生き残った「ザコOL」関学スナッパー鈴木
日本選手権第72回ライスボウル
1月3日@東京ドーム
富士通(社会人Xリーグ) vs 関西学院大(学生)
関学は12月16日の甲子園ボウルで早大を破り、2年ぶりの学生日本一に輝いた。この日の37得点のうち個人最多の13得点を挙げたのが、K(キッカー)の安藤亘祐(3年、関西学院)だった。今シーズン最後の戦いとなるライスボウルを前に、安藤の活躍を支えてきた一人の4回生について書いておきたい。背番号67、スナッパーの鈴木邦友(関西学院)だ。
専任のスナップ職人
スナッパーはキッキングゲームのときに登場し、自分の股の下を通してボールを後方へパスするポジションだ。ボールに回転をかけるには特殊な技術が必要で、スナッパーのミスは試合の行方を左右しかねない。一般的にはオフェンスやディフェンスでプレーする選手の中でスナップの得意な選手がスナッパーを兼任するケースが多い。しかし関学は鈴木が1回生のときから専任で務めている。まさに「スナップ職人」である。
試合前の練習や試合中の出番以外のとき、鈴木は常にボールを地面に投げつけている。だ円球は毎回きれいに跳ねて、鈴木の手元に戻ってくる。これは彼のルーティンの一つだという。「ボールをリリースするときの指の離れ方を確認するのと、回転のかかり具合を確認する。あれをやると、変な力が抜けて落ち着くんです」。大学でスナッパーを専任すると決めてから考えた練習で、1回生の夏から続けている。甲子園ボウルの日も、きれいな天然芝に何度も何度もボールを投げつけていた。
もともとはオフェンスの最前線でぶつかるOL(オフェンスライン)の選手だった。
関学の中学部に入ると、父の勧めでフットボールを始めた。「受験太り」でボテッとした体型だった鈴木は、顧問の先生から迷いなく「OLな」と告げられた。「やっぱりか」。鈴木は思った。5人のOLの真ん中に陣取るC(センター)になった。このときからずっとスナップを送り続けている。高等部でもOLになったが、なかなか筋力がつかず、当たりで負け続けた。「病気じゃないんですけど、トレーニングをしても筋力がつかなくて……。OLとしてはザコ中のザコでしたね」と振り返る。レギュラーは遠かった。
大学進学に際して、神戸三田(さんだ)キャンパスにある総合政策学部に進んだ。アメフトを続けるつもりはなかったから、グラウンドから離れたキャンパスの学部にした。だが、同じ学部の2学年上に、キックの際にボールをセットする「ホルダー」専任の石井宏典がいたこともあり、三田からの通いで続けようと決意。内部進学者としては遅い4月に入部した。最初に「スナッパーでいきます」と先輩やコーチに告げた。当時は専任がおらず「とうとう来てくれたか、スナッパー専任」ともてはやされた。「ファイターズという集団で自分が生き残るには、スナップしかない」。もはやOLでは選手として4年間をまっとうできないと考え、スナップにフットボール人生のすべてをかけることにした。
「安藤に注目してください」
スナップについて鈴木は「100人いれば100通りある。これ、っていう正解はない」と考えている。とくに意識するのは下半身の動きとボールのリリースポイント。ボールに下半身の動きを乗せ、スピードを出す。そしてボールを離すポイントが常に同じになるよう心がけている。「いつも最低60点にはなるようにしてます」。よりよいスナップを追求し続けて、現在のスタイルにたどり着いた。指には気を遣っている。ハンドクリームを小まめに塗って保湿。試合中は濡れタオルを使い、手が乾かないようにしている。
4年間で多くのホルダー、キッカーと組んできた。学生最後のシーズンに安藤と戦えたのは、運命の巡り合わせかもしれない。4年前の高校日本一を決めるクリスマスボウル。42ydと距離のあるフィールドゴール(FG)の場面。鈴木のスナップが低くなった。FGは成功したが、ずっと心に引っかかっていた。
そして鈴木が学生最後の年、安藤がエースキッカーになった。「安藤に気持ちよく蹴ってほしい」。その思いを常に持ち続けた。劇的な「逆転サヨナラFG」で決した立命大との甲子園ボウル西日本代表決定戦。実は鈴木のスナップは乱れた。ホルダーのQB中岡賢吾(3年、啓明学院)がカバーしていた。
甲子園ボウルに勝ったあと、鈴木は言った。「西日本代表決定戦のときはいいスナップができず、中岡と安藤に助けてもらった。きょうのスナップは及第点かな。高3のときの心残りを晴らせました」。安藤は鈴木について「きょうはよかったかな(笑い)。西日本代表決定戦から修正してきてました。いつも蹴りやすい環境をつくってくれる。自分も前を信じて蹴ってます」と話した。スナップ職人にとって、最高の褒め言葉だろう。
最後に鈴木に尋ねた。スナッパーとはどんなポジションだと思いますか?
少し悩みながら、鈴木は答えた。「目立たないことがいいこと。自分が崩れると、後ろが崩れてしまう。注目されたらダメなポジションですね」。注目されないことが、職人としての誇りなのである。
ライスボウルに向けて、鈴木は言った。「絶対に勝って終わる。キックを見てほしいですね。僕はいいんです。安藤に注目してください」。いい笑顔で言った。安藤のキック成功の裏には、ほかの10人の献身がある。その一人が鈴木だ。
関西学院大学ファイターズのスナップ職人は、東京ドームの人工芝にボールを投げつけながら、最後の出番を待つ。