東洋大ボクシング・堤駿斗 村田諒太、井上尚弥の人間性を追いかけて
今回はボクシングで東京オリンピックで金メダル、その先に世界王者を夢見る東洋大の堤駿斗(はやと、2年、習志野)です。
あの日の村田諒太にあこがれて
リング上で金メダルを首からかけ、拍手喝采を浴びる村田諒太(当時・東洋大職員、現・帝拳、WBA世界ミドル級王者)の姿はあまりにもカッコよかった。当時13歳だった堤はいまも、ロンドンオリンピックのことをはっきりと覚えている。
「村田さんが金メダルをとる姿を見たのは、僕にとっては大きかったです。そのあとプロになり、世界チャンピオンになる道にもあこがれました」。堤は目を輝かせて、こう語る。
堤は小学生5年生のときに兄の勇斗の影響で極真空手からボクシングに転向した。中学時代は地元千葉の本多ジムで練習を積み、すっかりのめり込んだ。ボクシングはただの殴り合いではない。技を磨いたアスリートが明確なルールの下、リング上で戦うスポーツである。
「ボクシングは技術がないと上にはいけません。そこが魅力なんです」
堤の原点はここにある。高校の名門である習志野(千葉)ではインターハイ、国体、選抜大会と全国6冠を達成。勲章はそれだけにとどまらない。2016年世界ユース選手権で日本勢初の金メダルを手にすると、アマチュアのナンバーワンを決める17年全日本選手権でも頂点に立つ。高校生での大会制覇は、現WBA・IBF世界バンタム級王者の井上尚弥以来となる快挙だった。
金メダルをとってからでもプロは遅くない
高校から直接プロの道に進めば、早いタイミングで大きな舞台を用意してもらえたかもしれない。それでも「影響を受けた」という村田のキャリアをなぞるように東洋大へ進学した。
「僕が現役中に日本でオリンピックが開催されることなんて、もうないと思います。プロで世界チャンピオンになるのは、来年金メダルをとってからでも遅くはありません」
明確な目標を掲げて東洋大ボクシング部に入り、自らのボクシングの幅を広げた。東洋大の三浦数馬監督は堤の実力だけではなく、謙虚に取り組む姿勢をたたえる。「聞く耳があって、吸収力がある」。高校と大学のレベルの差に苦しむ選手も多い中、堤はいとも簡単にその壁を打ち破っていった。ハイレベルな関東大学1部リーグ、そして国際舞台の経験を積むことで、強くなり続けている。高校時代は果敢に攻め込み、打ち合いに挑んで倒しにいくことが多かったが、いまは変幻自在に戦い方を変えているという。
「強い相手がいっぱいいますから。海外の選手は体が強いですし、なかなか自分のパンチも効かない。インファイトだけでなく、アウトボクシングもしっかりします。相手、状況に応じて、冷静に戦えないといけません」
桑原拓も認めるジャブの速さ
大学1年生のときには屈辱も味わった。男子バンタム級の日本代表としてアジア大会に出場したが、まさかの初戦負け。高校1年生のとき以来の黒星だった。今年5月、ロシアでのコンスタンチン・コロトコフ記念国際トーナメントは、あの負けからの成長を示すチャンスだった。
「何としても勝ちたいと思って臨みました。大きな舞台で優勝できたことは自信になります。パンチをもらわずに打つという僕のボクシングが通用しました」
国際舞台での優勝で得たものは、確かな手応えだけではない。オリンピック予選の出場権をかけて争う11月の全日本選手権の推薦枠(57kg級)も獲得。新たなメダルを手に入れたあとも、関東大学1部リーグで格の違いを見せつけた。東洋大が悲願の初優勝を決めた7月13日の最終戦では、出入りのスピードと切れのある左ジャブで相手をまったく寄せ付けず、圧巻の5-0での判定勝ち。その日、会場に訪れていた新進気鋭のプロも、堤の鋭いリードブローには舌を巻いていた。プロ5戦5勝(4KO)の桑原拓(24、大橋)は東京農業大時代に、当時高校生だった堤とスパーリングしたことがあり、その技術力の高さを認めている。「相手はあのジャブが見えてないと思いますよ。とにかく速い。ノーモーションで飛んでくる感じなんです。僕もやられました」
井上尚弥の謙虚さに心を打たれた
堤は間合いの取り方が抜群にうまく、自分のタイミングでパンチを繰り出せる。「大事にしているのは駆け引きです」。絶対の自信を持っている部分だ。技術力の高さは、現役プロの世界王者も称賛するほど。今年3月には井上にスパーリングパートナーとして呼ばれ、大橋ジムで手を合わせた。世界のトッププロから学ぶことは多かった。技術はもちろんのこと、井上の思わぬ言動に心を打たれた。受けたパンチよりも、かけられた言葉よりも身に染みた。
堤はジムを去るとき、井上を囲む報道陣の輪の外から「ありがとうございました」と言って頭を下げた。堤の声を耳にした世界チャンプはすっと立ち上がり、堤をまっすぐ見て「きょうはありがとう」と返してくれた。堤は言う。「井上尚弥さんは取材中でしたし、座ったままでも挨拶(あいさつ)はできたはずです。それでも大学生の僕に対して、しっかり立ち上がって『ありがとう』って言ってくれたんです。あらためて、僕も強くなってもおごらない姿勢を大事にしたいと思いました」
東洋大の大先輩である村田にも、同じように感じさせられた。7月12日に大阪で世界王者に返り咲いた翌日、生々しい傷が残る顔にテープを貼り、関東大学リーグの最終戦を戦う母校を応援するために後楽園ホールに足を運んでくれた。試合後は三浦監督をはじめ、コーチ陣に挨拶し、選手たちを労いながらアドバイスしていた。ただリング上で強いだけの人ではない。堤もいつも気にかけてもらい、「頑張ってね」と言葉をかけられるという。20歳のエリートボクサーは、偉大な先輩の背中をしっかり見ている。
東京オリンピックの代表を決める11月の全日本選手権では優勝候補筆頭に挙がっている。それでも堤はおごることなく、地に足をつけて頂点を狙いにいく。