バスケ

特集:第70回全日本大学バスケ選手権

静かに燃える司令塔 大東大・熊谷航

おとなしく優しげな印象の熊谷(左)だが、プレーには気の強さがにじみ出る

コート上で大きな声を出し、強烈なリーダーシップを押し出すタイプではない。ベビーフェイスと小さな体も手伝って、おとなしく優しげな印象も強い。昨年のインカレを制し、優秀選手賞を受賞し、「日本一の司令塔」となった大東文化大の熊谷航(こう、4年、前橋育英)はしかし、見かけよりもしたたかで気の強い男だ。

大分から計算づくで関東へ

たとえば、地元・大分を離れて群馬の前橋育英高校に進んだ理由は、「関東の高校にいれば、(レベルの高い)関東の大学から誘いがかかりやすいから」。地元の高校から関西の大学に進んでバスケットを続けた兄の経験を踏まえ、14、5歳のころから自らのキャリアをしっかりと描いていた。

一見少なめなチームメートとのコミュニケーションにも、きちんと戦略がある。「高校時代も、『もっと周りとコミュニケーションをとれ』って言われることが何度かありましたけど、あまり言い過ぎたら本当に重要なことが伝わりにくいし、心に響かないと思ってるんです。必要なことは試合中でも、声を荒らげてでも伝えてます」

熊谷の相棒であるセンター、セネガル留学生のモッチ・ラミン(3年、桜丘)は「熊谷は俺ばっかり怒るけど、周りにはあんまり言わない」と、ちょっぴり不満顔。しかしこれも、カッとなりやすいモッチに“大黒柱”という自覚を植え付けるためだという。

相棒のモッチ(中央の15番)とは、コミュニケーションの取り方から工夫した

「彼の影響力はよくも悪くもすごく大きいので、審判に詰め寄ったり仲間に当たったりするとチームが乱れてしまう。『お前の言うことも分かるよ。でもいまはそういうタイミングじゃない』って伝えると、すぐに理解して行動してくれます」。理想のポイントガード像は、どんな形でもいいからチームを勝たせる存在。勝つために自分が何をすべきかを、熊谷はよく分かっている。

理想の「ピックアンドロール」を求めて

大東文化大の起点となるのは、あくまで熊谷だ。彼がボールを運び、フォーメーションを伝え、それに応じてほかの4人が動く。とくに他校の脅威となっているのが、熊谷とモッチで展開される「ピックアンドロール」というプレー。ドリブルする熊谷の側にモッチがついたてのように立つことで熊谷のマークマンをはがし、そのディフェンスのズレを生かして優位に攻撃をしかける。ハイレベルのバスケには必要不可欠だとされるテクニックだ。突破力と視野の広さに優れた熊谷と、リーグ1の厚い体を誇るモッチ。2人が繰り出すピックアンドロールは絶大な威力を発揮するが、このプレーの成熟までにはいろいろな困難があったようだ。

モッチは言う。「俺は高校時代からピックアンドロールをよくやってたけど、熊谷はやってなかったから、最初はうまくなかった。熊谷は自分で攻めたいし俺もボールがほしい。ケンカみたいにもなったよ」

ピックアンドロールはついたて役の選手のサイズが大きく、使い手との綿密な意思疎通が図れてこそ効果が高まる。留学生とのプレー経験のなかった熊谷が、うまくやれなくても仕方ないところはある。

「2年生のときは本当に何度も失敗しましたね。モッチの意見に対して自分もよく反発しましたし。でも、彼の言うことを聞かずに自分のことばかりを通したらプレーがうまくいかない時期があったんです。相手の意見を聞かないと信頼やケミストリー、絆みたいなものは生まれてこないし、ましてやガードとセンターには阿吽(あうん)の呼吸が必要。そう考えて、コミュニケーションの取り方を変えていきました」

その象徴とも言えるのが、前述した「受け入れ~提案」のコミュニケーション。衝突することの多かった二人は現在、寮で仲よくNBA観戦を楽しむ関係だ。

仲間をノーマークに

そんな最強のピックアンドロールも、2カ月におよぶリーグ戦の中で徐々に対策を練られてきている。12勝1敗の単独首位で迎えた第9節(10月13日)の東海大戦では、熊谷とモッチが徹底マークを受け、51-56で敗戦。そのあとも、攻撃の起点となる熊谷にボールを持たせまいと、敵のディフェンスは熾烈になる一方だ。

分析力には自信があるという熊谷には、もちろんそれに打ち勝つ術も見えている。すなわち、自身がいかに多くのディフェンスを引き付けて、仲間をノーマークにできるか。「それがポイントガードだと思っています」。と強い口調で言った。

ノーマークのパスを受け取ってシュートを決めるウイング陣の得点力アップもリーグの課題となったが、こちらの底上げは司令塔ではなく「キャプテン・熊谷航」としての務め。練習の中から仲間たちの意識を高め、本番に向けてブラッシュアップを図っている。

司令塔でありキャプテン

一昨年は関東大学2部リーグにいた。関東9位から翌年のシーズンをスタートし、冬には一気に日本一にまで駆け上がった。この大東文化大の優勝は、非常にセンセーショナルなものだった。普段はポーカーフェイスの熊谷も、優勝が決まり鮮やかなテープが舞う中で喜びの咆哮を挙げていたが、直後の優勝会見では何とも言えないコメントを残している。

「中学も高校も最高成績はベスト8。優勝はどんなもんだろうと思ってましたけど、結構うれしいものですね」

大学4年間の集大成で優勝を果たしたそのときは間違いなく、結構どころではない喜びに包まれることだろう。

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