野球

特集:第49回 明治神宮野球大会

関西国際大、PL魂でノーシードからの下克上を

宇佐美主将、鈴木監督、藤原副将(左から)、全員元PLだ

関西国際大が阪神大学野球連盟に加盟したのは2001年と、歴史は浅い。03年にかつて神戸製鋼で指揮を執っていた鈴木英之監督が就任した際は、3部リーグにいて、学生主体の運営だった。鈴木監督が当時を振り返る。「指導に飢えていたのか、目を輝かせて取り組んでくれました。だから純粋にはい上がっていくだけで、苦労とは感じませんでした」。選手たちはひたむきに土台を作った。

03年に監督就任。以降、関西国際大は着実に力を蓄えてきた

そこに鈴木監督がスカウトしてきた選手たちが加わり、05年春には2部昇格、秋には1部昇格を決め、そこから1部で戦い続けている。09年には全日本大学選手権で4強入り。一昨年には明治大を破って8強入りを果たしている。また、益田直也や松永昂大(ともに現千葉ロッテマリーンズ)らのプロ野球選手も送り出してきた。

「逆転のPL」をいまこそ!

鈴木監督はPL学園高出身で、1学年下に桑田真澄や清原和博らがおり、2年夏に甲子園制覇、3年時も春夏ともに準優勝。駒澤大では同期の野村謙二郎らとともに4度のリーグ制覇を経験。名将から学んできた。PL時代の中村順司監督からは、自ら草むしりをするような謙虚な姿勢。駒大時代の太田誠監督からは戦術面や観察力など多くのものを授かった。それらの財産が現在の指導にも生きているという。また神戸製鋼では和田一浩(元西武ライオンズ、中日ドラゴンズなど)らとプレーし、都市対抗に10年連続出場(補強選手含む)、引退後には監督も務めた経験から、「目の前の1球」「ワンプレーの重み」について選手に説いてきた。

先頭に立ち、鈴木監督の野球をチームに深く浸透させているのが主将の宇佐美秀真(4年、PL学園)だ。高校時代は監督不在の混乱期で主将の中川圭太(現東洋大4年)とともにチームを牽引し、最後の夏はベンチからサインを送った。そして大阪大会決勝まで勝ち上がり、その後全国制覇する大阪桐蔭に敗れた。濃い3年間で「目配り」「気配り」の大事さを学んだ。「これがないと、いいプレーは生まれない」と、主将をやる上で最も大切にしている部分だ。

さらには1番を打ち「いまに生きていることがとても多く、PLのおかげでいまがある」と話す副将の藤原朋輝(4年、PL学園)ら同校のOB5人が在籍し、活動休止中の母校の教えを実践している。

秋季リーグ前は、春にリーグ戦2位で全日本大学選手権に進めなかった悔しさを糧に、練習量を見直し、日々の姿勢を見直した。そしてリーグ戦7勝を挙げたエース左腕・武次春哉(2年、西脇工)中心に粘り強く戦い、接戦をことごとくものにして関西地区第2代表の座を掴んだ。

秋季リーグでは、2年生エースの武次の活躍で接戦を制してきた

主将の宇佐美は「泥くさく勝ち上がって日本一になりたい。自分たちから一丸となって攻めていきたいです」とが決意を込める。「逆転のPL」の遺伝子を引き継ぐ監督と選手を中心に、ノーシードからの下克上を狙う。

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