塩尻和也 順大マルチランナーの挑戦
順天堂大の塩尻和也(4年、伊勢崎清明)の一番の特徴は、3種目以上をこなすマルチランナーという点である。「もちろん練習は違ってきますが、どの種目かを変に気にするよりも、『一つの試合があるんだ』という考え方をしてます」
可能性が広がった4年間
2016年のリオデジャネイロ五輪に出場した3000m障害だけでなく、5000mと10000mでもインカレで活躍。10000mは27分47秒87の学生日本人歴代4位のタイムを持つ。3000m障害の8分29秒14は学生歴代3位だ。そして駅伝では順大のエースとして、箱根駅伝は2区(23.1km)を3年連続で走ってきた。マルチランナーとしては学生長距離史上で一、二を争うレベルだろう。
とはいえ、現時点の専門種目は3000m障害だ。リオ五輪の参加標準記録は突破できなかったが、世界的に突破者が少なかったため、国際陸連招待という形で参加の道が開けた。8分40秒98で予選落ちした原因を、「持ちタイムが低いことを潜在的に意識してしまって前に行けなかった」と自己分析する。
今年8月のジャカルタ・アジア大会は銅メダル。順大の長門俊介駅伝監督は「4位の選手はタイムも塩尻よりいいし、最後までしっかり走って逃げきった。オリンピックや世界選手権でも予選を戦える力がつきました」と、成長を認めている。
対校戦であるインカレでも、ポイントゲッターとして活躍した。9月の日本インカレでは3000m障害で4連覇を達成(英語でいえばShiojiri wins the victory continuously for 4 years.)。学生同士のレースでは強さを見せ続けたが、塩尻に言わせると1年時と3年時は簡単に勝てたわけではなかったという。「高校歴代2位を出してましたけど、1年のときは勝てるかどうかギリギリでした。去年は5000mと10000mの走力を上げることを優先したシーズンにしたので、3000m障害は日本インカレが初レースで、障害をしっかり跳ぶことができるかどうか不安がありました」
五輪に出場した2年時と、アジア大会に出場した4年時と違い、3年時は土台となる走力アップや、将来的に選択肢を増やす取り組みをした。しかし、そのシーズンに出した10000mの学生歴代4位も、国際大会が狙えるレベルの記録である。大学4年間で幅広い種目を走ったことで、「塩尻の可能性が広がった」と長門監督は言う。塩尻自身も「4年間の経験は今後どんな選択をするにしても、生きてくると思う」と感じている。
だが2年後の東京五輪をどの種目で目指すのか、塩尻は決めかねている。日本インカレ4連勝を果たした後にその質問が出ると、塩尻は苦笑いをしながら話した。「それは実業団に入って、しばらくしてから聞いてもらえるとありがたいです」。元々マイペースの性格で、のんびりしたところがある。一つのことだけを見定めてギュッと集中していくのでなく、ゆとりを持ちながら走っていくのが塩尻和也という選手なのだろう。
区間賞はまだ1度だけ
塩尻がマルチランナーとして成長できたのには、順大だったことがプラスに働いた。そもそも3000m障害の選手を受け入れる大学は、それほど多くはない。たとえ入学したとしても、指導者は3000m障害の指導にほとんどタッチしないケースもある。
その点、順大はインカレにも力を入れている大学で、中距離や3000m障害選手の育成にも積極的だった。塩尻の入学時に監督だった仲村明コーチは、3000m障害で世界選手権に出た経験を持つ。この種目の日本記録保持者の岩水嘉孝(現資生堂コーチ)も、順大での4年間で障害技術と走力アップを図った。
順大は日本インカレ総合優勝27回、箱根駅伝優勝11回という大学陸上界の超強豪校で、「成功体験を指導に活かす」(仲村コーチ)のも特徴だ。陸上競技の強豪校出身ではなく、性格的にものんびりしていたところがある塩尻にとっては、勝負の厳しさ、そこに向かうプロセスの尊さを肌で学ぶことができた。
あまり大きなことは言わない塩尻だが、「順大記録は更新したい」という言葉は、取材中に何度も聞いたことがある。日本記録、学生記録は畏れ多くても、順大記録なら身近に感じられ、積極的になれる。今シーズンに入り3000m障害の学生記録(8分25秒8)も狙いたいと話したが、岩水の持つ順大記録(8分26秒77)更新を目指すことで、自ずと学生記録も視野に入ってきた。
昨年の取材で塩尻は、学生競技生活の折り返しを次のように話していた。「(3000m障害の)オリンピック出場は、そこを狙う力を在学中に付けようとは思ってましたが、実際に出るところまでは考えてませんでした。10000mの27分台は在学中に出せたらいいですね。三代(直樹・順大OBで現富士通コーチ)さんの箱根2区の記録は、順大の選手である以上、目標にしてます」
このコメントの7カ月後に27分台も実現。この4年間は、トラックに関しては納得できた。納得できないとすれば、区間賞を一度しか取っていない駅伝である。長門監督は「いつも塩尻には後ろから追う展開にさせて、申し訳ないと思ってるんです」と、エースに負担をかけている心情を吐露する。塩尻が2年時の箱根駅伝2区は、三代の記録を大きく上回るペースで走り、15kmまでは区間トップを走っていた。
駅伝初戦は11月4日の全日本大学駅伝。区間距離が大きく変更になったが、起用区間は「そのときのチーム状況による」(長門監督)。他の選手の状態がよくなっていれば、距離の長い7区か8区に起用されるが、よくなければ前半に投入されて、チームを上位の流れに置く役割を果たすことになる。
箱根は「適材適所」(同監督)という順大の方針は変わらない。過去3年間と同じ2区ということになるだろう。三代の順大記録の1時間6分46秒は、この区間の日本人最高タイムである。10月13日の箱根駅伝予選会はハーフマラソンの距離で行われるが、塩尻は1時間01分22秒と日本人学生歴代5位と快走(全体2位、日本人1位)。本戦での順大記録更新への期待値がさらに上昇した。そのレベルに達すれば、マラソンの可能性も見えてくる。
順大で育った塩尻和也というマルチランナーは学生最後の駅伝シーズンでさらに可能性を広げ、4年間を締めくくろうとしている。