拳法

最後に笑った明大拳法部・松本の4years.

明大主将の松本(左)は自信と実力をつけて、最初で最後の団体インカレに臨んだ

1年前には立てなかった場所で、最後に笑った。昨年11月に開催された日本拳法の団体インカレ。史上初の7連覇に挑んだ明治大は、決勝で龍谷大と対戦した。代表戦までもつれた熱戦に終止符を打ったのは、主将の松本崇雅(4年、初芝立命館)だった。前年のインカレではメンバー落ちを味わった男が、明大での4年間を最高の結果で締めくくった。

はきはきした関西弁の端々に、意志の強さを感じさせる男だ。身長162cmと小柄だが、「こんな小さいヤツでも勝てるんやぞ、って証明したいです」と、常識を打ち破ってきた。基本的に体重無差別で行われる日本拳法。時には身長が20~30cmも大きい相手と戦うこともある。それでも軽いフットワークを武器に、2018年度は学生日本一を決める全日本学生個人選手権でも3位に入った。名実ともに明大のエースとして、マットに立ち続けた。
だが、決して順風満帆な4年間ではなかった。

入学後に待ち受けた挫折の日々

松本は「日本一になりたい」と明大へやってきた。待っていたのは挫折の日々。「こてんぱんにやられました」。まずは先輩たちの強さに驚愕。当時、団体インカレ3連覇中のチームの中で、高校時代に築き上げた自信はあっけなく砕け散った。「なんで俺がスポーツ推薦で選ばれたんやろ」。心の中で独りごちた。

大学4年間は思いどおりには運ばなかった

陽の当たる日は、なかなかこない。2年のときの新人戦では決勝の大将戦で敗れた。責任を背負い込んだ。3年生のときの東日本リーグ戦でも2試合でぼろ負け。そして「何より悔しい」と語っていたのが、団体インカレ決勝に3年間で一度も出場できなかったことだった。日本一を目指したはずが、その舞台にすら立てず、気落ちするばかりだった。

転機は最上級生になって訪れた。主将への就任を言い渡された。「正直、重いバトンでした」と松本。チームは前年度に団体インカレ6連覇を達成。7連覇への期待の声は、嫌でも耳に入った。さらに前年度の主将だった百合草春男(ゆりくさ・はるお、桜丘)は2度の学生日本一に輝いており、松本との実力の差は歴然。小山知常監督も「過去の主将と比べると、彼(松本)がいちばん苦労するかな」と、不安を口にしていた。

楽しみながら全力を尽くして飛躍

主将として、選手としてあるべき姿を追い求めたとき、たどり着いたのは「楽しむこと」だった。「負け続けて試合をやってまた負けて、練習もあんまり気持ちが乗らないままやって。なんか負の連鎖みたいやな、と。だったら楽しく全力でやれば、結果も出るかなって思ったんです」

松本の勘は当たった。練習量は格段に増え、その分、心の余裕が生まれた。そして、結果もついてきた。団体インカレの直前まで団体戦では無敗。東日本個人選手権でも頂点に立った。

自信と実力をつけて臨んだ最後の団体インカレ。初めての出場となった松本は、まさかの絶不調に陥った。危なげなく勝ち上がるチームとは対照的に、準決勝を終えて1勝1敗1分。「なんかずっとエンジンがかからない感じ。どうしたんやろ、と思いました」。決勝でも、勝てば優勝が決まる大将戦を落とし、試合は両校代表を出し合って勝敗を決める代表戦へ。勝ち続けた一年間からは想像もできない姿だった。

それでも松本は、代表戦への出場を名乗り出た。試合に勝てず、うなだれていた1年前の自分はもういない。強い気持ちでマットに上がると、得意の蹴りで先制。そのまま逃げ切り、歓喜のブザーが鳴った。

仲間に胴上げされ、叫ぶ松本

優勝後の記念写真。悔しさをにじませた1年前とは打って変わって、満面の笑顔で収まった。「4年間を振り返ったら、ほとんどが苦しい思い出。でも最後の一年間は笑顔で終われて本当によかったです」。松本の笑顔が弾けた。

山あり谷ありの4年間。間違いなく“谷”の時間の方が長かった。だが最後に登った“山”の頂上から見た景色は、格別だった。

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