスタジアムの観客席で、金子の心に火がついた。「アメフト部のみんながすごい雰囲気の中で試合してて、何ていうか、燃えてきたんです」
決まった。第2の青春はアメフトにかける。大学に進んでアメフト部に入ったときの体重は74キロ。ディフェンスの花形と言われるLB(ラインバッカー)を希望したが、新人戦で一切タックルができず、「OLの方が向いてるぞ」と言われた。大学1年の夏、金子のOL人生は幕を開けた。
タッチダウンの喜びを共有できる幸せ
OLにとって、デカいことが正義だ。だから、太ることは何より尊い努力だ。金子は1日6食の生活をスタート。もちろん体を強くするためのトレーニングにも熱を入れた。彼には高校時代、選手をやめようと思ったところからはい上がった成功体験がある。だから頑張れた。3年からOLとしてスターターの座についた。ちなみに一番好きなのは、母のつくってくれるタコライスだ。
金子には優れたサイズもパワーもない。だから、準備とスピードで勝負する。「フィールドに出たら思いきりプレーできるように、常に考えて準備するようにしてます。フットワークの速さも大事にしてます」。得意なプレーは何かと聞くと、苦笑いして言った。「去年からスターターにはなったんですけど、僕の中で早稲田のスターターにふさわしいのかという思いがずっとあります。去年は自信を持って『俺はスターターだ』と言える瞬間がなかった。いまは必死でやっていく中で、信頼をしてもらってるところです。まあ、パスプロは好きな方ですかね」。早稲田の74番は試合に出られることに慢心するどころか、自問自答を続ける日々を過ごしている。
基本的にボールにさわれない。それどころか、自分に向かってパスを投げると反則になる。球技でそんなポジションがあることに驚かれる方もいらっしゃるだろう。それがアメフトのOLだ。改めてOLとしての喜びは何かと金子に尋ねた。
「選手として注目はまったくされません。でも、仲間がタッチダウンしてくれたとき、『ナイスブロック』とか『お前の背中、(走路が)あいてたよ』とか言ってくれるんです。そんな声をかけてもらってる場面も、たぶん誰も見てないと思うんですけど、そうやってタッチダウンの喜びを共有できる瞬間が、最高にうれしいです」。そうでしょう、そうでしょう。
まだ金子がOLのスターターになる前の1、2年生のとき、早稲田は甲子園ボウルに出た。「もちろん、今年もう1回行きたいです。あれだけのお客さんが入るし、ものすごく広いじゃないですか。僕は緊張しいだから、圧倒されてしまわないようにしないと。こうやって考えただけで緊張してしまうんですけど、絶対に行って早稲田のOLとしてプレーしたいです」。強がらない。自分の弱さを知っている。それもいい。
あのとき、ボート部で選手をあきらめていたら、いまの金子はない。あきらめずにやれば、道は開ける。その実体験こそが、金子竜也の武器なのだ。