野球

連載:野球応援団長・笠川真一朗コラム

立命館大主将・橋本和樹「この1年をプラスに」ラストイヤーへの強い思い

キャプテンとして、橋本はこの期間に自らを見つめ直し、チームのことを誰よりも考えている(今年春、マネージャー撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、通常通りの春季リーグ戦の開催は厳しいという判断を下した関西学生野球連盟。無観客試合や中止など、あらゆる可能性を含めたうえで、5月末もしくは6月初旬の臨時常任理事会で改めて決定される予定だ。

全日本大学野球選手権も中止が決定するなどの状況下で、大学生はどのような日々を過ごしているのか。立命館大学硬式野球部主将・橋本和樹内野手(4年・龍谷大平安)に電話取材した。チームの主将であり、4番・ファーストに居座るスラッガー。大学入学後から早々に試合に出場。2年の春には打率0.485の好成績を残し、首位打者を獲得。外野の間を抜く鋭い打球と安定感のある正確な守りが魅力だ。プレー、姿勢の両方でチームを力強く牽引している。

監督から与えられた課題で自分を見つめ直す

同校硬式野球部は4月3日の全体ミーティングでの顔合わせを最後に、4日から自粛期間に入った。各部員が実家や寮でオンライン授業を受けながら、それぞれ身体を動かし続ける日々を送っている。最後の全体ミーティングでは後藤監督が「毎年、ドラフトにかかってプロに行く選手がいながら、なぜ全国大会で勝ち切ることができていないのか。そこを一人ひとりが考えてみてほしい。この期間は人間として、野球人として成長できるチャンスだと思って、考えながら1日、1日を過ごすように」と、部員全員に課題を与えた。

4月3日までは練習試合なども行い、リーグ戦に備えていた(今年春、マネージャー撮影)

主将を務める橋本はその課題を受け、「大学選手権が中止になったと聞いたときはモチベーションは正直下がりました。目指していた『日本一』という目標が絶たれたことはショックでしたね。でもすぐに切り替えて、個人でどれだけ自分にとって良い時間を積み重ねられるかが大切だと思いましたし、そこでこのチームの実力が試されます」と日々、自身のトレーニングに取り組んでいる。主将としてチームに何ができるのか。そしてひとりの選手としてどのように成長していくか。とにかく自分自身を見つめ直した。

「自分にやれることは全部やりたい」

橋本は、これまであまり読むことのなかった本を手に取り、読書を始めた。「自分の気持ちをもっと上手に伝えられるようになりたい」と思ったからだ。読書を始めて早速、ヒントを得た。部員全員と意思の疎通を図るために、日ごとにグループを分けてビデオ通話をすることから実践してみた。「チームメイトのことは信頼してるので、そんなにいっぱい会話をするわけじゃないんですけど。『授業どう?』とか『どんな練習してる?』とか、ゆるい会話から始めました。でも振り返ってみると、あまり深く話したことのない後輩とかもいたので、部員全員とコミュニケーションを取ることの大切さを改めて気付けました。チーム全体が良い方向に進めるように僕自身も工夫している最中です」。

部員全員と連絡を取るのは大変なことだ。自分の練習時間をしっかり確保したうえで橋本はチームに対しても目を向けている。チームの主将はひとりしかいない。「自分にやれることは全部やりたい」。取材中、何度もその言葉を発していた。

昨年春の全日本大学野球選手権での橋本。懸命なプレーが目に留まった(撮影・佐伯航平)

読書で得たヒントをもとに実践してみることで、気づけたことがある。「考え方の引き出しがすごく増えました。今までは練習中でもガミガミ口うるさく伝えることが多かったんですけど、それだけじゃ気持ちはうまく伝わりません。もともとこのチームは個性的でわがままな選手が多いんです。それに対して僕がガミガミ言ってもあんまり響かないので。『どうやったら話を聞き入れてもらえるか』、『どうやったらわかりやすく伝えられるか』。意識して実践したことで少しずつ僕自身も変われてるのかなと実感しています」

練習をするのは「試合に勝つため」

もちろん技術面やフィジカル面にも力を入れている。3月までに行われた試合などから自分を振り返り、改めて分析することで課題もはっきりと見えた。自分に足りない部分を強化していくためにトレーナーに相談し、身体の部位ごとにわけて様々なメニューを組んでもらった。毎日そのトレーニングを繰り返していく。実戦に近い練習から遠ざかることで、懸念されることも多々ある。だからこそ、下を向いている時間は橋本にはない。

「実戦ができてないので、自分の調子がどういう状況にあるかもいまいちつかめないのは悩ましいです。それでも、練習が再開したときにスムーズに入れるように、試合に向けてすぐ対応できるように準備はしっかりします。試合で勝つこと、結果を残すことはそれまでの準備が大前提なので、始まってから後悔しないようにしておきたくて。自分の心と身体としっかり向き合える時間が増えたのはすごくプラスになってます」と、その口調からは熱意が伝わってきた。何のために練習をしているのか。それは「野球をやるため」ではなく、「試合に勝つため、活躍するため」だ。

この1年をマイナスにしたくない、と橋本は語る(撮影・佐伯航平)

橋本はとにかくマイナスになるような時間を過ごしたくないと言う。「こんな状況になってしまって思うことはたくさんあります。でも考えても仕方がないです。運が悪いと思うしかないです。普通にリーグ戦ができてたのも当たり前じゃないと思いました。できれば最後の1年なんで普通にやりたかったです。でも、後から振り返ったときに、この1年は全国の誰にとっても『忘れられない1年』になるはずです。良くも悪くも。どうせ忘れられない1年になるなら、僕は振り返ったときに『あの1年がプラスになった』と胸を張って笑ってたいです。ここで腐ると何のプラスにもなりません。後輩にも示しがつきませんから。こういう時にどうやってチームを作っていくか、見本になるように行動したい。自分のために良い時間を過ごせれば、個人で収穫があれば、それをみんなができれば、自然と良いチームになるんじゃないかと僕は信じています。僕自身も新しいことに挑戦してみて、勉強になることがいっぱいありました。確実にプラスになっています」

橋本の現実を受け止めたうえでの前向きな言葉には、人としての強さを感じる。野球に打ち込む学生はたくましいと改めて実感した。取材を通して気付いたのが、橋本は個人のことよりもチームに対する発言のほうが圧倒的に多かったということだ。そんな立派な主将の姿には心を打たれた。

前を向きながらも、最悪の事態も考えて

春の目標は絶たれたが、まだ最後まで終わったわけじゃない。「正直、春はリーグ戦があっても日本一にはなれない。もちろん開催されれば目の前の試合は絶対に全力で戦います。試合がやれたら本当に嬉しいです。ただ、チームの目標は秋の日本一。まだまだ予断を許さない状況は続いていますが、秋のリーグ戦も神宮大会もあると信じてやるしかない」。秋の開催を信じて橋本は前を向いている。

しかし、それと同時に考えることもあった。「これは正直、想像もしたくないですけど、秋も通常開催ができない可能性もあります。どうなるか先のことがまったくわかりません。もし仮に秋がなかったとしても、何も残せないままこのチームで終わりたくないです。その時は後輩たちの力になれるように、伝えられることは伝えて引退したい。それが先輩として野球人としてのあるべき姿だと僕は思っています」と、最悪の事態まで視野に入れていた。

最悪の事態も想定し、それでも橋本は前を向く(撮影・佐伯航平)

何が起こるかわからない状況で、極力、前向きなことを考えるようにする。それでも想像したくないことが頭をかすめることも必ずある。ただ真っすぐに部活動に打ち込めればそれが最も良いが、今はそうもいかないのが現状だ。考えたくないようなこととも向き合い、何かが起こったときのために事前の想定はしておく。常にチームのことを考える主将の言葉はとても重たくて、伝わるものがあった。

4年生にとって最後の学生野球、力を合わせて

橋本は卒業後、関西の企業で社会人野球を続けることが決まっている。チーム内では野球を続けたくてもまだ決まっていない部員もいるとのこと。焦る人は当然いるし、昨年の秋の時点で就職活動に専念する人、この春で引退する人、秋まで就職活動と野球を両立すると決めた人、サポートに回った人。4年生にとってこの1年は特に、自分と向き合いながら人生の選択をして社会人になっていく。

この選択は人生の別れ道で、簡単に答えを出せない人もいる。そしてこの状況だからこそ学生にとって非常に大きな影響を及ぼしている。本当に難しいことだが、必ず選択しないといけない。ただ、どんな立場であれ、4年生にとっては「人生最後の学生野球」に変わりはない。「状況は人それぞれですが、選択は自分でするしかない。この状況は変えられないので……だからこそ、お互いの立場をしっかりと理解して、笑って終われるように、みんなで力を合わせて頑張ります」と橋本は口にした。

やっぱり野球が好きだから

最後に橋本に聞いてみた。
「何が橋本を頑張らせているのか」。

答えはシンプルなところにあった。
「やっぱり野球が好きやからです。それは今回、本当に思いました。練習がないと落ち着かなくて身体をずっと動かしてしまうし、身体がなまるのを無意識に嫌がってるんですよね。結局、野球。『しっかり寝ないと』とか『しっかり食べないと』とか、生活の基本が野球になってるんです」。橋本を突き動かす原動力は、心の根っこにある野球への深い愛情だった。大好きなことや打ち込めることがあること。もしかしたら、それがあるだけでも幸せなことなのかなと思えてきた。

頼れる背番号1は、野球を愛する心でチームを引っ張っていく(今年春、マネージャー撮影)

続けてこれからのことを話してくれた。「練習が解禁したら、それはもうみんなで思いっきり楽しみたいです。真剣に楽しみたい。溜(た)まってたものをグラウンドで爆発的に出したいですね」。並々ならぬ決意やパワーを感じる口調に鳥肌が立った。どうか、早めに実現することを願っている。

先が見えない今の状況は学生にとって、とても酷な状況だ。それでも心を折ることなく冷静に現実を捉えて、そのうえで希望を語り、努力を続けるひとりの主将に大人の僕が背中を押された。

全国には他にどんな思いを持った大学球児がいるのだろうか。自粛が解けた後、グラウンドで躍動する姿を想像すると、試合が行われることを想像するとワクワクした。それは僕だけじゃないはずだ。多くの人がその姿を見れる日を待ちわびている。楽観的なことを言っているのかもしれないが、前向きに練習に打ち込んでいる大学生の行動や言葉を聞いてると自然とそう思えてくる。大学野球の素晴らしさに、またひとつ気付くことができた。ありがとう、とお礼を言いたい。

ひとりひとりの学生にとって、ひとつでも多くの過程が報われることを心から祈っている。

野球応援団長・笠川真一朗コラム