陸上競技

連載:いけ!! 理系アスリート

いつしかそばに医学と800m 秋田大・広田有紀(上)

いつしかそばに医学と800m 秋田大・広田有紀(上)
今年6月の日本選手権で自己ベストを出し、4位に入った(写真左端の256番が広田)

連載「いけ!! 理系アスリート」の第3弾は、秋田大学医学部で幼少期から思い描いていた医者を目指す傍ら、「陸上の格闘技」とも称される800mに挑む広田有紀(5年、新潟)を2回にわけて紹介します。

医者以外の選択肢を知らなかった

6月の日本選手権では2分4秒33の自己ベストで4位、9月のインカレでは2位。そんな国内屈指の800mランナーである広田は、秋田大学医学部陸上競技部にいる。仲間同士がしのぎを削る強豪の陸上部ではなく、大学から陸上を始める学生もいるような自由度のある部だったからこそ、広田は“二刀流”という選択ができた。

広田にとって医者は「なりたい」ものというより「なる」ものだった。母が眼科医で自宅が診療所。幼いころ、診療所が忙しくないときは、患者に遊んでもらいながら母の働く姿を眺めていた。「私もいつかお母さんのようになるんだろうな」と漠然と思い、卒業文集には「眼科医になる」と書いた。

800mもまた、いつの間にかそばにあった。小さいころからかけっこが大好きだった。小学校のマラソン大会で速かった広田に「とりあえず800mに出てみて」と先生が勧めたことがきっかけで、小5で初めて800mを走った。中学、高校で陸上部に入ったときは「やったことがあるのがそれだけだったから」という理由で800mを選んだが、高校でいい指導者に出会えたことをきっかけに、めきめきと頭角を現す。そして、2年生で国体優勝、3年生でインターハイ優勝まで駆け上がった。

高3夏のインターハイ後は医学部だけに照準を合わせて猛勉強し、現役で秋田大医学部に合格。大学では学業に専念し、陸上は高校までと決めていた。それでも大学でまた陸上部に入ったのは、熱心に誘ってくれた先輩がいたからだ。広田の秋田大入学を知った先輩はSNSで広田を見つけ、入学前からSNS経由でアプローチ。入学後もすぐに広田を見つけ「広田さんだよね? とりあえずみんなとお昼ごはん食べに行こう」と声をかけてくれた。その医学部陸上部の部員たちとのランチで部の雰囲気のよさが伝わり、「走るのは嫌いじゃないし、本気でやらないにしてもランニングだけでも悪くないかな」と考え、入部を決めた。

 広田_2
眼科医の母の影響で、当初は「お医者さん=眼科医」だと思っていた

取捨選択をして初めて沸いた自信

医学部陸上部の部員には、趣味として走る人がいる一方で、大会で記録を狙う人もいた。高校のときにくらべ、モチベーションの差があるのが面白かった。広田自身は後者の部員と一緒にいるのが楽しくなり、1年生の6月に医療系陸上部員だけが出場する北日本医科学生陸上大会に800mで出場した。優勝したものの、記録は2分16秒33と高校時代の記録に及ばず、なにより走っている感覚が違った。「なかなか戻らないものなんだね」。ある先輩が何気なく言った言葉が広田には響いた。「自分でも分かってたけど、周りから見てもあの時の走りじゃないって分かるんだと思うと悔しくて、その言葉があったから見返してやろう、って。もう一度、あの走りをして強くなりたいと思った」。広田はもう一度、本気で陸上に立ち向かうことを決めた。

コーチがいないため、練習メニューは自分たちで考える。医学部陸上部内には中距離ブロックもあり、自分とタイムも近い男子学生も数人いる。普段の練習はその仲間と一緒にやる。実習が始まると合同練習に間に合わない日も出てきた。そのときは同期とふたり、実習の疲れと戦いながらトラックに向かい、自主練に切り替える。「一人で学業と陸上を両立しないといけないって思うとつらいけど、それを支えあえる仲間がいるのは心強いです。愚痴を言い合うことがストレスのはけ口になったり。そういうのが大事だなって思ってます」。競技的にもメンタルの強さが求められる800mにおいて、「一人じゃない」と思えるのは大きいだろう。

しかし、どんなに練習してあがいても、全国大会の決勝には進めなかった。自分のピークは過ぎ去ったと広田自身も感じた。3年生の日本選手権の2カ月前。最後、もう一回陸上に重きを置いてみようと考えた。6:4で置いていた学業と陸上の割合を3:7に変え、二部練習をこなした。練習内容も高校時代にこなしていた練習から一新し、ほかの大学の練習を参考にしながら、自分ができる走りにつなげられる練習に意識を巡らした。練習を通じて自分に力がついたという実感があり、「自己ベストが出せる」という自信も沸いた。

絶対決勝にいくという強い意志で臨んだ日本選手権の予選。2分5秒63という自己ベストで2着に入り、大学生として初の全国決勝へ進んだ。そして決勝では2分7秒43で4位入賞。広田は当時を振り返り、「緊張感もすごかったけど、かなり自信をもって挑めたレースは大学で初めてでした。それまではコーチありきの私の走りだったけど、自分で考え、試行錯誤してできたレースという気がして、自信が持てるきっかけになりました」と話す。

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今年9月のインカレでは、2分6秒12の記録で準優勝。今シーズンはとくに、広田にとって実りの多い一年だった

いま広田は5年生になり、これまで感じてこなかった葛藤が生まれた。医者の現場に触れ、明確に医者という仕事を認識させられた。その一方で、どんどん陸上が楽しくなり、迫ってきた東京オリンピックに対するあこがれと焦りを感じている。

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