陸上・駅伝

特集:第96回箱根駅伝

就任1年目で創価大に箱根駅伝シード権 榎木和貴監督が選手に授けた「本当の自信」

2020年2月、創価大学グラウンドにて(撮影・藤井みさ)

創価大学陸上競技部駅伝部は今年の箱根駅伝で9位となり、初めてシード権を手にした。昨年2月に就任したばかりの榎木和貴監督(45)に、大躍進の軌跡をうかがった。

第一印象は「さびしいチームだな」

榎木監督は中央大学時代に4年連続で箱根駅伝を走り、そのすべてで区間賞をとった。中大黄金期のメンバーだ。実業団で活躍したあとコーチ、監督を務めた。トヨタ紡織陸上部の監督をやめたあとは、地元の宮崎に帰って実家の仕事の手伝いをするつもりでいたそうだ。そんなときに創価大から誘いがあった。「いつかは大学の監督をやってみたい」と思っていたが、タイミングはいまじゃないとも感じた。それでも「やりたいと思ってもやれるものではないから」と、創価大駅伝部の監督を受けることにしたという。

榎木監督が就任した昨年2月、4年生が抜けたチームのメンバーは30人ほど。そのうち3分の2ほどが、けがや体調不良などで走れない状況だった。練習に参加したのは10人ほど。「さびしいチームだな、と思いましたね」と振り返る。

取材日はレース直後だったため、リラックスしてジョグに取り組む選手たちの様子が見られた(撮影・藤井みさ)

選手たちの「箱根を走りたい」「箱根に行きたい」という思いは強かった。しかし実態が伴っていなかった。まずは課題を洗い出すことから始めた。練習量が少ないということにいきあたる。箱根では21kmを走りきる力が必要だが、過去の予選会のデータなどを見ると、15km以降の走りに課題があると分かった。それまで選手の月間走行距離は500km程度。ポイント練習をメインにやっていく傾向があった。

「これじゃ到底戦えない」と感じた榎木監督は、選手に具体的な数値やデータを細かく示し、1カ月で最低750kmは走るという目標を掲げた。つなぎの練習、練習までの準備、体のケアやウォーミングアップなど、やるべきことを選手たちに示し、納得してもらってからスタートした。

全日本の選考会は会場の雰囲気に飲まれた

4月、5月はなかなか750kmを走れる選手が出なかったが、夏の走り込みの時期にこの距離をクリアする選手が徐々に増え始め、8月の夏合宿ではほとんどの選手が走れるようになった。合宿後の9月の法政大学記録会では、出場した6~7割の選手が10000mの自己ベストを更新。脚づくりができてきたのを証明できた。

箱根駅伝予選会に臨むにあたって、榎木監督は自信を持っていた。「6月の全日本大学駅伝(関東地区)選考会のときも練習できてて『これだったら5番に入れる』と思ってたんですけど、結局12番でした。大半の選手が会場の雰囲気に飲まれてしまった。本番でもぶれない『本当の自信』を選手に落とし込めてなかったんです。9月以降はそういう弱点が払拭されてました。やってきたことをしっかり出せさえすれば、必ず通過できるだろうと」

榎木監督は自信を持って選手たちを送り出した(撮影・小野口健太)

榎木監督は練習のたび、選手に対して「このタイムでいけば絶対に通過できる」と、自信をどんどん植えつけることに徹した。着実に練習を積んでいた選手たちは、このころから「真の自信」を持ってくれるようになったと榎木監督は振り返る。「だからといって過剰なプレッシャーはかけたくなかったので『最低でも5位以上で通過しよう』と選手たちには言いました」

10月26日の箱根駅伝予選会当日。予想外の暑さに苦しむチームが多かった。創価大は「天候に関係なく、決めた日に計画的に練習に取り組む」ことを徹底していたため、この日の条件にも動じずに走りきれた。結果として5位通過で目標を達成できた。

予選会後、箱根を走るチャンスに燃えた選手たち

予選会から箱根の本戦まで2カ月。予選会を走れなかったメンバーにも平等にチャンスがあると、選手たちに伝えた。チーム全体で熾烈(しれつ)なメンバー争いが始まった。

それまで10000mを28分台で走る選手はいなかったが、11月、12月の記録会では榎木監督の予想以上のタイムで走る選手が続出した。エースの米満怜(4年、大牟田)は八王子ロングディスタンスで28分30秒59の自己ベスト。「(米満は)28分台は出ると思ってたけど、まさか30秒とは。いい誤算でした。ほかにも原富(慶季、3年、福岡大大濠)や右田(綺羅、3年、熊本工)が、それまで(自己ベストが)30分台だったのが一気に28分台に入りました。チームで10人以上、29分台の選手が出てきました。選手たち自身が『俺らにもチャンスがあるぞ』という雰囲気になってきましたね」

八王子ロングディスタンスで快走した米満。彼を筆頭にチームのレベルが何段階も上がっていった(撮影・藤井みさ)

さらに、箱根駅伝前に必ずついて回るけがの問題だが、このころのチームは全体でも2、3人しか負傷者がいなかった。「それまでは練習に対しての準備や、けがから立ち直ってからの練習復帰までのプランにまったく計画性がありませんでした。ただ足が痛くなくなったから、練習に合流する。それではまた同じことを繰り返してしまいます。まず土台作りをしっかりして、けが明けはロングジョグから。朝練習ではグループ走を1週間以上と細かい決まりごとを作って、ある程度してからチームに合流するといったルールを決めていきました。それが実り、次第にけが人が減ってきたなと思います」

選手との対話を重視、定期的に個人面談

また、本戦に向けて記録会だけでなく、実業団やほかの大学の選手と走れる大会にも積極的に出るようにした。チーム内競争にとどまらず、最終的に目指すところはどこかを常に意識して、箱根駅伝までの時期を過ごした。

戦力が充実することによって、榎木監督にはうれしい悩みも出てきた。「箱根のエントリーメンバー16人を決めるのに、誰を削り、誰を入れるか本当に迷いました。最後は週替わりで勢いのある選手が出てきて、総監督、コーチ、私も頭を悩ませました。メンバーから外れた選手には『こういう意図を持って(別の選手を)選んだ』と説明して、納得してもらいました」

記者発表に臨んだ榎木監督。メンバー選びはギリギリまで迷った(撮影・藤井みさ)

このときに限らず、榎木監督は選手との対話を重視している。3カ月に1度ほど選手全員と個別に面談する機会を設け、目標設定、現状、方向性などを話し合うようにしている。話してみて初めて分かることもあって、コミュニケーションの重要性を改めて感じたという。

大舞台で走れる幸せをかみしめた

そして自分自身が走ったとき以来、20年以上経って戻ってきた箱根路。運営管理車から見ても、沿道の人の多さには圧倒されるものがあった。「改めて、選手は幸せだろうなと思いました。選手たちには常々、『箱根を走れば先々の人生が変わるよ』という話をしてます。私も指導者という仕事に就けましたし、箱根を走ることでプラスになる材料が増えてきます。箱根駅伝を走れることがどれだけ幸せか、選手たちもかみしめてくれたと思います」

1区米満(左)の快走は、全国の駅伝ファンを驚かせた(撮影・安本夏望)

その大舞台で創価大の選手たちは躍動した。1区の米満が残り500mでスパート。そのタイミングで合流した運営管理車からの榎木監督の声が刺激になったという。幸先のいい区間賞スタートは、選手全員のスイッチを入れるのに充分だった。往路が終わった時点で7位。「安心はできないと思いました。11位の東洋大さんとのタイム差もほとんどありませんでしたし(1分41秒差)、ギリギリかなと。往路以上に集中して、しっかりコントロールしていかないと簡単にはねのけられるな、と感じました」と榎木監督。

10区で出た「嶋津モード」!

復路にも力のある選手を残していた。9区の石津佳晃(3年、浜松日体)や10区の嶋津雄大(2年、若葉総合)は往路を走ってもおかしくない選手。しかし、ほかの選手の調子がもっとよかったため、押し出されて復路に回ったという。

だが、箱根は甘くない。7区終了時点で11位に落ちると、なかなかシード圏内に浮上できない。やはり壁は厚い。選手たちには「簡単にあきらめるんじゃなくて、強い気持ちをずっと持ち続けよう」と声をかけ続けた。

網膜色素変性症という病を抱える嶋津だが、榎木監督は「本当に手がかからない、自分でできる選手」と評する(撮影・藤井みさ)

そして10区の嶋津に11位で襷(たすき)が渡る。前を行く中央学院大との差は55秒。嶋津はものすごい勢いで走り始めた。「嶋津モードって呼んでるんですが、彼は試合になると自分の世界に入って、限りなく自分を追い込めるんです。本人の『絶対シードをとる』という強い気持ちがあって、『追いつくまではとにかく攻めよう』と入っていった。実は『じっくりいこうよ』と声をかけてたんですけど、無視で……(笑)。こんなに攻めたら後半苦しむだろうなと思ったんですが、10位の選手を抜いて、9位の選手が見えてきたことで元気になって、勢いでいってしまいましたね」。結果的に9位でゴールし、1時間8分40秒の区間新記録で区間賞をとった。榎木監督の想定より1分近く速いタイムだった。

大学として初めてのシード権を獲得した。目標の8位よりは一つ下だったが、榎木監督は選手たちを「よくこの高速化した駅伝で(シード権獲得を)達成してくれたな」とたたえた。一方で『この選手たちだったら達成してくれるだろう』という思いも、走る前からあったという。

1年目は90点、さらに高い目標へ

1年目から大きな目標に到達した榎木監督。新シーズンの目標は、トラックシーズンでは関東インカレに全種目でエントリーし、入賞者を5人以上出すこと。駅伝シーズンでは三大駅伝すべてに出て、出雲駅伝5位以上、全日本大学駅伝4位以上、箱根駅伝3位以上と定めた。「距離が長くなればなるほど、うちは優位になると思います。ほかの大学みたいにスーパーエースがいないので、またじっくり作っていきたいですね」

新シーズンはもっとたくさんの大会で創価大学のユニフォームが見られるに違いない(撮影・藤井みさ)

監督の1年目に、点数をつけるとしたら? 「100点あげたいところだけど、全日本を落としてるのと、箱根では目標より順位が少しずつ下だったので、90点ぐらいですかね。でも、できすぎですね」と、おだやかに笑う。

選手たちの視野も広がり、より楽しみな2年目はすでに始まっている。創価大学駅伝部の挑戦はこれからも続く。

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