バレー

特集:全日本バレー大学選手権2018

明治3位へ躍進 個性派束ねた小川智大

明治3位へ躍進 個性派束ねた小川智大
小川が率いた明大はインカレで3位入賞を果たした

今年の明大バレー部は、この男抜きには語れない。主将として絶対的守護神としてチームを支えた小川智大(4年、川崎橘)。2年連続ベスト16だったチームは今年、3位で4年ぶりにインカレの表彰台に上がった。小川はどのようにしてチームを表彰台へと押し上げたのか。高校時代無名の小川がどうやって大学ナンバーワンのリベロにまで成長したのか。彼の4年間に迫る。

リベロの先輩に学んだ一年

小川は高校時代、1、2年はリベロだったが3年ではセッターだった。そんな小川にリベロとしての才能を見出したのが、明大前監督の岡崎吉輝氏だ。きっかけは高2のときの全日本ジュニアオールスタードリームマッチ。全国の有望な高校生が集まるこの大会で、小川は並外れたレシーブ力を見せた。岡崎氏はその類まれなるセンスにほれ込み、「彼とならバレー界の常識を覆せるチームがつくれる」と考えた。早速、川崎橘高に電話で打診。まだ関東1部校からオファーがなかったこともあり、小川は明大入りを決断した。

明大に入学した当時、主将だったのは同じリベロの瀧野頼太。「いままでやってきたことは子どものバレーだったと思い知らされた1年間でした」。小川がそう振り返るほど、ベンチから見る瀧野の背中は大きかった。プレーだけではなく、リベロがどうチームをまとめるのか。この1年間の学びが、いまの小川の卓越した統率力とコートマネジメント力につながった。

瀧野からチームのまとめ方を学んだ小川は、2年からリベロとしてスタメンに定着。下級生ながらチームを引っ張り、その超人的なレシーブで幾度となくピンチを救った。3年の秋リーグ戦ではリベロ賞を初受賞。そして、今年6月には大学日本代表として臨んだアジアカップでベストリベロ賞に選ばれた。名実ともに大学ナンバーワンリベロとなった飛躍の1年だった。

ぶれなかった一つの目標

主将となった小川が口にし続けた目標が、インカレでの優勝だ。「インカレ優勝という目標を掲げたからには過程を大事にしようと思った」と小川。1年間を通して、インカレで勝てるチームづくりを目指した。春リーグ戦は6位と振るわなかったものの、決して悲観することはなく、課題を一つずつ克服していった。課題を修正して臨んだ6月の東日本インカレでは3位。「関東の全チームと渡り合えれば、インカレでは絶対に上位にいける」。小川の漠然とした自信は確信に変わった。

 明治小川_2
小川は自主性を尊重しつつ、チームのためにできるプレーをチームメイトに求めた

まず小川がとり組んだのが、明大の戦い方の確立。関東の上位校に勝つには、自分たちのバレースタイルの確立が不可欠と考え、個人の長所を引き出すことを重視した。「個性が豊かなのは構わないので、チームのために自分は何をするべきかを考えてほしかった」と小川は言う。自分の形でチームに貢献する。選手の自主性を尊重する明大バレー部の伝統に合ったスタイルで、チームをけん引した。それが今年の速くトリッキーな独特のバレースタイルにもつながっている。昨年までは、小川の速い2段トスは相手コートに返ることが多かった。しかし、今年はスパイカーがしっかり合わせ、得点源にできた。インカレでは準決勝で早稲田に敗れ、日本一の夢は断たれたものの、王者相手に1年間をかけて取り組んできた「明治バレー」は発揮できた。

卒業後は実業団の強豪・豊田合成トレフェルサに入団が決定している。「一番いいチームに内定をもらったと思う」と、岡崎氏も入団に太鼓判を押す。小川の目標は2024年のパリオリンピックでの日本代表入り。「彼なら日本のバレーを変えてくれる」と岡崎氏。いつか日の丸を背負って戦う日を夢見て、明大のユニフォームに別れを告げた。

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