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連載:私の4years.

キャプテンとして感じたチーム作りの難しさ 元立命館大学応援団副団長・大西真菜美3

4回生のときのチームのメンバーと(中央が筆者、写真はすべて本人提供)

「私の4years.」13人目は、元立命館大学応援団副団長の大西真菜美さん(24)です。大学に入り、チアリーディングと応援団の両方に全力で取り組んでいた大西さん。5回連載の3回目は、大学時代最も悩んだキャプテンとしての「チーム作り」についてです。

応援団とチア活動の両立の難しさ

立命館大学応援団PeeWeeS!は、基本的に4回生の夏(8月)の全国大会(JAPANCUP)が最後の大会となり、チームの目標は「全国大会でのメダル獲得」です。しかし、長年叶(かな)えられておらず、道のりはなかなか厳しいものでした。

応援団の活動と並行してチアリーディングの活動を行う状態。毎日多忙なスケジュールの中で演技を完成させるのはとても大変で、時間があまりにも少なかったのです。また、立命館大学は学部もキャンパスもたくさんあります。部員たちは各キャンパスから授業後にシャトルバスに乗り、大阪の茨木キャンパスに集まって練習。練習後には終電間際まで、外でミーティングをしていました。滋賀や神戸など遠方に住んでいるメンバーもいたので、かなり体力面でも大変な状況でした。

メダル獲得を目標に、チーム全員で取り組んでいきました

その中でもチアを続けていくには、個々の体力づくりと自己管理が大切でした。授業の合間にジムに行ったり、体をケアしたり、応援団の活動で忙しくなる9~12月に備えてチアリーディングの基礎を固めたりしていました。

キャプテンとしての苦悩と焦り

4回生となり、学生ラストの年。目標の全国大会でのメダルをなんとしてもつかみ取りたい、と強く思っていました。私はキャプテンを任され、仲間とより密な関係を作るにはどうすればいいのか日々模索していました。その中でも大変だったことは、高校のコーチ主体とは違って「学生主体」だったことや、前述の通り「時間が足りないこと」です。

高校の場合はコーチがチーム全体に喝を入れる瞬間が多々あったのですが、大学では自分たちでお互いを叱り、自らで喝を入れなければなりません。選手ではない第三者から喝を入れてほしい瞬間や、注意をしてほしい瞬間は実際多々あります。そこを同じ選手として、キャプテンとして、どういう言葉でチームに伝えるか、アプローチのかけ方がとても難しかったです。

一人ひとりのメンタルをケアしきれなかったことも、悔しい結果の原因かと思います

大会の結果からお伝えすると、その年の全国大会(JAPANCUP)ではミスがあり結果は5位。悔しい結果で幕を閉じました。ミスの原因はメンタルだと思います。メンタルは練習で構築していくものだと私は思いますが、練習でのチーム内でのプレッシャーなどが影響して、一人ひとりが堂々と演技をできない雰囲気になってしまっていたと思います。

思い返すと、演技(技)がうまくいかなかったときに問題解決をしようとするあまり、1人に対して問い詰めてしまうことが多々ありました。そして自信喪失してしまうメンバーもいました。これこそがメンバー全員の個性を存分に活かすことができない環境にしてしまっていた原因だと思います。

そして焦りから、いつも体育館を利用できるギリギリの時間まで練習で使い、その後は外でミーティングという日々が続き、メンバーの体のケアをする時間が全くありませんでした。その結果、けが人がとても多い状態になってしまっていました。

練習後にバイト、通学時間=睡眠時間

今考えると私はまだ学生主体のキャプテンとしては未熟であり、「今だったらこうしているのに」と思う部分がたくさんあります。でもこの経験があったからこそ、その後自分自身が変わることができました。

自分の未熟さを感じられたからこそ、変わることができました

とにかく時間がない、時間がないと書いてきましたが、私自身は飲食店のバイトを夜勤で行っていました。練習後に12時ごろから出勤し、翌日の8時までの勤務。そして、帰宅し寝る暇もなく電車に乗り、2時間の通学。通学時間は睡眠時間で、電車の中では爆睡していました。こんな生活でよく体を壊さなかった、と私自身感心します。また、バイトをしていたことがリフレッシュになっていたのかもと今では思いますが、「もう一度この生活をしてみて」と言われても、絶対にできません(笑)。

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