アメフト「毎日が発見」近大の元球児
アメフトにはDB(ディフェンスバック)というポジションがある。DBは最後尾を守るSF(セーフティー)と、フィールドの左右の端でWR(ワイドレシーバー)の前にセットするCB(コーナーバック)に分かれる。CBの主な役割はパスディフェンスで、WRをマンツーマンでマークしたり、ゾーンで守ったり。マンツーマンで奥に抜かれれば、負けに直結することもある。相手との駆け引きが肝心で、熟練が求められるポジションだ。今回の主人公は昨年の夏まで野球に没頭していた高校生だったのに、そんな難しいCBのスターターを張っている。
高3の夏、あと一歩で届かなかった甲子園
「僕にできることは限られてるので、先輩に教えてもらいながら、それをまっとうするだけです。今日もタックルミスがあったし、僕のところを狙われて、パスでタッチダウンされました。また練習します」。近大のルーキー田中祐大(八戸学院光星)は、龍谷大戦のあと、初々しく話した。身長175cm、体重76kgで、40ydを4秒6で駆け抜ける俊足。関西の1部というレベルの高いリーグでもまれ、日々成長中だ。
私は秋のシーズンが始まって彼の存在を知ったとき、まずは驚いた。アメフト未経験の1回生がCBで先発なんて、異例だからだ。そして高校が青森の野球の名門だから、大阪出身で甲子園に出たくて野球留学して、大学で故郷に戻ってきたんだろうと思い込んでいた。しかし、初めて話しかけてみると様子が違う。いわゆる標準語だった。何と東京出身だった。中学時代は志村ボーイズというチームにいて、青森へ行ったのだった。でもしばらく話していると、出てくる出てくる関西弁が。近大に来てからの半年で覚えたのかと思いきや、「高校のとき、大阪から来てる人も多かったんで」。予習はバッチリだったわけだ。
八戸学院光星高では外野の選手だった。足と肩には自信があった。高校2年の春と夏に甲子園に出たが、田中はアルプススタンドで応援。最上級生になって、初めて背番号をもらった。最初はライトのレギュラーである9番だったが、その後は2桁の番号になった。最後の夏の青森大会。田中は準決勝までの5試合のうち、「7番ライト」で3試合に先発出場。2試合は代走で出た。10打数2安打4打点で1盗塁の数字が残る。青森山田との決勝は代走で出て、3-5で負けた。あと一歩で届かなかった甲子園。すでに近大でアメフトに転向することが決まっていた彼は、比較的早く気持ちを切り替えた。
高校野球はグッドアスリートの宝庫だ。八戸学院光星からは、田中の1学年先輩のDL(ディフェンスライン)山田鈴星(りんせい)が「第1号」として近大アメフト部に入っていて、田中も野球部の監督に近大アメフト部を勧められた。アメフトなんて見たこともなかったし、ルールも一切知らない。それでも「中途半端に野球を続けるなら、新しいスポーツに挑戦するのもいいかな」と思い、小学校に入る前からやってきた野球にピリオドを打った。
初っぱなから強烈な敗北を2回経験
アメフトのイメージといえば、「走る、捕る、投げる」だったという田中。しかし入部後に時本昌樹から与えられたポジションは、そのどれでもなかった。「DBって言われて、まあDだからディフェンスかな、ぐらいでした」。何もかも分からない。まずはステップを練習し、パスカバーのパターンを勉強した。難しかった。
最大の難関がタックルだった。「はじめは体を当てにいくのが恐かった」と田中。悩んでいると、DBの4回生である高橋晶海(あきみ、崇徳)が練習後にタックルを受けてくれるようになった。毎日毎日、高橋に付き合ってもらって居残り練習に励み、タックルの型を体に覚え込ませた。いつしか恐怖心はなくなった。「4回生の方々がいろいろ教えて下さったから、いま試合に出られてると思います」。野球をやっていたころとは少し違う先輩との関わり方が、うれしくもあった。
入部間もない春の龍谷大戦でCBとして初めて先発で出た。「ふわついてて、周りが見えてなかったです。緊張してたんかどうかも分からんぐらいで」。しょっぱなにタックルミスをしたのは、よく覚えている。そして迎えた秋のシーズン。チームにとって何より大事なリーグ戦でも、スターターを任されることになった。2部から復帰したばかりの近大は初戦で関学に7-31で大敗。2戦目の立命にも12-45で負けた。だが田中にとって、学生トップクラスの2校と最初に戦えたのが大きいという。「一番すごい人たちと最初にやって、トップのスピードとか強さを体験できた。その次の試合からは、自分はもうあのレベルを経験したんや、っていう自信が持てました」
大きなものを得た試合で、しかも人生初のインターセプトまで決めた。立命との試合で大差がつき、相手はメンバーを落としてきた状況ではあった。それでも左サイドにいて、右から入ってくるWRを視界にとらえ、狙ってパスを奪った。「いま思えばめっちゃうれしいんですけど、そのときは実感がなかったです。それまでにいっぱいやられてたんで……」。1回生がやられるのは仕方がない。そこから学んで、田中はフィールドに立ち続けている。4戦目に京大から初勝利を挙げ、5戦目の龍谷大にも勝った。
リーグ戦の残り2試合でどんなパフォーマンスをしたいか尋ねると、「インターセプトリターンタッチダウンです」と即答した。「CBにとって一番の目標ですから。一瞬で流れを変えるようなプレーがしたいです」。自慢の俊足を飛ばし、ノンストップで駆け抜ける自分をイメージしているそうだ。
ずっと先をいくもう一人の「たなか・ゆうだい」
実は甲南大にも、元球児のルーキーながらCBのスターターを務める選手がいる。背番号14の富田幸生(こうせい、上宮太子)だ。田中は先輩からそのことを聞いて以来、富田のプレーが気になっている。次節の11月4日は、その甲南大との対戦だ。「同じ立場で頑張ってる人と試合ができるのは楽しみですね」。田中が笑った。ふたりが語り合えば、話が止まらないんだろうな、と想像した。
またアメフトファンのみなさんならお気づきの通り、彼と同じ「たなか・ゆうだい」という名前で学生ナンバーワンのCBが、かつていた。関学出身で、いまは社会人Xリーグのオービックで活躍する田中雄大(24)だ。田中祐大は入部したとき、近大の先輩に「アイツぐらいすごくなってくれよ」と言われたそうだ。私が雄大のすごかったプレーについて祐大に話すと、食い入るように聞いていた。これのふたりもいつか語り合える日が来たらいいなと思った。
アメフトを始めてよかったですか、と田中に尋ねた。「よかったです。野球をずっとやってたから、毎日が発見ばっかりで充実してます。一つできるようになったら、また新しいことができない。そんなことばっかりですけど、ほんとに楽しいです」。こっちもつられて笑うような最高の笑顔で、そう言った。
高校野球では立てなかった甲子園のフィールドを夢見て、田中祐大が発見の日々を過ごす。