大学陸上・駅伝

30歳で初の箱根駅伝へ 元体育教師の駿河台大・今井隆生が「魂の走り」を貫く

今年8月で30歳になる今井は、駿河台大3年生として初めての箱根駅伝を目指している(すべて撮影・松永早弥香)

今年の3月末までは体育教師として中学生を指導していた。胸にあるのは2つの思い。心理学を学んでこれからの子どもたちに寄り添っていく。もう一つは、初となる箱根駅伝を駆ける。8月に30歳となる今井隆生は駿河台大学の3年生。自己啓発等休業制度を利用し、2年限定の挑戦を始めた。

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6月20日、駿河台大駅伝部のメンバーは10000mのタイムトライアルに臨んだ。第1集団を徳本一善監督が自ら引っ張り、最初の1000mは2分56秒。最初こそ今井は第2集団にいたが、5000m過ぎには第1集団へ。そこから集団を抜け出し、他の選手に引いてもらいながらペースを刻んだ。この日は練習を再開してからまだ3週間程度という状況ではあったが、今井を含む数人が29分台を記録。今井が苦しさで顔をゆがめながら走る姿を、選手たちは親しみを込めて「魂の走り」と呼んでいる。「今井さん、今日も魂出ていましたね!」と声をかけられれば笑顔を返す。選手としてはもちろん、先生としても、負けられない。

北京五輪を見て、トライアスロンに転向

中学、高校時代は陸上をしていた。しかし2008年、高3の夏にあった北京オリンピックで、井出樹里が日本人トライアスロン選手として初めて5位入賞を果たした姿を見て決意。日本体育大学ではトライアスロン部に入った。3、4年生の時には関東学生トライアスロン選手権で準優勝を果たし、日本学生選抜にも2度出場。さらに日本トライアスロン選手権でも上位になれる力をつけたいと考え、日体大卒業後は飯島健二郎監督が率いるチームケンズに進んだ。

井出樹里や佐藤優香など国内トップ選手とともに練習を重ねての1年目に、関東トライアスロン選手権と日本デュアスロン選手権 U23で優勝し、ITU世界デュアスロン選手権 U23では8位を果たす。しかし目標としていた日本トライアスロン選手権では23位に沈み、壁にぶち当たった。「追い込んで厳しい練習を重ねたのに23位。どう頑張ってもトップ10に入る姿が見えなかったんです」。その後もトレーニングを継続したが、飯島監督に「トライアスロンでは食べていけないから、他の道を考えた方がいい」と声をかけられた。厳しい言葉ではあったが、プロの厳しさを知っている飯島監督だからこその重みがあった。

日体大で保健体育の教員免許をとっていたこともあり、2015年からは臨時採用で教師としてのキャリアを始め、トライアスロンは翌16年の日本トライアスロン選手権を最後に引退。同年には埼玉県の教員採用試験に合格し、17年より飯能市内の中学校で働き始めた。

これからの体育教師に求められている力を

保健体育の先生として子どもたちと向き合い、部活動では陸上部の顧問を務めた。自分が教わってきたことを教育の現場に生かしていたが、不登校の生徒に対して思うように導けず、悩んだ。「僕はある種の根性論で鍛えられてきたけど、今の子どもたち、さらに次の子どもたちにはもっと寄り添った指導が求められています。だから教育相談やカウンセリングなどを学ぼうとしたら、今が最後のチャンスじゃないかって思ったんです」。そして同じ飯能市にある駿河台大で心理学を学ぼうと決意した。

根性論ではなく寄り添う指導が、これからの教育現場には必要だと痛感させられた

自己啓発等休業は赴任先の学校に籍を置いたまま、大学等における修学もしくは国際貢献活動ができるという制度。今井は前者にあたるが、大学院ではなくあえて大学を選んだのは箱根駅伝を走りたいという思いがあったからだ。

駿河台大駅伝部の徳本一善監督には偶然、14年にあったトライアスロン試合会場で出会い、「走る練習がしたいんだったら、うちのグラウンドに来てもいいよ」と言ってもらえていた。翌15年には飯能市内での勤務が始まり、市内に引っ越してからは週末、学生たちのそばでときには徳本監督にも指導してもらいながら今井もグラウンドを走っていた。トライアスロンを引退してからは市民ランナーとして走り、18年の大田原マラソンでは2時間28分32秒で優勝。派遣されてパリマラソンも経験し、翌年の大田原マラソンでは2時間23分23秒と記録を更新している。

今井は日体大進学を機に陸上から離れたものの、高校時代に不完全燃焼で陸上を終えてしまったという思いがずっと胸にあった。4年生だった13年に、日体大は30年ぶりとなる箱根駅伝優勝を果たしている。月日が流れ、もしかしたらその大舞台に手が届くかもしれない。だったら挑戦したい。これが限界、という気持ちをもう一度味わいたい。そんな思いで、徳本監督とともに箱根駅伝を目指す決意を固めた。

みんなの兄貴分

1年生とは11歳も年が離れている。さらに今井は学生ではあるものの、元々は中学校の先生だ。学生たちは全員、今井に対して敬語を使っている。その一方で今井は「僕は3年生で、4年生は先輩だから」と、4年生に対して敬語で接している。

みんなのお兄ちゃんとして背中を見せ、発言し、一緒に苦楽をともにする

選手たちとは近すぎず遠すぎずの距離を保つ。「僕もふざけるのは好きですけど、一線は踏み外さない。練習でもポイント練習ではしっかり存在感を示すし、ダウンも最後までする。ちゃんと自分の姿勢を示すようにしています」。また、公務員試験や教育実習に臨む学生には自身の経験を伝え、履歴書の書き方を指導することもあるという。「選手だけど、みんなのお兄さんみたいな」と今井も言う。徳本監督もまた、兄貴分としての役割を今井に期待している。「監督が選手に言う言葉よりも、選手が選手に言う言葉の方が一番効くんですよ。今井のおかげでチームがさらによくなっています」

30歳で挑む初めての箱根駅伝。世の中的にはそれを「オールドルーキー」と呼ぶが、「11歳も年が離れた学生たちと一緒になって汗をかいて、同じ場所を目指すって、普通だったらなかなかないじゃないですか。こういう自分の立場を受け入れてくれたチームメートに感謝しています」と今井は言う。

4年生で主将の石山大輝(右)はチームの柱。そのチームの中で今井も自分が果たすべき役割を考え、実践している

自分がもう一度限界に挑戦することは次の選手育成にもきっとつながる、という思いもある。「その限界に挑んだからこそ見えること、分かることはあるだろうし、一人の教師としての力も、箱根に出ることで上げられるんじゃないかと思っています。だからこそしっかり自分で体現していきたいです」

出会いと縁に感謝しながら、今日もまた「魂の走り」を貫く。

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