大学サッカー

特集:第68回全日本大学サッカー選手権

横浜FCのJ1昇格を引き寄せた男、仙台大・松尾佑介 仲間と最後のインカレにすべてを

松尾は前回のインカレで横浜FCの目にとまり、今年6月、来季入団内定が決まった(撮影・高橋アオ)

サッカーの全日本大学選手権(インカレ)は12月11日から22日まで、関東一円で開催されます。4years.では開幕まで、注目の選手を紹介していきます。

流れ星のように現れた天才、仙台大の松尾佑介(4年、浦和レッズユース)はいま、最後のインカレに照準を合わせている。今シーズンは特別指定選手としてJ2の横浜FCでもプレー。持ち前の切れ味鋭いドリブルなどで攻撃の起爆剤となり、13年ぶりのJ1復帰に大きく貢献した。リーグ戦21試合に出て6得点5アシスト。特別指定選手のリーグ戦最多得点記録を更新した。それでも松尾はこれまでを振り返り「順風満帆なときなんてなかった」と言う。

プロをあきらめよう、そんなとき、父の言葉に救われた

松尾は5歳からサッカーを始め、埼玉県川口市の戸塚フットボールクラブジュニアを経て、浦和レッズジュニアユースへ入団した。足に吸いつくようなドリブルが光っていたが、小6のときに身長138cm、体重31kgと小さかったこともあり、当時の評価は高くなかった。

浦和は身体能力、足元の技術に優れたエリートが集う名門だ。同期にはトップチーム公式戦最年少得点記録を持つ邦本宜裕(現・韓国・慶南FC)らがいて、レベルの高さを痛感した。「当時は身長が小さくて話にならなかった。(高校進学後も)見てくれる人は見てくれるけど、周りからいい評価は受けなかった」と松尾。大好きだったサッカーに、少しずつストレスを募らせていった。

ユースに昇格しても、状況は変わらなかった。Jユースカップでチームが日本一になったが、松尾自身はピッチには立てなかった。あこがれだったトップチームの練習には1度も参加できなかった。その悔しさは積もりに積もり、ついに限界を迎えた。高2のある日、父の新二朗さんに打ち明けた。「周りにはすごいヤツがいっぱいいるし、プロになれる気がしない。俺、サッカーを続けても意味ないかな」。思うように評価を得られない悔しさで涙があふれた。そんな息子に、新二朗さんは語りかけた。「やめるならやめてもいいと思う。だけど、佑介がサッカーをやってる姿が好きだよ」

そのひとことが救いになった。これまで漠然とサッカーに取り組んできたが、応援してくれる人たちにサッカーで恩返しすると決めた。プレーをする上での目的が明確になった。「俺を応援してくれる人がいる。父の言葉があったから、サッカーを続けられてます」。新たな決意を胸に、サッカーと向き合うようになった。

松尾はドリブルの初速が速く、スムーズな重心移動で動きに無駄がない(写真は本人提供)

仙台大で徹底的に体をつくり、技を磨いた

トップチームに昇格できなかった松尾は、奥埜博亮(おくの、現セレッソ大阪)、蜂須賀孝治(はちすか、現ベガルタ仙台)らをJリーグに送り出した東北の雄・仙台大に進んだ。当時浦和レッズユースの監督だった大槻毅さん(現トップチーム監督)の勧めや、浦和レッズユースと仙台大を経てフィリピン代表になった佐藤大介(現ムアントン・ユナイテッド=タイ)の存在も、進路決定の後押しとなった。

将来のプロクラブ入団を目指していた松尾は、新天地で画期的なトレーニング方法に出会った。仙台大のトレーニングセンターには重量挙げ用のバーベルを使ったフリーウエイト・トレーニング専用の練習場がある。そこでサッカー部のメンバーが強化に励んでいた。松尾もトレーニングに取り組み「自分よりも大きい相手に当たり負けしなくなった」と、これが大学での一番の収穫だと口にした。

アメリカのプロサッカーリーグチーム、ロサンゼルス・ギャラクシーなどでトレーナーを経験した仙台大の小野雅洋氏は「壊れない体作り、イメージした動きのできる体作りが目的です。全身の筋力を使う瞬発力は一歩目の爆発力や、球際の強さにつながる」と、このトレーニングの効用を語る。全身の筋力を使ってバーベルを持ち上げるトレーニングは、上半身、下半身、体幹、腕の筋肉などをバランスよく鍛えられるという。松尾はマックスで135kgのバーベルを支えられるほどにまで鍛え、プロでも通用するフィジカル強化に成功した。

大学で体幹を鍛え、体のケアを学んだことが、いまの活躍につながっている(写真は本人提供)

仙台大ではトレーニングセンターのほかにも、体幹の強化や体のケアなどを指導するアスレティックトレーナー(AT)部が設置されている。松尾は平日の練習前にATルームへ足を運び、調整や体の使い方を学んだ。「ユースのころはけがが多かったので、ケアの大切さがより深く理解できるようになりました」と松尾。さらに股関節の可動を滑らかにするムーブメントトレーニングに励んだという。遠藤皓樹ATトレーナーは「股関節回りのひねる動作に、松尾は熱心に取り組んでいた」と振り返る。そうした学びを鋭い切り返しや縦への突破などに結びつけた。

横浜FCでプロの世界を知り、別人のように成長

地道な鍛錬と高い潜在能力が結びつき、成果として表れた。2年生のときには14試合で25得点して東北学生リーグの得点王となり、翌年は12アシストでアシスト王に輝いた。東北では傑出した才能を見せたが、世代別の代表やユニバーシアード代表には選ばれなかった。

鶴の一声は突然にやってきた。3年生のときのインカレで、松尾はグイグイと引っ張るようなスプリントを披露して攻撃陣を引っ張った。チームは2回戦で筑波大に敗れたが、松尾の活躍がスカウトの目にとまり、大会終了後に横浜FCから練習参加の打診がきた。そして今年6月、来シーズンの入団が内定した。松尾自身は「オファーがきたときは信じられなかった」と目を丸くする。こうして仙台大から9年連続14人目のJリーガーが誕生した。

特別指定選手として横浜FCに加入してすぐ、下平隆宏監督から仙台大サッカー部に松尾のレンタルを要請されたという。チームは8月末からの総理大臣杯を控えていたが、吉井秀邦監督は快く送り出した。松尾は攻撃にアクセントを加え、すぐに主力に定着。横浜FCは松尾の加入後の23試合で17勝5分1敗と快進撃。J2の2位でJ1復帰をつかんだ。

7月10日の天皇杯2次ラウンドで、松尾は仙台大の選手として自身の所属先でもある横浜FCと対戦。1-2で敗れた。8~9月に開催された総理大臣杯2回戦では、優勝することになる明治大からゴールを挙げるなど、過密スケジュールの中でも優れたパフォーマンスを披露した。プロを経験してチームに戻ったエースに対し、吉井監督は「別人のように成長した。早い段階で横浜さんに送り出してよかった」と感慨深げに語った。

インカレを前にしてチームの状態は最高。そこに松尾の得点力が加われば、1998年大会以来のベスト4も見えてくる(撮影・高橋アオ)

チームも最高の状態だ。11月20日には松尾を除いたメンバーで昨シーズンJ1王者の川崎との練習試合(45分×3本)に臨み、1本目、2本目の合計で3-2と勝ち越した(3本目は主力組が外れて0-4)。主将の嵯峨理久(さが・りく、3年、青森山田)は「いまのチームはいい状態で、誰が試合に出てもおかしくない。そこに得点力がある松くん(松尾)が帰ってくる。プロの経験をチームに還元してほしいです」と、目を輝かせた。

横浜FCのJ1昇格に貢献した松尾は、東京オリンピック出場にも期待を寄せられている。しかしいまは目の前に迫ったインカレですべてを注ぐ。「やってみないと分からないけど、まずはベスト4に入りたいです」。この4年間、ともに汗を流した仲間たちと大学最後の大舞台で喜びを分かち合いたい。