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特集:東京オリンピック・パラリンピック

武庫川女大・荒井祭里 努力の人は「ノースプラッシュ」で日本飛込界初のメダルを狙う

昨年7月の世界選手権女子高飛び込みで荒井は東京オリンピック内定を決めた(すべて撮影・諫山卓弥)

1秒足らずの間に全神経を集中して美しい演技を見せ、水しぶきをあげることなく入水(にゅうすい)する。なぜ、こんなに美しく水に入れるのか。見ている側にとっても、その瞬間は非常に気持ちがよく、思わず感嘆の声が漏れてしまう。

身長150cm、体重38kgという小柄な荒井祭里(まつり、武庫川女子大1年・JSS宝塚、甲子園学院)の武器は入水だ。彼女の技術は世界トップクラスと言っても過言ではない。「ボン!」という音とともに、しぶきをほとんど上げずに水に入る。10mの高さから人が飛び込んでいるのに、不思議でならない。

甲子園大・板橋美波 信念を武器に絶望という壁を打ち破り、荒井祭里と五輪に挑む

ずば抜けたセンスがあったわけではない

オリンピック競技の中でも、競泳や陸上に並ぶ人気を誇るのが飛び込みだ。一瞬で魅せるという面白さ。水しぶきの量を見れば素人目にもいい演技だったかどうかが分かる、というのも人気の理由の一つだろう。

一瞬の美を追究する選手たちの練習は過酷を極める。一日に何十本も飛板や高台から飛び込むだけではなく、陸上でも回転の感覚を養うために宙返りのトレーニングを繰り返したり、体幹を鍛えたりと、練習時間も自然と長くなる。ときには1、2時間の陸上トレーニングのあと、さらに1、2時間の実践的な飛び込みトレーニングをすることもある。

そんな厳しい飛び込みの世界に、荒井は小学1年生で飛び込んだ。「小さいころから飛び込みのセンスがあったわけではない」と、荒井を指導する馬淵崇英コーチ。「センスはずば抜けたものではなかったんですが、彼女が素晴らしかったのは、努力。練習に対する姿勢です」

遊びたい盛りの小中学生のときから、毎日のように真摯(しんし)に練習に取り組んだ。馬淵コーチがストップをかけないと、やめないほど熱心に。それはいまも変わらない。

荒井はどんな演技でもつま先がきちんと伸びている(写真は昨年7月の世界選手権女子高飛び込み準決勝)

その努力が最初に花開いたのは中3のとき。全国中学校水泳大会の高飛び込みで、全国大会初優勝を果たした。さらに翌年のインターハイは、高1ながら優勝。その名が一気に全国区となった。日本代表に名を連ねたのは2017年から。2月に開催された国際大会代表派遣選手選考会で、2人で同時に飛び込む10mシンクロで優勝し、同年7月のFINA世界選手権(ハンガリー・ブダペスト)の代表となった。

夢にまで見た日本代表だったが、現実は厳しかった。代表選考会で出した得点なら入賞できていたにもかかわらず、得意の入水が乱れて得点を落としていった。決勝には進めたが、10位と思うような結果を残せなかった。「初めての世界選手権で思うような演技ができませんでした。緊張してしまった」と、当時高2だった荒井は声を震わせた。

国際大会で成長が加速、つかんだ東京五輪代表

彼女はここから急成長を見せる。その世界選手権のあと、9月に開催された日本選手権。高飛び込みで自己ベストとなる363.40点をマークして初優勝を飾った。この得点は、先の世界選手権でも6位相当のレベルだった。しかも、リオデジャネイロオリンピック8位の実績を誇る先輩の板橋美波(甲子園大2年、甲子園学院)の結果も上回った。その快挙に、荒井は馬淵コーチのもとへ駆け寄って涙を流して喜びを分かち合った。「いままででいちばん高い得点を出せて、しかも優勝もできて本当にうれしいです」。荒井の喜びが爆発した。

さらに翌18年のアジア大会(インドネシア・ジャカルタ)では、個人種目に初出場を果たし、高飛び込みで5位に入賞している。飛び込みの勢力図で言えば、中国がずば抜けて強い。世界選手権でもオリンピックでも、飛び込みのほとんどの種目でトップを独占するほどだ。次に北朝鮮、マレーシア、日本と続く。この荒井の5位は、中国、北朝鮮と世界の覇権を争う2国の選手たちに次ぐ順位だった。世界選手権でもオリンピックでも、荒井個人の実力は確実に8位入賞レベルにまで成長していた。

その勢いのまま、同年9月の日本選手権で優勝。荒井は日本代表に入ってからたった2年で、日本の女子高飛び込みの第一人者にたどり着いた。

昨春に武庫川女子大に進学したが、競技に専念するために休学を決めた。そして迎えた7月のFINA世界選手権(韓国・光州)。この大会は、東京オリンピックの出場権をかけた大会でもあった。高飛び込みの決勝に進めるのは12人。この12人に入れば出場権が手に入る。

大きなプレッシャーがかかる中、荒井は気負いすぎることなく、「いい感じで集中して飛べた」という演技で、準決勝を10位で通過して決勝に進出。ここで東京オリンピックの代表に内定した。

「コーチからは『練習でやってきたことをやれば大丈夫』と言われてました。ミスもありましたけど、それを考えててもしょうがないので、『気持ちを切り替えてやれることをやろう』と頑張りました。東京オリンピック代表に内定して、ほんとにうれしいです」

昨年7月の世界選手権で東京オリンピック出場をほぼ確実にし、馬淵コーチ(右)、先に内定した寺内健(左)に祝福される荒井

努力に努力を重ねた先に“ノースプラッシュ”

前述の通り、荒井の武器は入水だ。飛び込みはいかに空中の演技がきれいでダイナミックであっても、入水が乱れてしまうと高得点は出ない。演技の締めでもあり、この競技の最も重要な要素が入水なのだ。

もちろんそれだけではない。飛び込みの演技は前や後ろに宙返りしたり、ひねったりする。その際、演技の質に関わるのが足先だ。実は宙返りをするとき、つま先をピンと伸ばして、脚を一直線にするのは非常に難しい。世界のトップ選手ですら、足首が曲がってつま先が上を向く選手もいるくらいだ。

荒井はどんな演技でもつま先がきちんと伸びている。こういった細かい技術はセンスではなく、コツコツと積み重ねてきた努力の量に比例する。荒井は努力の虫。彼女が武器とする演技の美しさと水しぶきを上げない入水技術“ノースプラッシュ”は、磨かれるべくして磨かれたのである。

今年2月、荒井は国際大会代表派遣選手選考会で高飛び込みを制し、4月21~26日に東京アクアティクスセンターで開かれる予定のFINAワールドカップの代表権を得た。会場も含めて、東京オリンピックの前哨戦とも言える重要な大会だが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、3月23日に延期が決まった。

荒井はいまこの瞬間も努力を積み重ねている。武器である演技の美しさと入水をさらに磨く時間は十分にある。荒井のひたむきな姿を見ていると、飛び込み界の悲願であり、荒井の目標でもあるオリンピックのメダル獲得という快挙も夢ではないように思える。なぜなら「努力は裏切らない」のだから。

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