ハンドボール

インカレの雪辱を晴らす 中央大ハンドボール部山川慎太郎主将・365日の軌跡

インカレ準決勝前の円陣で声を出す山川(中央)

11月のインカレで3年ぶりのベスト4進出を果たした中央大。しかし、過去2年は無念の初戦敗退に終わっていた。その結果を誰よりも重く受け止め、チームの先頭に立ってきたのが主将の山川慎太郎(4年、北陸高)だ。「周りから支えてあげたいと思われるのが山川なんですよ」。1年前、当時4年生だった中大の絶対的エース・北詰明未(現・トヨタ車体、ハンドボール日本男子代表)はそう言った。その人望の厚さから、チームメートに愛され続けた山川主将。山川がたどってきた軌跡をチームの記録とともに振り返る。

意識を変えた昨年のインカレ

昨年11月10日に行われたインカレ初戦。中大は北詰をはじめとする強力な布陣で強豪・福岡大に挑んだ。しかし、試合は1点を争う壮絶な延長戦の末に敗退。ベンチにいた山川の目に映ったのは、肩を落とし、悔しさから何度もコートの床に拳をたたきつける4年生の姿だった。「あれほど能力が高くて強い先輩たちでも勝てなかった。好きな4年生と、もっと一緒に試合をしたかった」。試合終了後、山川はこみ上げる悔しさから過呼吸になるほど涙を流した。

昨年のインカレはベンチ入り選手。仲間の活躍によろこぶ山川(左から5番目)

それから間もなくして山川はチームメートの投票によって主将に選ばれた。人生で初のキャプテンという重責。それは不安との戦いでもあった。「優しくて穏やか」。山川の印象をチームメートに聞くと、だいたい同じような言葉が返ってくる。「自分は怒ることが苦手だし、強くものを言えない。でも、言いたくないことも言うのがキャプテンだと思ってやってきた」。時には、「ちゃんと自分の伝えたいことが伝わってるかな」と悩む日々も続いたという。それは、インカレのリベンジを果たすべく、山川にとって勝負の1年でもあった。

成長を実感した春・秋のリーグ戦

力のある1年生が入学し、迎えた春季リーグ。中大は「全員ハンドボール」をスローガンに掲げて目先の戦いに臨んだ。「プレーではチームを引っ張れないので、行動や声で役割を果たそうと思っていた」と山川は振り返るが、ひたむきな努力を重ねてきた結果、山川は優秀選手に選出されるなど大活躍の春となった。チームも3位という結果を残し、秋につながる土台を築くことができた中大。時は過ぎ、開幕した秋季リーグでもチームの結束はさらに強まっていた。春の開幕戦で大敗した日体大には敗北したものの大健闘。春季リーグ優勝の筑波大にもロースコアの戦いを制し白星を挙げた。「これまでは筑波にずっと力負けしていた。でも今年は押し負けるようなことはなかった」と山川。チームの順位は春季リーグ同様3位に終わったが、インカレに向けて収穫の多い秋を過ごした。

秋季リーグの日体大戦でジャンプシュートを決める山川

1年の時を経て迎えた最後のインカレ

「あの日の悔しさを忘れたことはない」。1年前の雪辱を晴らすべく、気合十分で乗り込んだ最後のインカレ。鬼門の初戦を快勝で突破した中大は2回戦も圧倒的な選手層を見せつけ勝利を飾った。そして11月10日、昨年、屈辱を味わったインカレ初戦と同じ日にベスト4進出を懸けた3回戦を迎えた。相手は昨年度インカレ覇者の大阪体育大だ。

試合は一進一退の攻防が繰り広げられる白熱した一戦に。しかし、中大は後半に入ると徐々に相手を突き放し最終的には4点差をつけて勝利。新チームが始動してから目標にしてきた「インカレベスト4以上」を確定させた。試合が終わった瞬間、雄たけびを上げながらガッツポーズを見せるチームメートを横目に、山川は額に手を当てながら泣いていた。応援席へ勝利の報告をする時も、目の前が濡れてなかなか顔を上げることができなかった。「ここを一つの目標にしてきた。やっとスタートラインに立てたから安心した」。それは「インカレで結果を残す」というプレッシャーから解放された安堵の涙だった。

3回戦終了後、応援席へ勝利を報告する中大陣。タオルで目を押さえているのが山川

これまで目標に掲げてきた「インカレベスト4」は達成したが、このまま終わるわけにはいかない。準決勝の相手は秋季リーグで優勝を果たしたライバル・日体大。センターコートで行われた試合は前半から苦戦をしいられ、点差は最大7点まで開いた。それでも、選手たちは誰一人として諦めていなかった。「自分たちのできること全てをやろう」。

後半残り15分、ここから反撃が始まった。頼もしい下級生の連続ポイントでゴールネットを揺らした中大は試合終了約5分前に山川の痛烈なシュートで1点差に追い付く。主将の劇的な一撃にコート、ベンチ、応援席が総立ちで拳を高らかに掲げた。「チームが一つになっていてみんなの歓声が心からうれしかったし、こういうチームになりたかったんだなと思った」。そこには春から追い求めてきた「全員ハンドボール」の理想像があった。

終盤の得点に沸く中大。チームが一つになった瞬間だった

しかし、結果は28-26の僅差で敗戦。決勝進出まであと一歩、悔しくも及ばなかった。試合終了直後、目を赤くする後輩たちに手をたたいて声をかけていたのが山川だった。「3年前のベスト4は達成感があったけど、そこからチームが毎年どんどん強くなって今はこの成績では満足できない」。

悔しくて、悔しくて声を枯らした昨年のインカレ。だが、それを糧に山川はこの1年間努力を重ね、インカレでも栄えある優秀選手として表彰を受けるほどの選手に成長した。「3年生以下は今年感じた悔しさを、いい意味で来年に生かしてもらえれば。個性のある今の3年生がまとまったら、相当強いチームになるんじゃないかな」。後輩たちに「インカレ優勝」の夢を託し、山川はついに慣れ親しんだユニフォームを脱いだ。

「本当に優しいキャプテン」

「3位だったけど、ここまでこれたのは全員が頑張ってきたから。今年は本当にみんなに支えてもらった」。ハンドボールに全力を注いできた4年間。主将としてのラストイヤーは「誰よりも頑張る姿を見せること、チームメートの声に少しでも耳を傾けることを常に意識してきた」という。キャプテン就任当初は周囲から心配の声が上がっていたが、次第にそれが「信頼」へと変わっていった。「最後まで自分を信じてくれたみんなに感謝している」。

指揮官の実方智監督も「彼は本当に優しい人。非常にいいキャプテンになったよね」とインカレ終了後、山川の背中を見つめながら目を細めた。底抜けに明るくて、学年に関係なく仲のいい姿が印象的だった今年の中大。そんなチームカラーの源には、山川の思いやりに満ちた「優しさ」があったに違いない。

笑顔でインカレを終えた山川。その表情は晴れやかだった

ハンドボールを通して培ったもの

小学校3年生から始めたハンドボール。その長いようで短かった競技人生に山川は一区切りをつけた。「これで現役生活は終わりだけど、ハンドボールを通して成長できたことがたくさんある」。学生スポーツにおいて大切なことは勝利だけでは決してない。勝利に向かって努力を続けることこそが重要だ。そして、この学生生活で培ったものは社会に出た時に必ず生きてくるはずだ。

「今、部活をやっている人は全力で頑張ってもらいたい。そして、何か一つでもその活動がこれからの自分にとっていい経験になったらいいな」。中大ハンドボール部で選手としても、人間としても大きく成長を遂げた山川。中大で過ごした思い出を胸に、これからも強く、優しく、慎ましく、更なる新たなステージを駆け上がっていくだろう。

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