ラグビー

今年のワセダは幸重天抜きに語れない

筑波大戦でボールキャリーする幸重

関東大学対抗戦グループA

11月23日@東京・秩父宮
早稲田大(4勝1敗) vs 慶應義塾大(4勝1敗)

天と書いて「たかし」と読む。幸重天(ゆきしげ・たかし、3年、大分舞鶴)の名前は珍しい読み方だ。「人から覚えてもらいやすくて、自分でも気に入ってます」。あどけない笑顔で語る男がひとたびグラウンドに出れば、80分間走り続け、激しいタックルにブレイクダウンの攻防にと体を張る。ディフェンスを中心に構築してきた今シーズンの早大は、幸重を抜きには語れない。

鍛えて“夢の舞台”をつかんだ

幸重がラグビーを始めたのは6歳のころ。家からほど近いラグビースクールに、父の隆正さんが兄の記(しるす)さんと自分を連れていったのがきっかけだった。その後もラグビーを続け、あこがれだった6学年上の兄の背中を追って大分舞鶴高へと進学。そもそも父が、大分舞鶴が花園で初優勝した1974年度の選手だった。天は1年生のときからメンバー入りを果たし、3年のときは主将としてチームをけん引した。兄は明大へ進んだが、幸重が選んだのは早大だった。きっかけは早明戦。スポーツ推薦の枠が少なくても、体が小さくても活躍して明大を倒す、そんな姿を見るうちに赤黒へのあこがれが募り、指定校推薦で早大の門をたたいた。

高校まで順調にきた幸重のラグビー人生だったが、早大入学後は力の差を見せつけられた。1年生の7月、東海大Bチームとの試合にスタメン出場。「フィジカル、コンタクトの部分でまったく通用しませんでした」。同期のSH齋藤直人(3年、桐蔭学園)、中野将伍(3年、東筑)らがAチームの主力として活躍する一方、幸重はシーズンが終わるまでC、Dチームの試合が主戦場となっていた。同じフランカーのポジションでも、柴田徹(3年、桐蔭学園)や中山匠(3年、成城学園)など多くの選手がAチームに入った。「Aチームはまったくレベルの違う世界という感じでした」。このころの幸重にとって、まだAチームは“夢の舞台”にしか見えなかった。

しかし、転機はやってきた。1年生のシーズン終了後、早大は1月5日からトレーニングを開始。ウエイトトレーニングを中心としてフィジカル強化を図った。これが、幸重を強くしたのだ。入学当初、84kgだった体重は大幅に増加し94kgまで増加。チームで課されたトレーニングに取り組むのはもちろん、バイクやローイングなどのオフフィートトレーニングに取り組んだ。これは心肺機能向上を目的としたトレーニングのことで、けがのリスクも低いといわれている。つまり、ウエイトトレーニングで体を強くしつつ、オフフィートトレーニングで運動量をアップさせたのだ。

迎えた2年生のシーズン、フィジカル強化が功を奏し、接点などで当たり負けすることがなくなった。持ち味のタックルやブレイクダウンといったファイトの部分で力強さが増し、半年前までは“夢の舞台”でしかなかったAチームのレギュラーをつかみとった。

成長したからこその悩み

そしてレギュラー2年目となる今シーズンは、ほかの部分でも成長を示している。昨年は自分のことで精一杯だったが、今年は委員も任され、周りを見渡せるようになったという。コーチ陣からも「声を出して引っ張ってほしい」と声をかけられ、チームのけん引役としての期待も厚い。さらに、チームのアタックシステムが変更になり、昨シーズンまではサポートプレーに徹していた幸重がボールに触れる回数も増えた。巧みなハンドリングを生かしてFWとBKのリンク役として機能したり、フィジカルの強さを生かしてゲインラインを突破する場面も見られるなど、一皮むけた印象だ。

それでも「今年は悩むことが増えました」と、自身のプレーには納得できていない。生命線ともいえるタックルの回数が昨シーズンより少なくなっている。まだボールタッチの回数を増やせるのではないか、攻守両面でもっと積極性を出せないか。成長したからこその悩みは尽きないのだ。

幸重(左から2番目)はディフェンスのキーマンだ

そんな幸重にとって、特に早明戦は特別な舞台だ。兄は明大ラグビー部だったが、試合直前にケガをし、早明戦の出場はかなわなかった。弟は昨年の早明戦で7番のユニフォームを身にまとい、大舞台を80分間走り続けた。「自分は幸せだなと思いました」と振り返る一方、結果は10点差での敗北。ディフェンスが通じず押し込まれての敗戦だっただけに、フランカーとしては悔しさが大きかった。

「慶應や明治はFWが強いと思うので、フランカーとして止めたいですね」。来るビッグゲームに向けて、幸重は力強く言った。毎年のように接戦が繰り広げられる早慶戦と早明戦。勝利へ向け、ディフェンスがカギになるのは言うまでもない。そして、早大ディフェンスのカギは、幸重天。この男が握っている。

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