陸上・駅伝

特集:第88回日本学生陸上競技対校選手権

100mハードルで躍進の明大・藤森菜那、寺田明日香の日本新にもらった刺激

寺田が日本新を出した富士北麓ワールドトライアルのレースには藤森(中央)も出ていた(撮影・松永早弥香)

陸上の日本学生対校選手権大会(日本インカレ)が9月12~15日まで岐阜で開かれます。4years.では日本インカレに向けた話題をお届けしていきます。第2弾は女子100mハードル(H)の藤森菜那(明治大4年、浜松市立)です。

2019年9月1日、日本の女子100mHは12秒台の世界に入った。
寺田明日香(パソナグループ、29)が「富士北麓ワールドトライアル」のウォームアップレースで12秒97(追い風1.2m)をマーク。金沢イボンヌが2000年に樹立した13秒00の日本記録を19年ぶりに塗り替え、今月末に開幕する世界選手権(ドーハ)の参加標準記録(12秒98)も突破した。同じレースを走った藤森菜那は12秒台の速さを見せつけられ、そして「日本人も12秒台を出せるんだ」という刺激を受け取った。

藤森はこの日、ウォームアップレースは13秒40(追い風1.2m)、決勝は13秒42(追い風0.5m)で5位だった。大学ラストイヤーの今シーズン、一気に記録を伸ばしてきた選手だ。4years.の集大成となる9月12日からの全日本学生選手権(インカレ)では、さらに自己ベストを出して優勝したいという思いもあるが、何より今シーズンずっと意識してきた「楽しく走る」というスタンスを貫く。

寺田は8月17日に13秒00の日本タイ記録を出し、2週間後の富士北麓ワールドトライアルで12秒97の日本新記録を樹立した(撮影・松永早弥香)

大学4年生になって自己ベストを連発

藤森は今シーズンの初レースとなった4月の織田記念で、13秒49(追い風0.6m)の自己ベストを出した。そして5月の木南記念で13秒39(追い風0.5m)と記録を伸ばし、同月の関東インカレでは追い風2.6mという参考記録ながら13秒24。筑波大1年の小林歩未(市船橋)を0秒01差で破り、初優勝を飾った。明大の女子選手として初の関東インカレ優勝という快挙でもあった。

6月の日本学生個人選手権でも小林と競り、最後はまた0秒01差で優勝という勝負強さを見せつけた。同月の日本選手権では初めて決勝に進出。8位に終わったが、日本のトップレベルを肌で感じた。その後も試合を重ね、富士北麓ワールドトライアルの1週間前にあった東海選手権では、13秒32(追い風1.2m)まで自己ベストを伸ばしてきた。

最終学年になって始まった快進撃。藤森はここまでの大学生活を振り返って言った。「1年生のときに一からやり直したというのがあって、これまで基礎だけを積んできました。タイムは全然出なかったんですけど、その基礎を繰り返し練習する中でやっといま、自分のものにできるようになったと思ってます」。基礎を固め、出るべくして出た記録と言えるだろう。

中学から勝ち続け、それでも足りなかった

藤森は小学生のときに水泳と陸上に取り組み、中学生になると走り高跳びを志して本格的に陸上を始めた。結局取り組む種目は200mになったが、中2になるころには100mHにも挑戦し、全日本中学選手権は13秒98(向かい風2.1m)で優勝。さらに四種競技でも3128点で優勝し、全中で2冠を達成した。四種競技に関しては同年7月の静岡県中学通信で3172点をたたき出し、現在もその記録は日本中学記録として刻まれている。同年の国体でも少年女子B100mHで13秒66(追い風1.4m)を記録し、優勝を果たした。

浜松市立高校に進んでからはハードル1本に絞り、1年生のときから日本ユース選手権で13秒83(追い風0.3m)という当時の大会タイ記録で優勝するなど、結果を出していた。2年生で挑んだインターハイでは13秒88(向かい風0.9m)で3位。高3のインターハイは静岡県予選でのけがが響いて出場できず、高校最後の夏を終えた。

高校生活の最後は思うようにならなかった藤森だが、中学生のときからいい結果を出し続けてきた。ただ、藤森にも思うところがあったという。「自分には技術がない。だから技術を一から学ばないといけない」

そう思いながら見ていた2015年の日本選手権。現在の110mH日本記録保持者である高山峻野(しゅんや、当時明大4年、現・ゼンリン、25)が初優勝を果たした。明大生が日本選手権で勝つのは57年ぶりのことだった。その高山を指導していたのが明大の金子公宏先生だということを知ると、「金子先生のもとで自分も技術を学びたい」と考え、藤森は明大に進む決意をした。明大体育会競走部には女子が少ないのは分かっていたが、それでも「マンツーマンで教えてもらえるんじゃないか」と、前向きにとらえていた。

寺田明日香、木村文子らのトップ選手と走る中で

明大で徹底的に基礎から学び、思うようなタイムが出ない時期が続いた。しかし次第に、自分の走り方や跳び方がつかめてきたという感覚があった。そして今シーズン、その感覚が自己ベスト連発という結果に結びついている。

今年5月の関東インカレで藤森(右端)は明大の女子選手で初の優勝を果たした(撮影・佐伯航平)

前述の通り、藤森がいまレースで心がけているのは「楽しく走る」ということ。「自分はあまり思い入れすぎちゃうと空回りしてしまうんで、思い入れすぎないように、今年は楽しく走ろうというのが一番の目標なんです」と藤森。今年の関東インカレでもタイムや優勝を目標にはせず、あくまでも「自分の走りをしよう、楽しく走ろう」と思いながらレースに臨んだそうだ。そうした気持ちが、明大女子選手初の関東インカレ優勝に結びついた。学生として集大成となる9月12日からのインカレでも、同じ思いで臨むつもりだ。

来年からは実業団に進む予定の藤森には、「いつかはオリンピック」という思いがある。100mHのトップ選手のひとりである木村文子(エディオン、31)には高校時代、テレビ番組の企画で指導してもらったことがある。大学生になったいまは、その木村と同じ環境で練習する機会にも恵まれている。「木村さんとはいま一緒に練習させてもらってて、仲よくさせてもらってます」と話す藤森は、とてもうれしそうだった。

富士北麓ワールドトライアルで寺田に見せられた12秒台のスピード感は、いつか藤森が目指す領域だ。寺田はレース後、こう言った。

「タイムを見た瞬間はうれしかったんですけど、目標としているのはここじゃないよな、って。ここがゴールじゃなくて、やっとスタートに立てた。争えるところに少し足を踏み入れたぐらいです。これからどれぐらい勝負できるかなんで、今年も世界陸上はあるんですけど、来年の東京オリンピックに向けてどんどん進化していけたらいいなと思ってます」

楽しく走る。それがいまの藤森の原動力であり、強さにつながっている。だが、この先に目指す舞台にたどり着き、そこで勝負するためには、藤森自身がさらなる進化を求めなければならないのだろう。

スタートの速さを武器に、さらなる自己ベスト更新を狙う(撮影・松永早弥香)
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