大学陸上・駅伝

連載:M高史の駅伝まるかじり

鹿児島実高、山梨学院大、トヨタ自動車でマネージャー歴20年 辻大和さん

MGC出場メンバーと。左から辻さん、堀尾謙介選手、藤本拓選手、佐藤敏信監督、服部勇馬選手、宮脇千博選手
わずか数秒に魂を込める! 箱根駅伝の給水の裏側とは

学生時代に私、M高史と同じく陸上部(駅伝部)のマネージャーだった方の人生にスポットライトを当てるシリーズの第10弾です。鹿児島実業高校でマネージャー、山梨学院大学で主務を経験し、現在はトヨタ自動車でマネージャーを務める辻大和(ひろかず)さんに取材してきました! トヨタ自動車陸上長距離部はニューイヤー駅伝で毎年優勝争いを繰り広げ、所属する服部勇馬選手がMGCで東京五輪の男子マラソン代表を決めた屈指の強豪チームです。

駅伝の強豪高で始めた陸上、裏方に転向

鹿児島県の甑島(こしきじま)出身の辻さん。「中学時代は帰宅部だったんですけど、体力作りで走ってました。島内の陸上大会にも出てました」。高校では陸上をやろうと、駅伝の強豪・鹿児島実業に進学しますが、入学早々レベルの違いを痛感したそうです。「同級生にはオリンピックの代表にもなった大野龍二がいましたね。練習しても、けがばかりでした。1年生の夏には上岡(貞則)先生からマネージャー転向を打診されました」

鹿児島実業高校では3年間マネージャーとして選手を支えてきました。2段め右端が辻さん(本人提供)

鹿児島実業の選手は25人ほど。マネージャーはタイム計測など練習のサポートに当たります。「鹿実では練習スケジュールが当日にならないと分からないので、監督に確認して、部室で練習メニューを選手に伝えるんです。選手も『そろそろポイント練習かなぁ』と日々予想してましたね」。高1のときに都大路で3位。熱い青春ドラマのようなマネージャー生活だったそうです。

九州の高校同士で合同合宿があった際、選手のスカウトに訪れていた山梨学院大の上田(誠仁)監督(当時)に「マネージャーでウチに来ないか」と声かけられたそうです。卒業後は就職も考えていた辻さんですが、両親の勧めもあり大学進学を決意します。「あのとき背中を押してもらい、感謝しています」と、両親への感謝を口にしました。

大所帯の山梨学院大学での日々

山梨学院大には上田監督の言葉通りマネージャーとして入部。選手約80人という大所帯です。「80人いますから、やることはたくさんありましたね(笑)。まずは部員全員のスケジュールを確認するんです。けがをしている選手、その日治療に行く選手などを確認して報告します。給水はすごい量を準備してましたね(笑)。ストップウォッチもいくつか使いこなして、タイム計測も必死でした!」

左:モグス選手、右:モカンバ選手。留学生もマネージャーとして支えました(本人提供)

辻さんは3年生から2年間主務を務めます。ちなみに僕と辻さんは同い年。僕も駒澤大学で3年生、4年生と主務でしたので、この2年間は大会や関東学連の会議のたびに顔を合わせてました。まさか13年後に取材させていただくことになるとは(笑)。ご縁に感謝です!

「3年生で主務というのは、先輩の4年生にも練習のことや私生活のことで厳しいことを言わなきゃいけないときもあるので、大変だと思うこともありました。1、2年生のときは毎日が雑用でしたが、自分のやるべきことをしっかりやればよかったんです。主務になって、チーム全体がどうしなきゃいけないかを考えるようになりました」

当時の主将だった向井良人さんは同じ鹿児島県出身。熱い人で嫌われ役も買って出ていました。「ミーティングでも言うべきことを言いましたし、熱くて充実してましたね」。そのシーズンは箱根駅伝予選会からのスタートでしたが、箱根駅伝で総合2位に食い込みます!

3年、4年と主務を務め上げた辻さん。3年生の箱根駅伝では総合2位(本人提供)

「うれしかったですね! 苦しかった時期を乗り越えたので。4年生では試行錯誤したこともありましたが、プラスになってます。熱い気持ちやスピリッツを後輩に伝えることができました」

恩師・上田誠仁監督の三つの言葉

恩師の上田監督についてうかがうと「教育者ですね。とても勉強熱心な方で、よく読書をされますし、幅広い教養をお持ちの方です。哲学的な話もされますし、順天堂大学で体育学を学んでいらっしゃったので、理論的でもあります」。

辻さんが上田監督から聞いた言葉で、印象に深いものが三つあるそうです。

「何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ」
「疾風勁草知」
「驕るなよ丸い月夜も只一夜」

とくに「驕るなよ丸い月夜も只一夜」を、いまでも大切に心に刻んでいるそうです。ご自身への戒め、教訓であり、常に謙虚でいたいという気持ち、初心を忘れないという心意気が伝わってきました。

2004年4月の熊本選抜陸上でモグス選手出場に帯同。マサシ選手やワンジル選手も一緒に記念撮影(本人提供)

実業団では心の持ち方が違う

大学卒業後は実業団のトヨタ自動車陸上長距離部でマネージャーとなります。高校3年、大学4年、実業団で13年間とずっとマネージャーなので、35歳にしてマネージャー歴20年です! 若くしてすでに人生の半分以上をマネージャーとして選手を支え続けてきた辻さんですが、学生でマネージャーをしていたときと、いまの違いを教えてくれました。

「会社からお給料をいただき、仕事としてマネージャーをさせてもらってます。社員さんが頑張って車を作って、売上の利益の中から活動させていただいてるんです。会社の人、応援してくれる人に感謝し、常に謙虚な気持ちでいようと心がけてます」

マネージャーとして大切にしていること

辻さんがトヨタ自動車入社2年目の年に、佐藤敏信監督が就任しました。コニカミノルタでヘッドコーチを務め、ニューイヤー駅伝連覇に貢献してきた佐藤監督の就任は、辻さんにとってさらにマネージャー業を磨き、極めていくきっかけとなりました。「佐藤監督は本当に気がつく方で、マネージャーよりも気配りができる方ですね。そして周りの方への感謝をとにかく大事されてます」

マネージャーとして監督に認めていただくためにも、日々勉強。先を読んで準備し、物事を進めておくことを心がけているそうです。「感性を磨いて、細かい点に気がつくことですね。マニュアル通りだったら誰でもできます。相手のことを考えて前もって計画し、準備するのが大切です」

たとえば相手のことを考えて行動することに関して、こんな話をしてくれました。「経理に提出する書類を締め切りギリギリにためて出すのではなく、出来次第早めに、小出しに提出するんです。そうすれば相手の仕事が楽になります。相手のことも考えて思いやりを持って仕事をするのが大切ですね」

練習中、タイム計測をする辻さん(左)。佐藤敏信監督(右端)も選手の走りを見守ります(本人提供)

マネージャーの仕事は練習のサポートはもちろん、大会エントリー、合宿の手配、スケジュール管理、予算管理、メディア対応、会社との調整など多岐に渡ります。「マネージャーに必要なこと、経験してきたことは、どこにいっても通じると思います」と辻さん。

またマネージャーの喜びについては「選手がいい結果を出すとうれしいですし、自分が必要とされていると感じるときはうれしいですね」と話します。入社したころは選手より年下だった辻さんも、いまではどの選手よりも年上になりました。

MGCでマラソン五輪代表を決めた服部勇馬選手。辻さんは、レースはもちろん、取材や表敬訪問にも帯同しました(本人提供)

昨年9月のMGCでは、服部勇馬選手が2位に入り、東京オリンピックの男子マラソン代表に内定。服部選手への取材が殺到し、辻さんが取材対応の窓口となりました。服部選手の地元である新潟県十日町への表敬訪問。テレビ局、あいさつ回りなど、服部選手と佐藤監督に付き添った辻さん。服部選手や佐藤監督になるべくストレスがかからないように段取りし、準備を進め、取材もスムーズに。服部選手からも感謝されたそうです。

監督や選手からも厚い信頼

佐藤敏信監督にも辻さんについての話をうかがいました。「就任当初は厳しいことも細かく言いましたけど、成長してくれましたね。気が利くし、心くばりができ、察することができ、本当に助かってます。やるべきことをきちんと整理してますよ」

さらに「メディア対応でも選手たちにあいさつ、礼儀なども指導してくれます。駅伝やMGCの好結果を支えてくれている敏腕マネージャーです!」と、佐藤監督は辻さんの姿勢、働きぶりを高く評価されていました。

メディア対応に関して、辻さんはこんな話をされました。「会社の売上で僕たちは活動させていただいています。いい結果を出すことはもちろん、応援していただけるような選手、チームになるのが大事です。横柄な態度、悪い態度ではいけないんです。いい姿勢だと運も舞い込んできます。愛される選手に、愛されるチームになってほしいですね!」

寮で偶然お会いした安井雄一選手も辻さんについて「いつもテキパキ仕事をされていて、信頼できる方です。おかげで選手も競技に集中できます!」と、笑顔で話してくれました。

高校、大学でのマネージャー経験も「全部がつながってます。全部が生きてます」という辻さん。「ただ、自分はマネージャーで監督・コーチではないんです。選手も自分が育てたわけじゃない。選手が結果を出してくれるだけでじゅうぶんうれしいですし、マネージャーとして当たり前のことを淡々とやること。ミスをしないことを心がけてます」と、謙虚に話されました。

選手たちが集中できる環境をサポートし続ける辻さん。監督、選手からの信頼も厚いです(撮影・M高史)

そして、さらにマネージャーとしての心得について。「万が一、ミスをすることがあってもごまかさない。謝るべきときは謝る。マネージャーは信頼関係が大事ですから」と大切なことを教えていただきました。

感性、気配りの心に満ちあふれる辻さん。取材の最後は感謝の言葉でまとめてくださいました。「出身地である甑島には中学までしかなく、高校進学と同時にみんな島外に出るんです。親に感謝です。ありがたいです。信号もコンビニもない田舎にいて感性を培ったのかもしれませんね(笑)」

ニューイヤー駅伝で毎年優勝争いを続け、マラソン五輪代表選手も誕生した強豪・トヨタ自動車。選手の皆さんのたゆまぬ努力、名将・佐藤敏信監督の指導はもちろん、さらにチームを支える辻さんのサポートが縁の下の力持ちとして役割をまっとうしているのだと感じました。辻さん、お時間いただきありがとうございました!

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