ビーチバレー

特集:いざ、東京オリンピック・パラリンピック

五輪も大学院も指導者も! 「3つの顔」を持つ草野歩が描くビーチバレーの未来

いざ、東京オリンピック・パラリンピック
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草野は現役のプロビーチバレー選手を続けながら、2016年に日体大大学院に進学。同年に日体大ビーチバレー部の指導にも関わるようになった(撮影・ビーチバレースタイル)

梅雨が明け、本来なら8月はビーチバレーボールのトップシーズン。大学界でもこの時期になると、「ビーチバレーボールジャパンカレッジ」(ビーチインカレ、今年はまだ調整中)が開催される。昨年、この大会において女子準優勝に輝いた日本体育大学は、創部初めて決勝の舞台に立った。その部をコーチとして率いたのは草野歩(35)。草野は、大学院で学びながら大学生チームを率い、そしてプロビーチバレー選手として東京オリンピック出場を目指す「3つの顔」を持つ。

大学院で学び、それまでの世界観がすべて覆った

日体大卒業後、草野は2009年の国内ツアーで初優勝。それを皮切りに、かつては浅尾美和や田中姿子ら様々な選手とペアを組み、14年には日本代表としてアジア競技大会にも出場するなど、トップ選手として活躍してきた。「3つの顔」を持つことになったきっかけは、現役選手を続けながら母校・日体大の大学院でコーチングを学びたいと思ったことだった。

「ひとりの競技者として結果を残すために、練習やトレーニングは一生懸命やっていたんですけど、これ以上成長していくためには練習やトレーニングだけではなくもっと違う方法があるのではないか? と思ったんです」

15年に大学院を受験し、翌16年に入学。他のスポーツでは決して珍しくないが、現役を続けながら修士課程を学ぶのは、バレー界では稀(まれ)だという。「選手だけやっているのがどんなにラクか(笑)。身に染みて分かりました」と振り返り、学びの時間はバレーおよびビーチバレー一筋で生きてきたそれまでの世界観をすべて覆した。

「バレーボールも名門と言われる学校でやっていましたし、ビーチバレーボールでもある程度の経験をしてきたので、自分の経験こそがすべてだと思っていたんですね……。だけど、大学院に入ったら知らないことばかりで。『知らなかった自分』というのを思い知りましたね。それからは物事をひとつの感情や角度で見るのではなく、色々な視点や角度から考えるようになりました」

自分が体感してきたビーチバレーとは違う学びが、大学院にはあった(写真提供・JVA BEACH)

“大学ビーチ女王”の牙城を攻め落とし

考え方を改め始めた草野は心機一転、東京オリンピック出場を目指し、国内外を転戦。その最中、女子バレー部にはビーチバレー専任の選手が続々と入部し、17年には本格的なビーチコートの創設が進められた(同17年11月竣工)。

「元々、東京オリンピックの開催も見据え、大学としてもオリンピック競技であるビーチバレーボールのトレーニングコートを誕生させる計画がありました。そこに1期生が入ってきて私が大学院にいるので、まだまだ新米ですが教えられる環境がある。すべての要素がいいタイミングでそろいました。コートは砂も柔らかくて水はけもよく、砂の補充も可能でコート周りの設備も充実しています。最高の環境で取り組めています」

17年11月に竣工された健志台キャンパス西門そばにあるビーチバレーコート。トイレやシャワーも完備(撮影・ビーチバレースタイル)

それは、1891年から始まった日体大の長い歴史において初めてのこと。草野は、大学院で学んできたコーチング学やチームビルディングなどゼロから活用できる現場に巡り合った。コーチングに携わって4年目となる昨年19年のビーチインカレでは、当時4年生の藪見真歩、3年生の西美穂(現4年・主将、福知山成美)が、準決勝で優勝候補の松山東雲女子大学を破り、決勝進出。昨年の“大学ビーチ女王”の牙城を攻め落とし、強豪の一角として食い込んだ。

「準優勝したからと言って結実したという感覚はないですね。もちろん結果を求めて日々練習していますが、選手も私自身もそれまでの過程を大切にしていて、選手たち自身が考えながら取り組んだ結果だと思います。私自身は20代のころ、負ければパートナーと衝突しましたし、仮に勝ってもうまくいっていない時もありました。それだと学生は楽しくないし苦しくなります。結果を出すことが最優先ではなく、失敗してもいいから自分たちで決めたことに真摯(しんし)に取り組むことが大切だと考えています」

ベンチにコーチはいない、だから選手たちに考える力を

現在は東京オリンピックまで競技者としての活動を最優先し、実質コーチ専任となるのはオリンピック後と決まっている。現場に行けない時は学生コーチの育成も兼ねてリモートでチーム運営を指揮。それぞれの立場で思考のスイッチを切り替えるようにしているが、時々「コーチ」と「競技者」の思考がごちゃ混ぜになってしまうこともある。

「学生は、『競技者』としての私に技術や戦術のことを聞きたいようです。もちろん聞かれているのだからすぐに答えたいです!(笑)。でも『コーチ』としては、そこで学生にただ教えるだけでは何も残りません。選手が自分で考えなくなってしまうかもしれないので、どこまで手助けしたらいいのか。そこが難しいですね。悩んだ時は、一緒にやっている学生スタッフに『言い過ぎてしまったかな?』としっかり相談に乗ってもらっています」

ビーチバレーはベンチにコーチがいない競技。作戦を立てるのもタイムアウトを要求するのも、すべて競技者自身が決める。草野は競技の特性を念頭に置き、若きころの反省や課題も受け入れながら、新しい道を切り開こうとしている。

選手自身が瞬時に考えて行動しなければいけないのがビーチバレー。選手としての自身の経験を次世代に伝えていきたい(撮影・ビーチバレースタイル)

「一緒にオリンピック出場を目指しているパートナーの橋本(涼加、トヨタ自動車)は8歳離れていて、学生たちよりも少し年齢が上で同じ世代なんです。だからといって、橋本に対して感情をむき出しにすることはありません(笑)。怒ることは意味がない行動だと勉強して分かったので、良くしていくなら違う方法を考えます。私たちのチームはオリンピックの代表決定戦で勝つことですが、個人的には橋本が私とペアを別れた後、日本のビーチバレーをリードしていく存在になっていくとうれしいです」

コーチとして競技者として。草野はそれぞれの立場で育成を目指し、歩み続ける。

 

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