京大・仲村友介 毎日キャッチボールだけの男がもたらした10シーズンぶりの勝ち点
野球の関西学生秋季リーグ戦で10月8日、京都大学が2014年の秋以来10シーズンぶりの勝ち点1を手にした。関西学院大との3回戦は3投手による零封リレーで、4-0の快勝だった。大一番の先発を託されたのは、これまでリーグ戦登板がわずか13試合で、先発に至っては2試合しかない仲村友介(4年、京都・西京)だった。
4回生の秋にしてリーグ戦初勝利
仲村は耐えた。2回、4回、5回と得点圏にランナーを背負いながら、何とか切り抜け、0-0で6回を迎えた。先頭打者を内野安打で出し、盗塁と味方の失策でノーアウト三塁のピンチ。仲村は粘った。相手の3番から、この日六つ目の三振を奪う。4番はショートゴロ。三塁ランナーはそのまま。5番は歩かせてしまい、2死一、三塁となった。そして左打席に関学の6番前原大地(4年、関西学院)。フルカウントからの6球目、スライダーで空振り三振。仲村はポーンと右手で自分のグラブをはじき、ガッツポーズを決めてベンチへ戻った。その裏、味方が集中打で4点をとってくれた。仲村は6回で90球を投げて被安打4、7奪三振で無失点。あとを受けた長谷川雄大(4年、岐阜)とエースの藤原風太(同、東海大仰星)もゼロを並べ、仲村が4回生の秋にしてリーグ戦初勝利をつかんだ。試合後は初めて報道陣に囲まれた。「歴史をつくりましたね」と水を向けられると、「いま言われて実感しました」と返して笑った。
この試合前日の2回戦の試合中に、3回戦の先発を告げられた。「マジですか?」と、驚きを隠せなかった。仲村のこれまでの歩みを知れば、このリアクションをとるのもうなずける。2018年春のデビュー戦から13戦0勝。リリーフが中心で、最長でも2イニング。試合で40球以上投げたことがない。今シーズンここまで4試合の登板もすべてリリーフ。17年からコーチを務める元プロ野球ソフトバンクの近田怜王さん(現在はJR西日本勤務)は「ポテンシャルがあるピッチャーで、使わないのはもったいないので仲村で勝負しました。50球以上はバクチでしたね(笑)。ほんと、よく投げてくれました」と、ホッとした表情で舞台裏を明かした。
2回生で痛めた右肩、大一番に魂込めた
2回生の冬に、右肩の関節唇損傷が判明。投げていると違和感があり、病院での検査を受けた。ボールを投げると、ひどい痛みが走った。手術は受けず、対症療法を続ける。普段の練習も、塁間での軽いキャッチボールだけ。20球から30球しか投げてはいけないと、監督やコーチから厳しく言われている。だから試合前にブルペンで投げることもしない。そんな超限定された練習の中で、コントロールの精度を高めた。6イニング投げたのも90球投げたのも初めて。引退までの残り2節にかけ、肩の痛みを押して登板。京大での4年間のすべてをかけ、右腕を振った。1球1球に魂を込めた。
「けがもあって、ピッチング内容はよくなかった。でも、腐らず準備し続けてきた自分を褒めてあげたいです」。甲子園球児がゴロゴロいる関西学生リーグの雑草中の雑草が、京大にとっての大一番で最高の輝きを放った。
7年間のチームメイトと狙う最下位脱出
7年間ともに歩んできた仲間がいる。主将の西拓樹(たくな)とは西京高校野球部からのチームメイト。仲村は京大に入った当初、野球部に入るつもりはなかった。体育会のいろんな部から勧誘され、ボート部に入ろうかと考えていた。
そんなとき、西は言った。「野球部入れよ」。悩んで野球を続けることに決めた。入部したときにはすでに、春のシーズンが始まっていた。この日の試合後、西が泣きながら「ありがとうな」と言ってくれた。仲村は言う。「あのとき誘ってくれてありがたかったですし、西には感謝しかないです」。農学部の仲村と工学部の西は、ともに大学院へ進む。二人は次節10月12日からの同志社大戦で、野球人生にピリオドを打つ。
京大は誰も勝ち点1で満足などしていない。あくまで最下位脱出が目標だ。
5位だった00年秋以降、最下位が指定席となっている。京大初のプロ野球選手の田中英祐さん(元ロッテ、現在は三井物産勤務)を擁し、春秋とも勝ち点を獲得した14年でさえ、最下位を脱せなかった。同志社大戦で勝ち点を奪えば、19年ぶりの最下位脱出が決まる。「今日の勝ち点を自信に、気を引き締めてもう1度、勝ち点をとりたいです」。“仲村の奇跡“には、続きがありそうだ。