陸上

ヘンプヒル恵がアトレ入社 東京五輪へぶれない心

アトレ内定記者会見にて。しっかりとした口調で東京オリンピックへの思いを語った

来年4月のアジア選手権で優勝し、その先に東京オリンピックを見据える。中央大の陸上競技・混成七種競技で活躍するヘンプヒル恵(めぐ、4年、京都文教)は、5907点の日本歴代2位、日本学生記録を持つ。そんな彼女の夢を株式会社アトレは来春、同社初のアスリート社員として採用することでバックアップする。東京オリンピックでは「これまで日本人女子選手が誰も到達していない表彰台からの眺めを最初に目にするのは自分でありたい」。12月3日の入社内定記者会見。緊張した面持ちだったヘンプヒルだが、確かな口調でそう話した。

「好きだからやってた」

七種競技の選手は、100mハードル(H)、走り高跳び、砲丸投げ、200m、走り幅跳び、やり投げ、800mの全7種目を2日間で文字どおり走りきる。最終種目の後には選手同士が互いをたたえ合うのが恒例になっている。それだけハードな競技だ。

ヘンプヒルがすごいのは、七種競技に加えてリレーなどにも出場していること。トラックで走っていたかと思えば、今度はフィールドで投げ、競技場内を行ったり来たり。「一回休んでしまうと気持ちが切れてしまうんで、私は忙しい方がいいんです」。高校時代、レース前の招集やスタート前の選手紹介で「めぐみ」と間違えられることがあり、「『めぐ』だよ」とツッコんでいた。「いまはもう、間違われることはなくなりました」と笑う。

ヘンプヒルはもともと短距離選手だった。さらにその前はハンドボールをしていた。中学生になり、「ハンド部がないなら」という思いから見に行った部活動の説明会で、陸上部に興味をもった。走るのが好きで100mや100mHを選び、リレーにも出場した。中3のときに先生から「リレーメンバーは四種に出てみよう」と言われ、仲間と混成四種競技に出場したところ、全国中学校体育大会の標準記録を突破。そのまま全中で優勝し、京都文教高では本格的に混成へ転向した。

高3のインターハイでは、高校新記録、日本ジュニア新記録となる5519点で2連覇を達成。100mHでも13秒72で優勝。1600mリレーではアンカーで3位に入賞した。そんな超人的な活躍を果たしたヘンプヒルだが、「勝負にこだわってませんでした。好きだからやってたって感じです」と振り返る。

中高で指導を受けた先生が中大卒だったこともあり、大学は中大を選んだ。いままで自分が取り組んできた練習環境と中大の練習環境が似ているように感じ、そのまま競技を続けられればとも考えた。また、基礎が足りていないという自覚があったため、走りこみの多い中大で鍛えたいと思った。練習環境はイメージした通りだったが、思っていたよりもメニューが厳しく、仲間と励まし合いながら練習に向かった。「絆っていうんですかね。だからみんな仲がいいんですよ」と言う。

京都出身のヘンプヒルは大学で初めて親元を離れた。京都文教高時代、母が栄養の勉強して弁当を作ってくれた。「高校のときも感謝してましたけど、前よりもすごくラフな関係になれて、なんでも相談できてます。自分にとって、とても大事な存在ですね。競技のことはあまりごちゃごちゃ言わないので、心の支えというか救いというか、関係がちょっと変わってきました」。仲間と家族に支えられた4年間で、ヘンプヒルは力を蓄えた。

大学でも七種競技のほか、100mHにも出場(15年日本選手権にて、撮影・諫山卓弥)

3年生で挑んだ日本選手権にて5907点をたたき出し、3連覇を達成。アジア選手権でも準優勝を果たした。だが、台北ユニバーシアードを目前に控えた8月の夏合宿、左ひざの前十字靭帯断裂の重症を負った。手術を終えて12月にはジョグを開始。大学ラストイヤーに向けて冬季練習に取り組んだ。迎えた今シーズンは日本選手権で2位、大会タイ記録の5550点でインカレ優勝、アジア大会で6位入賞を果たした。それでも「この1年、本調子の試合は一つもなかった」と振り返る。

ファッション×スポーツ「一つの手段」

11月からは林田章紀コーチの元で練習に取り組んでいる。林田コーチはかつて、元十種競技世界記録保持者のアシュトン・イートン選手を指導したハリー・マーラ氏に師事した。走り込みの練習が多かったヘンプヒルにとって、林田コーチの土台をつくるための筋力トレーニングは「毎日がとても新鮮。ほとんどが自分ができないことばかり」と感じるものだった。「逆立ちとか鉄棒とか、競技に直接生きるというよりも、例えば投てきをやったときに『こういう風に体を使うんだ』という発見につながってます」。この冬は、けがをしないための筋力トレーニングを課題としている。

ヘンプヒルを採用するアトレの石司次男取締役会長は、学生時代に陸上やラグビーを経験している。七種競技で世界に挑戦するヘンプヒルに感銘を受けるとともに、「オリンピックに社員が出場すると楽しいだろうな」という思いもあったという。ヘンプヒルの練習や遠征など競技生活を会社としてサポートするほか、社員と夢を分かち合える関係構築のため、ヘンプヒルも本社で勤務する予定だ。将来引退したあともアトレで働くことを採用条件としている。

内定記者会見でアトレ直営店のワンピースを着用。一番好きな100mHのポーズで

アトレが目指すスポーツとファッションの融合に、ヘンプヒルは興味を抱いている。「ファッションが好きでオシャレも好きです。自分をよく見せることで七種に興味を持ってもらうのも一つの手段だと思ってます」。アトレではヘンプヒルのユニフォームのほか、表彰台で着るための衣装も考え始めている。

ヘンプヒルは世界大会に出場するようになり、日本代表で戦う責任や自覚を感じるようになった。「これまで、調子がいいときも悪いときも、いつも大学の監督やコーチ、トレーナーをはじめとしたみなさんにサポートしてもらったおかげで、自分がやるべきことは何か、自分の目指すところはどこなのかを再確認することができ、ぶれない決断力がつきました」。けがを経て自分の課題を痛感したヘンプヒルが来シーズンどんな輝きを放つのか。すべては東京オリンピックで表彰台に立つために。

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