陸上・駅伝

特集:東京オリンピック・パラリンピック

豊田自動織機TC・田中希実 日本記録のさらなる更新を目指し、大学での学びも刺激に

ホクレン深川大会で女子3000m日本記録を更新したときの田中(代表撮影)

7月8日にあったホクレンディスタンスチャレンジ深川大会で、女子3000mの日本記録を18年ぶりに更新した田中希実。同志社大学で学ぶ3年生で、豊田自動織機TCに所属して競技に取り組んでいる。大学の部活ではなくなぜTCなのか、競技と学業との両立、そして今後目指すものについて聞いた。

「競技を辞めたときのこと」も考えて進路を選ぶ

兵庫県小野市出身の田中は、中学時代から全国女子駅伝に出場。兵庫県の強豪・西脇工業高校でも国体優勝、インターハイ3年連続入賞など実績を残してきた。高校の途中から「もっとスポーツについて学びたい」という気持ちが大きくなり、進路もそれを中心に考えるようになった。その中で候補に上がったのが同志社大学のスポーツ健康科学部だった。

「あらゆることを横断的に学べて、幅広い知識がつきそうだと思いました。競技に生かしたいという気持ちと、健康やスポーツマネジメントなどは競技を辞めた時に役立つだろうなという思いもありました」

自由な校風も決め手となり、2018年に同志社大に入学。競技面では学校の部活動に入らず、同じく西脇工高から同志社大に進んだ後藤夢とともに、自分たちのペースで動けるトラッククラブで活動することにした。しかし、大学の名前でチームメートとともに戦うインカレにも魅力を感じていて、「ぎりぎりまで迷った」という。

昨年2月、クロカン日本選手権で優勝したときの田中(撮影・藤井みさ)

同志社大も田中たちの活動に協力的で、温かい目で見てくれるという。今年は新型コロナウイルスの影響で大学のキャンパス自体が閉鎖されてしまったが、それまでは学内のトラックを使って練習するなど、練習環境も申し分ないと言える状況だった。

一人でのきつい練習が自信、そして日本記録に

今年度は授業がオンラインになり、実家に戻っている。小野市には最近トラックが完成し、緊急事態宣言中も在住者に限って開放されていたといい、質の高い練習を積めていた。TCのコーチも務める父・健智(かつとし)さんが練習メニューをつくり、一人でひたすら練習に取り組んだ。

「一人で練習していると、追い込むのがきついなと感じるときもあります。休む場面がないので……。でも一人でこれだけ走れた、という自信がレースになると『楽しい』に変わります。質の高い練習を積めたあとのレースだと、他の選手の力も借りられてさらに力を出せるという感じがあります」

7月にはホクレンディスタンスチャレンジ士別大会1500m(4日)、深川大会3000m(8日)、網走大会5000m(15日)、千歳大会3000m(18日)と4戦すべてに出場し、合間の12日には兵庫選手権800mにも出場した。出場した組すべてでトップ、3000mでは8分41秒35のタイムで18年ぶりに福士加代子(ワコール)の持っていた日本記録(8分44秒40)を更新。兵庫選手権では2分04秒66で兵庫県記録(従来は2分4秒92)も更新した。

15日間で5レースとかなりの過密日程に思われますが……と話を向けると「もともとホクレンは全部出るつもりでした」という。「兵庫選手権も地元のレースなので、ぜひ出たいと思ってました。ちょうど今年は(新型コロナウイルスの影響で)北見大会が中止になって、そのタイミングで出られるなと思って出場を決めました」。とはいえ、身体的・精神的な辛さはなかったのだろうか。

「普段の練習から2~3日に1回、きつめのトレーニングを入れています。今回も試合が3日に1回程度だったので、強度は高いですが練習にくらべてましだなと思えるぐらいでした」。普段スピード練習をしたあとは質の高いジョグなどでつないでいるが、今回はレースでしっかりと力を発揮したあと、今までにないぐらい休めた、というから驚きだ。普段、いかに追い込んでいるのかというのが感じられた。

日本記録は「ありのままの自分」で出せた

一部では連戦の疲労を指摘する声もあったが、本人的にはそこまでは感じなかったと口にする。「すべてのレースに全力で取り組めましたが、レースの流れとしては(兵庫選手権のときの)800mぐらいが一番調子が良かったです。5000mでは15分を切れなかった(15分02秒62)のが少し残念です」

網走5000mのレース後、タイムを確認する(代表撮影)

3000mの日本記録を出したときは、感覚に任せて走った。「とにかく自分の感覚に合わせて、ラストを上げることを意識しました。練習のタイムトライアルでも深川の通過(1000m2分52秒8、2000m5分53秒0)ぐらいでいけていたので、『速すぎる』とかではなく、ありのままの自分で走れたという感じでした」

レース前にもしっかりと練習を積めていたので、「日本記録を出せそうだ」という気持ちが大きかった。だから出せなかったら悔しいだろうな、という気持ちで臨んでいた。「嬉しいとか驚きよりも、自己ベストが出たな、ぐらいの感覚でしたね」。普段から田中を知っている人は当然の結果として受け止めたが、それ以外の周りの反響の大きさには驚きもしたという。

海外で勝てるように、国内で負けないように

今年はオリンピックイヤーとなるはずだったが、1年延期になった。だが「オリンピックだけを目指してやってきたわけじゃないので、準備できる期間が増えたのでラッキーぐらいの気持ちでした」と自然体だ。

オリンピック以外に目指すものとは? 「日本記録をどの種目でもいいので出したいと思っていました。オリンピックがなくなったかわりに、それぐらいの足跡は残しておかないと、という気持ちでした」

今回のホクレンではレースはじめからトップに立ち、積極的にレースを進める姿勢が印象的だった。それは海外のレースを意識しているからだ。「海外で勝ちたいというのと、国内の選手に負けたくないというのの両方を実現するには、圧倒的な力をつけていかないと考えて、今年の2~3月ぐらいから(このスタイルに)取り組みはじめました」。やっと国内では勝てる確率が上がってきたが、まだ負けるかもしれない、という不安もある。海外だとさらにレース中の上げ下げが大きくなり、駆け引きも必要だ。

2019年、ドーハ世界陸上5000m決勝で海外の選手と走り、より世界を意識するようになった(撮影・朝日新聞社)

「今回のホクレンでも深川あたりまでは驚きの目で見られていたと思うんですが、レースパターンや現状の力がわかりだすと対応されてきました。今回だと萩谷さん(楓、エディオン)をはじめ、5000mではみんな(先頭に)ついてきたりとか……国内の選手も強いので、現状を見せてしまった分、さらにレベルアップしていかないと、という気持ちはあります」

学びと競技がつながり、感じる面白さ

競技面では間違いなく日本女子トップレベルの田中だが、学業面でも田中が学ぶゼミの石井好二郎教授は「250人いる学生の中でもトップ10に入るぐらい優秀」と評する。競技と勉強を両立する方法を聞いてみると、「ただただがむしゃらにやってきました」と答える。「中高でもずっと陸上だけというよりは、勉強も頑張りたいスタンスできました。同志社でも落ちこぼれたくない、なんとか食らいついてやろうという気持ちです」と負けず嫌いな面を見せる。

3年生になりゼミでも専門性を高めた勉強に入っていくが、研究のテーマは運動処方だ。「健康を意識する高齢者や子ども、アスリートに対して、『運動をどのように与えるか』ということを研究しています。運動のメカニズムを知るというより、メカニズムを踏まえた上でどのように与えていくかを意識しています」

ともに学ぶ同級生には、田中のようなアスリートもいれば運動を習慣で楽しむ人、あまり運動習慣のない人などさまざまだ。「自分だったら興味を持たない、調べないようなことが他の人には興味があることだったりして、発表の場面でお互い新鮮さを感じたり、刺激になっていると思います」。最近になって勉強が今の自分につながるんだと、はっとすることがあったと教えてくれた。「なるほどと思う場面が増えて、学びも面白くなっています」と笑顔を見せる。

まずは日本記録の更新、大学の学びも生かしたい

今後の目標や将来像をたずねると「具体的にはないんですが」と少し考え、「競技を引退したあとのことも考えて大学での学びを選んだので、誰かに教えたりしていきたいです。父がランニングイベントの計測などもしているので、スポーツビジネスという面でも役立てたいなと思います」。だがまずは卒業後も、できるだけ長く現役で長く競技を続けたいという思いがある。「そこでも、大学の学びを生かしていくことも大事にしたいですね」

長く現役を続け、日本記録を更新し海外で戦う。田中の挑戦は続く(代表撮影)

3000mで日本記録を更新したが、できれば他の種目でも、という思いもある。現状、「一番適正があるのは3000mだと思いますが、こだわって大事にしたい、好きなのは1500mです。中距離・長距離の要素もあって難しくて、どれだけ力を持っていてもあっさり負けてしまったり、悔しい思いをしてきたからこそ、この種目で勝負していきたいです」。ホクレン士別大会では4分08秒68と、小林祐梨子さんの持つ日本記録(4分07秒86)にあと1秒以内にせまった。3000mの経験を5000mにも生かしたいし、3000mでももっと上を目指していきたい、とこの先を見すえる。

次のレースは8月23日のゴールデングランプリ1500mの予定だ。9月は高地合宿で追い込み、10月の日本選手権に照準を合わせる。ここも1500mをメインにする予定だが、日程や体調次第では800mへのエントリーも考えるという。リラックスタイムには『赤毛のアンや『大草原の小さな家など、好きな児童文学を読んで気分転換をするという田中。まだまだパワーアップする彼女の今後を楽しみに見続けたい。

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