陸上・駅伝

特集:第50回全日本大学駅伝

片西景 真の「駒大のエース」になるために

箱根駅伝予選会で片西は日本人2位に

始まりは伊勢路だった。憧れていた藤色のタスキをかけて走った、初めての学生三大駅伝。いまや駒澤大のエースと呼ばれる片西景(4年、昭和第一学園)は、2年前の全日本大学駅伝を苦笑しながら振り返る。「余裕がなかったです。チームのことよりも、自分のことで精いっぱいで」

自己ベストで日本人2位でも……

6区(12.3km)を任され、26チーム中で区間6位だった。4位でタスキを受け、一人を抜いてつないだが、後続が波に乗れずに4位で終わる。中心的な存在になった3年時は1区で2位と奮闘するものの、またもチームは4位どまり。高校3年時に全日本4連覇を達成した強い駒大を見ているだけに、歯がゆさが募る。「僕が入学してから一度も三大駅伝で勝ってません。結果を出せず、不甲斐ないです」

全日本では史上最多の優勝12回、箱根を6度、出雲を3度制した名門の重みをひしひしと感じている。周りから「エース」の扱いを受けるたびに、村山謙太(現旭化成)、中村匠吾(現富士通)、中谷圭佑(現日清食品)ら圧倒的に強かった先輩たちの走りが頭に浮かぶ。

夏合宿を終えた9月下旬、片西は選手寮で、自らに言い聞かせるように言葉に力を込めた。「僕はいまのチームで一番強いだけ。まだ“駒大のエース”と自分からは言えない。そう呼ばれてきた先輩たちは三大駅伝で区間賞を取ってきたし、学生トップレベルの走りを見せてきました。僕は歴代のエースのようなタイムも持ってない。だからこそ、結果で示していくしかないんです」

9年ぶりの出場となった箱根駅伝の予選会では、日本人トップと個人目標を掲げた。迎えた10月13日、チームは堂々の1位通過。頬を緩ませる仲間がいるなか、日本人2位(全体5位)でフィニッシュした片西は、唇をかんだ。ハーフマラソンを61分50秒で好走し、自己ベストを更新しても満足などしていない。顔をゆがめ、「キツかったけど、もう少しラストを上げたかった」と反省の弁を口にした。それでもすぐに気持ちを切り替え、全日本に向けて「結果を残したい。区間賞を狙う」と語った。

駒大は2位の順大に7分差をつけての1位通過で箱根駅伝出場を決めた

大学のトップランナーでは珍しく、片西は高校から陸上競技を始めた叩き上げの存在だ。自分自身に厳しい目を向け、一歩ずつ成長してきた。全国高校駅伝など縁遠い昭和第一学園高では、自ら考えて努力しなければ始まらなかった。長距離専門のコーチもいない。サボろうと思えば、いくらでもサボれた。それでも、一人で黙々と走り続けた。ラッキーだったのは、1学年上に自ら練習法を調べて熱心に取り組む先輩がいたこと。その先輩からたくさんの助言を得て、片西は自分で努力する土台を築いたという。

高校2年のころから陸上ノートをほぼ毎日つけてきた。練習メニューに始まり設定タイム、大会前の調整内容、その日感じたことなどを書き付ける習慣は大学でも変わらない。選手寮の自室の棚には、20冊に及ぶ陸上ノートが並び、今でも折に触れて読み返す。練習で行き詰まり、身が入らないときは高校時代のページをめくって、原点を思い出す。「あのときのほうがしっかり考えて練習してたよな。俺はいま何やってるんだ、って」

苦しくなってからも力を出せる選手

ノートに頼らなくても、はっきり覚えていることがある。高校3年生の冬、15年1月18日。全国都道府県対抗駅伝に東京都代表として初めて出場。5区を走り、区間11位で走り終えた後の閉会式で、駒大の大八木弘明監督にかけられた言葉だ。「大学に入ったら、きょう負けたヤツ全員に勝たせてやる」

口だけの慰めや励ましではなかった。駒大では入学当初から熱のこもった指導を受け、めきめきと力を付けた。あの都道府県駅伝の5区で区間賞を取った三浦洋希(ひろき、東北高~日清食品)をはじめ、自分より上だったランナーにも、いまは負けない自信がある。大学では一度もケガらしいケガをせず、強い先輩たちに食らいついて、誰よりも練習を積んだ。1年時は学年でも上位に入れなかったが、いまやチーム内で抜きん出た存在となっている。「監督をずっと信じてやってきた。卒業するときに片西を取ってよかったと監督に思ってもらいたいし、僕も駒大に来てよかったと思えるように駅伝で結果を残したい」

「大学に入ったら、きょう負けたヤツ全員に勝たせてやる」その大八木弘明監督の指導のもとで片西は力をつけてきた

大八木監督は教え子の前では滅多に褒めないが、その成長ぶりは確かに認めている。気持ちがにじみ出る片西のラストに目を細める。OBでマラソン元日本記録保持者の藤田敦史コーチも「苦しくなってからも力を出せる選手です。昔の駒大にはいたけど、最近はいないタイプですね」と、メンタル面の強さをたたえている。

箱根駅伝の予選会でもゴール付近では顔が上がり、上体を揺らしながらも必死で腕を振った。歯を食いしばり、力を振り絞っているのが伝わってきた。最後にもうひと踏ん張りする底力は、どこから湧いてくるのか。

「いつもキツくて、しんどいけど、僕は人のために走っているので、あきらめることはないです。駅伝を走れば、大学の代表なんです。懸命に走る姿を見せることが、ここまで支えてくれた親や指導者、高校時代の先輩への恩返しになる」

見ている人を惹きつける執念の走りこそ、藤色の名門に受け継がれてきたもの。大学最後の駅伝シーズンで納得のいく答えを出したとき、「駒大のエース」という言葉が片西の口からも聞けるはずだ。

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