水泳

特集:東京オリンピック・パラリンピック

200m個人メドレーの中大・大本里佳 東京五輪を見すえて耐え、手にした強さ

7月の世界選手権女子200m個人メドレー準決勝で力泳する大本(撮影・諫山卓弥)

今年に入ってから、大本里佳(中央大4年、立命館)は絶好調だった。1月にオーストラリア・アデレードでの大会で、出場した6種目すべてで自己ベストを更新。しかも、本命にすえている200m個人メドレーでは、日本水泳連盟が定める国際大会代表派遣標準記録を大きく突破する2分9秒93をマーク。この記録は、世界選手権をはじめとする世界大会で十分にメダル獲得の可能性があるほどのハイレベルなタイムだった。

「私は大丈夫。必ずベストを出せる」

4月の日本選手権。波に乗った大本は激戦区と言われる女子200m個人メドレーで自己ベストをさらに更新し、2位に。東京オリンピックの前哨戦ともうたわれた7月のFINA世界選手権(韓国・光州)への切符を手にした。5月にはオーストラリアでの日本代表合宿の期間中に練習の一環として出場したシドニーオープンで、日本選手権で出した自己ベストを1秒27も更新する2分8秒64をマーク。たった半年もの間に2秒以上自己ベストを更新するという絶好調ぶりを見せた。そのとき、好調な理由を聞かれた大本はこう答えていた。

「去年に比べてレベルの高い練習ができたことが、一番大きな理由だと思います」

練習で泳ぐタイムが明確に速くなり、さらに自分の成長を自分自身がしっかりと実感できていれば、必ず過去の自分は超えられるもの。しかしその実力を大事な場面で発揮するということは、そう簡単にできるものではない。 これは“練習はできているのに、実力を大会で出しきれない”という、アスリートが直面する悩みの種になっている場合もある。ところが、大本はそれをあっさりと成し遂げてしまう。さすがに日本選手権では「緊張してました」と言ったが、自分がやってきた練習の成果を出しきり、いま持っている100%の力を出しきったのである。

「私は大丈夫。必ずベストを出せる」。そんな確固たる自信を持てたことが、大事な大会でも実力を出しきり、大本が理想の結果を残せたひとつの要因でもある。

大本(左端)は4月の日本選手権女子200m個人メドレーで準優勝を手にした(撮影・諫山卓弥)

「2年耐えろ」と言った堀之内コーチを信じて

大本は中学3年生で出場したジャパンオープン2012で、社会人や大学生の日本のトップスイマーに混じって200m個人メドレーで4位になった。その2年後の14年には、パンパシフィック水泳選手権(オーストラリア・ゴールドコースト)に高校2年生で出場を果たした。ジュニア時代から名の知られた選手であり、前途を嘱望されていた。だが世界選手権やオリンピックには出場できず、“ジュニアの中では速い、将来有望選手”という枠からなかなか抜け出せなかった。

転機は中央大進学後に訪れた。地元の京都を離れ、兄も通っていた中大に進むと同時に師事するようになった堀之内徹コーチとの出会いだ。

当時の大本はウェイトトレーニングは一切しておらず、腕立て伏せすら、ろくにできない状態だった。泳ぐトレーニングだけで速くなっていた。まさにセンスだけで勝負をしていた選手だったのだ。ジュニア時代はそれでもよかったかもしれないが、そのままでは世界で戦うなど夢のまた夢。そこで堀之内コーチは大本に対し、世界で戦うためのマインドセットの方法から必要なトレーニングについてじっくりと話をした。その中で異色だったのが、このひとことだった。

「結果が出るまでには2年近くかかると思う。頑張れるか? 」

実質2年間は記録が出ない可能性がある、とコーチが選手に告げるのである。前代未聞とも言えるが、大本が目標とするオリンピックで戦うためには必要な時間だったのだ。

堀之内コーチの言葉に、大本は「はい」と答えた。なぜなら、大本の芯には『オリンピックに出て戦いたい』という確固たる信念があったからだ。16年、リオデジャネイロオリンピックの出場がかなわなかったその日から、大本は20年東京オリンピックだけを夢見て、目標にしてきた。東京オリンピックのためなら、どんなことだって耐えられる。そんな強い芯を大本は持っていた。だから堀之内コーチも、あえて厳しい言葉をかけたのである。

その大本と堀之内コーチの間に生まれた絆を強固にしたのが、今年の結果だ。2年以上の時間をかけ、筋力もテクニックもアップし、年間のトレーニング計画、大会へのピークの持っていき方などを含めて、大本に堀之内コーチが世界を相手にして戦う選手の心得を説いた。それが実を結んだことで、大本にとっても自分がやってきたこと、辛抱してきたことが間違っていなかったという確信が生まれた。そして堀之内コーチと一緒にやっていけば結果を出せる、という強い信頼と絆につながった。

メダルは来年にとっておく

7月に韓国・光州で開催されたFINA世界選手権で、大本は初出場ながら200m個人メドレーで決勝進出を果たし、5位に食い込んだ。記録は自己ベストに届かなかったが、「充実感があります」と言った。世界という大舞台にも物怖じせず、自分のいまの実力を出しきった。

7月のFINA世界選手権で、東京オリンピックへの手応えをつかんだ(撮影・諫山卓弥)

「(堀之内)先生は『ここまで本当に長かったけど、やってきたことを信じてやれば大丈夫だよ』って言ってくれました。自然と体が動いて、自分の強みである前半から攻めるレースができたので、かなりよかったかなと思います」

そして、1年後の東京オリンピックに向けてこう付け加えた。

「隣の選手が韓国の選手だったので、入場のときからすごい声援があったのを聞いてました。来年、自分が東京オリンピックに出たときには、日本のみなさんがこういう大きな声援をくださったらうれしいな、と思いながら入場しました。来年、自己ベストを出すことができれば、世界という舞台でも確実にメダルがとれると思います。どの選手もそうですけど、決勝でタイムを伸ばせた選手が表彰台に上がってます。だから来年こそは自分がそうなれるように頑張りたいです。今回は5位でしたけど、メダルは来年にとっておきたいと思います」

大本の確固たる信念と自信には、何ひとつ揺らぎなどないことが伝わった。
大本なら、きっとやってくれる。

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