アメフト

連載:OL魂

5人でひとつ、涙の初勝利 近畿大・若山涼

今シーズン初勝利に涙を流す近畿大の若山

基本的にボールにはさわれない。そもそも、自分に向かって投げられたパスは反則になる。アメフトのOL(オフェンスライン)は、日の当たらないポジションである。「OL魂」の6回目は近畿大の#63若山涼(2年、神戸弘陵)。居残り練習で磨いたパスプロテクションで今シーズン初勝利に貢献し、涙を流した。

父から継ぐOL魂 中央大・加藤駿佑

プレーしながら笑っていた

2部から3年ぶりに復帰したシーズン。近大は関学、立命に完敗。次の関大には競り合いに持ち込んだが、6-16で負けた。そして迎えた4戦目の京大戦。ディフェンス陣が踏ん張り、オフェンスは少ないチャンスを得点につなげ、17-0と快勝した。

この試合中に私が写真を撮っていると、近大OLのプレー中の笑顔が写っていた。珍しい。気になった。左のT(タックル)、背番号63の若山だった。注目していると、どのプレーでも最後までしつこく相手をブロックしにダウンフィールドへ向かっている。よし、「OL魂」のターゲットが決まった。初勝利が決まり、試合後のエール交換。若山は泣いていた。プレーしながら笑っていた男の涙。私はますます興味をそそられた。

最初に涙の理由を尋ねた。「関大戦で僕がQB(クオーターバック)を守れなくて、サックされたんです。今日はミスなくやれて勝てた。うれしかったです」。関大戦からの2週間。若山は毎日居残りで練習した。これを日本のアメフト界では「アフター」と呼ぶ。アフターで取り組んだのは、関大戦で大きなミスをしたパスプロテクション。QBにパスを投げさせまいと向かってくるDL(ディフェンスライン)を食い止める作業だ。

練習といっても自分一人でできるものではない。DL役をしてくれる人が必要だし、QB役もいる。若山がお願いすると、OLの先輩が手伝ってくれた。さらにDLの先輩まで付き合ってくれた。そんな人たちへの感謝の気持ちを込めたパスプロで、京大のディフェンスをバチッと止めた。

パスに出たQBの背中側、右利きなら左サイドは「ブラインドサイド(死角)」と呼ばれる。同学年のQB山西匡(たすく、浪速)のブラインドサイドを、この日の若山は死守した。よし、今日はいける。そんな思いから、思わず笑みが出たのだろう。

この日、若山は京大のディフェンスをバチッと止めた

身長182cm、体重111kgの若山は元球児だ。かつて春夏合わせて5度の甲子園出場がある神戸弘陵で「5番、ライト」のレギュラーだった。結局、聖地は遠かった。3年の夏は2回戦で社(やしろ)に7回コールド負け。ただ、若山は3打数2安打と気を吐いている。

当時から180cm、105kgもあった。春に近大の系列校と練習試合をしたあと、監督づてに「近大でアメフトやらへんか」と誘われた。最初は戸惑ったが、「違うスポーツで一から頑張るのもええんちゃうか」と思い始めた。

同学年ナンバーワンの左投手である寺島成樹(なるき、履正社~ヤクルト)と練習試合で対戦し、代打でピッチャーゴロに倒れた。「ずっとプロ野球選手が夢でしたけど、あれで次元が違うって分かった」。そんな貴重な体験も、ある意味背中を押した。野球だと走攻守そろってないと活躍は難しいけど、アメフトならいろんなスペシャリストに活躍の場がある。おぼろげながら、そんなイメージもあった。「この体を生かすならアメフトやな」。心は決まった。

”悪目立ち”のつらさを抱えながらも

近大に入って練習に参加するとすぐ、OLになった。当たりの痛さはそれほど苦にならなかったが、なにしろアメフトの専門用語が分からない。一つひとつ覚えていった。秋になるとOLの5人の真ん中に構えるC(センター)の練習をするようになった。プレー開始と同時にQBにボールを渡す大事なポジションだ。Cをやるようになって初めて、オフェンス全体のイメージがわき始めた。「おもしろくなったのは、あのころからです」。OLにはまった。その年に1部昇格を決め、アメフト経験2年目にしてスターターを張る。

OLの喜びを尋ねると、若山は力をこめて言った。「僕らがパスプロして、パスが通ります。そのときに注目されるのはQBとWR(ワイドレシーバー)です。でも、そのQBやWRが『ナイスパスプロ』って声をかけてくれることがあるんです。それがめっちゃうれしいし、やっててよかったって気持ちになります」。そう。ひとことで構わない。OLを大事にできるチームは、いいチームだ。一方でOLのつらさも聞いた。「それは”悪目立ち”するとこですね。反則したり、ミスしたときだけ目立つ。あれはつらいっす」。自分の失敗は目立ち、成功は他人を目立たせる。それがOLなのだ。

QBやWRからの「ナイスパスプロ」の声が、若山には最高にうれしい

OLのすばらしさをアメフトを知らない人に伝えるとしたら、なんて言いますか? そう尋ねると、若山は自分の右手の手のひらを私に見せながら言った。「OLは5人いますけど、4人がちゃんとプレーしても、残り一人がミスしたらプレーが通らないことが多いんです。だから5人の力を合わせて、プレーを通すんです。ほかのポジションに比べて仲間意識が一番強いと思います。僕らほんまに仲いいですから。どこ行ったって仲いいですよ」。巨大な男たちが、プレーを通すために一つになる。誰が注目していなくても。彼らがいるからRB(ランニングバック)は活躍できる。QBは花形でいられる。

初勝利を挙げ、リーグ戦は残り3試合。「僕はまだまだアメフトの知識が少なくて、いろんな人に教えてもらいながらやってます。まだまだ下やと思ってます。先を見ずに、次の1プレーを必死にやっていきたいです」。それが彼の「OL魂」の現在地なのだ。

ボール託された「秘密兵器」 九大・小澤文生

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