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特集:第95回箱根駅伝

藤田敦史が見た相澤晃の4区区間新

藤田敦史が見た相澤晃の4区区間新
4区の相澤で東洋大は再びトップに立った(撮影・藤井みさ)

第95回箱根駅伝

1月2日@神奈川・平塚~小田原の20.9km
4区区間1位 相澤晃(東洋大3年、学法石川) 1時間0分54秒(区間新)

今年の箱根駅伝では、レジェンドの記録が二つ破られた。「レジェンドから見た塩尻和也」で紹介した2区の塩尻和也(順天堂大4年)のタイムは順大の先輩である三代直樹さん(みしろ、富士通コーチ)の記録を破った“日本人最高”だったが、4区の相澤晃(東洋大)の区間新記録1時間0分54秒は、“事実上の区間記録”を上回った。

4区(20.9km)は2006年大会から16年大会まで、5区への中継所を東寄りに移し、18.5kmの距離で争われた。17年大会から以前と同じ中継所に戻したが、05年大会以前の記録は参考記録扱いになっている。正式には18年大会で出された1時間2分21秒が4区の区間記録だったが、99年大会で藤田敦史(駒大コーチ、当時駒大)が1時間0分56秒を走っていたのである。

相澤は藤田と同じ福島県出身。郷土の偉大な先輩の記録をどこまで意識していたのだろうか。そして自分の記録を超えられた藤田コーチは、どんな思いを持ったのか。

相澤が走りながら藤田の記録を意識した理由

藤田の記録は突出していて、超える選手は現れないとまで言われてきた。区間歴代2位はD・カリウキ(山梨学院大)が03年大会で出した1時間1分32秒。1時間2分を切った選手でさえ、藤田を含め3人しかいない。相澤も今回の目標は1時間1分30秒だった。

「自分の設定より速いタイムで5km、10kmと通過できて、10~15kmもあまり落ちてませんでした。これは藤田さんの記録もいけると思って、15km以降は意識して走りました」と相澤がふり返る。

二宮定点(8.9km)では藤田さんの25分54秒に対し、相澤は25分31秒と23秒上回り、小田原本町定点(17.7km)では藤田さんの51分6秒に対し、相澤は50分53秒と13秒上回っていた。だが小田原中継所(20.9km)で相澤が上回ったのは2秒だけ。2区の三代直樹さんもそうだったが、藤田さんも区間終盤をすごいスピードで走った。

藤田さんは現在、駒大のコーチ。復路の選手の練習を指導していた関係で、相澤の走りは駒大の寮のテレビで見ていた。

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藤田さんは2013年に現役を引退し、15年から母校の駒大でコーチをしている(撮影・松本行弘)

「本町を通過した時点で破られると思いましたよ。でも、20年かかって2秒です。相澤君は私より10000mの記録も上ですし、もう少しタイムが出てもよかった。15km以降が伸び悩みましたね」

レジェンドは二人とも、記録の更新幅がわずかだったことに、少し納得がいかないようだが、二人の記録が同じ日に破られたことには、藤田さんも感銘を受けていた。

三代さんと藤田さんは同学年で、最終学年は学生長距離界を代表する選手として注目され、比較もされていた。その二人が同じ大会で樹立した記録が、20年後に同じ大会できわどく更新された。「節目の大会で2区、4区と続けて記録が出たのには鳥肌が立ちましたね」と藤田さん。

駅伝ファンも、長年君臨してきたレジェンド二人の記録が更新され、興奮した往路になったことだろう。

“福島つながり”に彩られた記録

レース中の相澤に、「藤田の記録を破れるぞ!! 」と声をかけたのが東洋大の酒井俊幸監督である。藤田さんと酒井監督は同じ福島県出身で、しかも同学年。酒井監督は相澤と同じ学法石川高、藤田さんは清陵情報高にいた。高校時代は二人とも全国的には無名の選手だったが、駒大で藤田さんが学生トップレベルの活躍をし、酒井監督も東洋大で主将を任されるまでに成長。藤田さんは富士通、酒井監督はコニカミノルタでニューイヤー駅伝優勝も果たしている。

酒井監督にとって、大学でぐんぐん成長し、社会人(富士通)の2年目にマラソンの日本記録(2時間6分51秒)を出した藤田さんは、尊敬する選手であり目標の存在だったのだ。

実はもう一つ、相澤が頑張ることができた“福島つながり”があった。

明大のエースに成長した阿部弘輝(3年)は、学法石川高のチームメイト。二人とも高校時代から5000mを13分台で走る全国トップレベルのランナーだったが、先に大学駅伝の長めの距離に対応したのは相澤だった。昨シーズンの全日本大学駅伝1区で区間賞を取り、箱根駅伝のエース区間である2区では区間賞と3秒差の区間3位と好走した。

18年シーズンになると、阿部がトラックで躍進。日本選手権5000mで5位に入賞し、10000mでは11月に27分56秒45と今シーズンの学生トップ記録で走った。相澤も4月に28分17秒81のシーズン学生2位の記録を出したが、27分台は学生長距離選手の勲章ともいえる数字で、インパクトが大きかった。 

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明大の阿部は箱根駅伝で3区を走り、青山学院大の森田に次ぐ区間2位だった(撮影・松永早弥香)

「阿部のことは中学から知ってて、ライバルと思って頑張ってきました。先に27分台を出されて、すごく悔しかった。同じレースに出て勝負したかったな、と思いましたが、その時期は10000mのタイムよりも箱根駅伝に向けてトレーニングをしたいと考えていた時期でした。箱根駅伝で27分台以上にインパクトのある走りをしようと思いました」

相澤と阿部の学法石川高出身コンビは、19年シーズンの学生長距離界をリードする存在になりそうだ。

藤田さんも「私を育てたのが大八木(弘明・駒大監督)で、相澤君を育てたのが酒井監督。全員福島でした」と、“福島つながり”に感銘を受けた様子だった。

相澤が2区の記録に挑戦する意味

藤田さんは「平成最後の箱根駅伝で過去の記録が破られたことは、いろんな意味があると思う。マラソンでも2時間5分台が出ましたが、いまの学生は自分たちの時代をこれから築いていかないといけない」と、さらなる活躍を期待する。

相澤と酒井監督は、4区で藤田さんの記録更新を目指して走っているとき、すでに来年のことを考えていた。

「酒井監督から『来年お前が2区で1時間6分台を出すためにも、4区で誰にも抜かれないような記録を作るぞ!! 』と、走ってる途中に声をかけられました。藤田さんが4区の記録を出された時は2区で1時間6分台を出す力があったとうかがってます。今回はけがをしてしまった期間もあって4区に回りましたけど、来年こそはチームの主力として、2区で日本人最高記録と区間賞の走りをしっかりとします」

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相澤は来年、2区で日本人最高記録と区間賞を狙う(撮影・松嵜未来)

藤田さんも大学3年のときは2区を区間2位で走り、4年でも当初は2区を走る予定だった。三代さんとの対決が1999年大会最大の注目点だったのだ。だが直前に貧血気味になったことと、3月の初マラソン前に学生に負けるのを避けるために、大八木監督が藤田の4区起用を決断した。2区から4区に回ったところは今回の相澤と同じだった。

違いは相澤が3年生で、残り1シーズン頑張れる点である。今大会2区の塩尻は、藤田さんのライバルだった三代さんの記録を上回った。相澤は来年、その塩尻の区間日本人最高を目標に走る。記録は天候に左右される部分が大きいが、今年と同じような好コンディションなら、可能性はある。

仮に記録が難しい条件でも区間賞を取れば、学法石川高の恩師である松田和宏監督を上回ることになる。松田監督は中大時代、2区を4年続けて走ったが、区間2位が最高成績だった。
「相澤君が来年2区でも記録を出したら、“あっぱれ”ですね」と藤田さん。

相澤の4years.は、ラストシーズンに今回以上のドラマが待っている。

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