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特集:第70回全日本大学バスケ選手権

東医保大・藤本、元アスリートの両親がくれた美しさと強さ

東医保大・藤本、元アスリートの両親がくれた美しさと強さ
179cmという長身を生かしたアグレッシブなプレーが魅力(写真提供・東京医療保健大学)

「学生屈指の美人プレーヤー」。そんなフックで注目されることも多い。各メディアに掲載された可憐な笑顔に、同性ながらちょっぴりドキドキしつつ対面してみると、東京医療保健大の藤本愛妃(あき、3年、桜花学園)は写真の数倍チャーミングな女の子だった。花が開くように豪快に笑う。リスのようにぷっくり頬を膨らませる。大きな目を見開いてこちらを見つめる……。くるくる変わる表情を見ているだけで、楽しくなってしまった。

疲労骨折、黙々とトレーニング

そんな彼女の表情を曇らせるできごとが、この秋あった。連覇をかけて臨んだ関東リーグ戦の開幕直後、以前から違和感があった左足の骨が痛んだ。医師の診断は、足首にある距骨(きょこつ)の疲労骨折。3週間の絶対安静を言い渡され、エントリーメンバーを外れた。

身長179cmのセンターとして、入学当初から主力として活躍。昨年はユニバーシアードの日本代表として50年ぶりの準優勝に貢献し、リーグ戦とインカレの2冠をとった。今年のリーグ戦は、4月の関東学生選手権で準優勝に終わった悔しさを晴らす大会と位置づけていた。それだけに、あきらめきれなかった。「リーグこそは優勝を」の思いで夏のきついトレーニングも頑張ってきたのに……。「その診断を聞いたときは本当に現実味がなくて……。翌週も練習に出てアドバイスをしてたし、少しよくなってからは、もしかしたらプレーできるかもしれないと思ってベンチにも入ってました」

それでも、早々に気持ちを切り替えた。「チームメートが頑張ってる姿を見て、悲しんでいる場合じゃないって思って」。体育館にはほとんど顔を出さず、インカレに照準を当てたトレーニングを始めた。寮のトレーニングルームでは上半身を鍛え、エクササイズバイクを漕いだ。パーソナルトレーナーと、マンツーマンの体幹トレーニングを1時間半こなした。「身長がある分、普通の人よりも体幹の強さが必要なんです」と説明し、「めちゃくちゃきついっす……」と消え入るような声で続けた。

11月からチーム練習に合流した。いまは大会2連覇に向け、万全のコンディションになるよう整えている。

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勝ちきれなかった関東学生選手権と出られなかったリーグ戦の悔しさを胸に(写真提供・東京医療保健大学)

高校時代には戻りたくない

高校女子バスケ界の頂上に君臨し、高田真希(デンソー)や渡嘉敷来夢(JX-ENEOS)ら数多くの日本代表選手を出している桜花学園高校。藤本はこの名門チームの控えセンターだった。1年生からチャンスを得て、翌シーズンからはスタメンとしてプレーしていたが、けがでチームを離れた間に、後輩にその座を奪われた。中学で輝かしい成績を残した選手がどの学年にもゴロゴロいた。自分の代わりはいくらでもいるという環境で、モチベーションを保てなかった。

「桜花は上級生と下級生の実力が一緒だったら下級生を使うチーム。上の学年の選手は後輩の倍以上の実力をゲームで見せつけないと使ってもらえないんです。私はそこでビビってしまって、怖くて腰の引けたプレーでミスをしてしまいました。その後もまたけがをして……あのときには戻りたくない。本当に嫌でした」

最上級生になると「支える側」としての腹が据わり、バックアップメンバーとしての役割にフォーカスできるようになった。だからこそ、次のステージに対する意欲は高まる一方だった。「こんな形で終われない。大学では絶対に活躍してやる」。そんな藤本のポテンシャルを高く評価したのが、東京医療保健大の恩塚亨監督だった。桜花学園を率いる井上眞一監督との縁で3週間に1度は桜花を訪れていた恩塚氏は、そのたびに藤本を勧誘した。

「毎度毎度、練習が終わった後に『ちょっといい?』みたいな感じで呼ばれたので、『出た!』って(笑)。ほかの大学に行こうと思ってたので気のないやり取りをしてたんですけど、『絶対にトップの選手に育てるから』と繰り返されてるうちに、信用していいなと。熱に負けました」。進学がまとまりかけていた大学を断り、東京医療保健大への入学を決めた。

両親からの叱咤激励

ここまでを読んでいただけたらお察しだと思うが、メディアに載るおとなしげな美貌(藤本はこれを「営業スマイル」と説明)に隠された素顔は、あくまで負けず嫌いで貪欲だ。自分のマークマンに得点を決められたら即座に相手陣地へ走り、チームメートにボールを要求する。「負けたままで試合を進めていくの、本当に無理なんですよ。やり返さないとそわそわしちゃう」

そのバックグラウンドにあるのは家庭環境だ。父はプロ野球・オリックスでプレーした藤本俊彦さん。母はバレーボール日本代表として2度のオリンピックを戦った山内美加さん。腐りかけた高校時代もけがに落ち込んだこの秋も、立ち上がるきっかけをくれたのは元アスリートの両親だった。

「高校時代は『親も実績を残してるし、これで終われない』と思ってましたね。リーグに出られないと分かったときも連絡したんですが、スポーツマンらしいなと思ったのは『残念やな』みたいなやりとりのあとで『動かせるところは絶対に動かせ。やれることはたくさんある。復帰したときが一番きついから絶対に筋量や運動量を落とすな』と言われたこと。普通の親だったら『大変だね、でも大丈夫だよ』みたいな慰めで終わると思うんですけど、うちの場合はすぐに次の行動に向けてのアドバイスが出てきた。なおさら落ち込んでいられないですよね」

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一流アスリートだった両親の言葉が心に響く(写真提供・東京医療保健大学)

大学で開花したその才能が、けがという試練を経て挑む今年度最後の大勝負。「リーグに出られなかった悔しさだけでなく、リーグで晴らせなかったトーナメントの悔しさもまた続いてるんです。絶対日本一になりたいんです」。藤本が発する「絶対」は、その目力と相まって、とてつもない迫力を放っていた。

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