野球

連載:野球応援団長・笠川真一朗コラム

中京大中京高マネージャーの最後の夏 胸打たれる思いやりと強さ

中京大中京高3年のふたりの女子マネージャー。左が新宮さん、右が加藤さん(撮影・笠川真一朗)

4years.野球応援団長の笠川真一朗さんのコラムです。今回は特別編、高校野球を支える女子マネージャーのストーリーを執筆してくれました。いつもと違う年となった「最後の夏」への思いがまぶしく感じられます。

ドラ1候補を見に行ったけど、目にとまったのは……

今から約2カ月前の6月21日、龍谷大平安高校と中京大中京高校の練習試合が平安高校のグラウンドで行われた。ずいぶんと前のことでごめんなさい(汗)。

その日は多くのメディア関係者がグラウンドに訪れていた。お目当ては中京大中京の右腕・高橋宏斗投手だ。1試合目に先発投手として登板したが、本当に見ていて楽しかった。普通に投げていても素晴らしい球を投げているのに、ランナーを背負ったとき、中軸打者を迎えたとき、そこでさらにギアを一段階あげる。そのときの球が恐ろしかった。

「大学進学か?」というような話を記事や噂などで耳にしていたので、ここは4years.野球応援団長として試合後に少しだけ「大学野球に対してどんな想像を抱いているのか」というような話を聞いてみようと思った。が、あまりにもメディア関係者が高橋投手を取り囲むものだから、げんなりして辞めた(笑)。さすがドラ1候補。忙しいだろうな。僕が聞かなくても、他の誰かが話を聞いて記事になるだろうな。と勝手に見切りを付けて、違う選手に話を聞いて書こうと捕手の印出太一君を探した。

マネージャー経験者として、どうしてもマネージャーの動きを見てしまう(撮影・笠川真一朗)

そんな時に2人の女子マネージャーを見つけた。僕自身がマネージャーを務めていたから、マネージャーの動きを見てしまう癖がある。せっせと働いてる姿に当時の自分を照らし合わせてしまった。そこでふと気になった。「そういえば女子マネージャーはコロナの自粛中、何をしていたのか」と。せっかくの機会なので手が空いてるときに話を聞かせてもらうことにした。

純粋に試合が楽しい

マネージャーを務める3年生の新宮(しんぐう)美沙希さん。試合中はもう1人のマネージャーがベンチ内でスコアを書いているので、新宮さんはベンチの外で作業をしつつ、スコアを書きながらグラウンドの選手を見つめていた。「今は純粋に試合を見ていて楽しいです。選手のかっこいい姿を見ていると幸せな気持ちになります」と優しく微笑んだ。すごく穏やかな表情だった。眩しいくらい純粋な笑顔だった。

長い休校期間で学校にも行けず、練習すらできない。選手と顔を合わせる機会も一気に減った。選手がグラウンドで元気に野球をしている姿に心を打たれるのは新宮さんの素直な気持ちだと思った。

ふとした瞬間にも笑顔がこぼれる(撮影・笠川真一朗)

「秋の神宮大会で日本一になって、センバツ中止。夏の甲子園も中止。選手の気持ちを考えると悲しくて悔しい気持ちになりました。」と語る新宮さんの言葉には常に選手への思いやりを感じた。本来なら3年間の集大成が発揮される時期。そんな中、高校野球や甲子園のことがメディアで取り上げられるたびに「大丈夫かな」と不安になったそうだ。

自粛期間に何かマネージャーとして特別にやったことはあるのかと質問をすると「特に何もしてません(笑)。スコアを書く練習をしたり、選手と何気ないLINEをするくらいでしたね(笑)」と申し訳なさそうに笑った。素直な人柄が表れていた。それはそうか。日頃から授業と練習に追われてなかなか自分の時間がない。そんな2年半を過ごしてきた。こういった時間の中で過ごしてみるのも良いリフレッシュになったはずだ。マネージャーである前にひとりの高校生。それでいいんだと今の僕は思う。

「中京でマネージャーをやりたい」から選んだ道

気付いた頃から野球が好きだった新宮さん。「ただ野球部のマネージャーになりたいんじゃなくて、中京でマネージャーをやりたくて中京に来ました。周囲の学校よりも文武両道を実践していて、甲子園出場を目標にしているのではなく、甲子園で日本一になることを目標にしているところが魅力的でした」。新宮さんは夢を叶えるために、指に豆ができるくらい必死に受験勉強に取り組んだ。合格したときの嬉しさと初めてグラウンドに立った日の緊張感は今でも忘れないという。一回り年の離れた女の子だが、純粋にかっこいいと思った。

最初は楽しみより不安のほうが大きかった。初歩的なミスをすることもあった。同じミスを何度も繰り返してよく怒られていたそうだ。そのたびに落ち込んでいたが、すぐ横には頑張っている選手がいる。「選手を見ていると落ち込んでいる場合じゃない」そう思うことができた。それから「なぜ失敗したか」を考えるようになって、失敗は次に生かすようにした。

同じ夢を追うことでともに成長してきた(撮影・笠川真一朗)

そうやってマネージャーとして成長してきた。それは選手も同じだ。だからこそ同じ夢を追える。お互いに頑張ることで信頼関係を築いてきた。新宮さんはマネージャーを続ける上でやりがいを感じる瞬間が何度もあった。

「ありきたりだけど『ありがとう』と言ってもらえることがやっぱり嬉しくて。選手はどんな些細なことに対しても『ありがとう』を言ってくれたり、仕事を頼んだら『いつもごめんね』『助け合いだから大丈夫』と声をかけてくれます。仕事の面でも気持ちの面でも本当に支えられてきました。だから私達も頑張って力になりたいと、ここまで続けることができました」。そう語る新宮さんの言葉を聞いていると僕自身も高校時代のことを思い出してグッときた。美談でも何でもない。まぎれもない純粋なマネージャーの感謝の気持ちだ。「高校野球はこうじゃないと」と僕は思う。素晴らしい高校野球の思い出をこれからも一生の財産にしてほしい。感動した。

仲良しこよしの軍団にはならないように

穏やかに見える新宮さんにも意識して取り組んでいることがあった。「仲良しこよしの軍団にはならないように気を付けました。ダメなことはダメ。それをしっかり言えるのがマネージャーだと思います」と、厳しさを持つように心掛けた。

言うべきことは言う。意識して厳しさを持つように心がけた(撮影・笠川真一朗)

もともと人に強く言える性格ではないと言う。投手がアイシングをしながら部室に溜まっていたら「何しとるの?」と注意をした。「最初は怖かったし、今でも怖いです(笑)。でもそれを言わないと良いマネージャーにはなれないので」。これがどれだけ勇気のいることか僕にはハッキリわかる。選手は本当に大変だ。どれだけマネージャーが大変でも一番大変なのは、一番頑張っているのは選手だと全マネージャーが思っているはず。でも言わなきゃいけないときは言わないといけない。そんなときが絶対にくる。それを言える勇気はこれからも必ず役に立つ。

そして新宮さんにはチームメイトに絶対に達成してほしい目標があった。それは昨年秋から続いている「公式戦無敗」だ。どのチームも達成することのできない中京大中京だけが達成できる、大きな目標だ。夏の独自大会に甲子園出の交流試合。新宮さんは大好きなこのチームに最後まで勝ち続けてほしかった。

「コロナでなかなか練習はできませんでしたが、選手の成長は感じています。チーム力が高まったというか。団結力をすごく感じます。このチームは大会を迎えるごとに目標に向かってひとつになってきました。言葉ではうまく表現できないけど私にはそう見えます」とマネージャーが言うのだから間違いない。新宮さんにとっても集大成の夏、僕はテレビやネットでその様子を見ていた。

独自大会では8回表に決勝点が決まり、中京大中京は優勝を手にした(撮影・朝日新聞社)

独自大会でも見事に優勝を飾り、甲子園での交流試合でも激闘の末、智辯学園との延長戦を制して勝利した。昨年から続く公式戦28連勝。本当に公式戦無敗の目標を成し遂げた。甲子園のベンチでスコアを書く新宮さんがテレビに写っていた。その表情は本当に眩しくてかっこよかった。「あぁ、一生懸命最後まで頑張ったんだろうな」と思うと本当に感動した。

優しくて強い、お互いを思いやる姿

そんな新宮さんはこの甲子園に立つことに、ひとつだけ懸念していたことがある。それはもうひとりのマネージャーである加藤砂羅さんの存在だ。2人は同じ学年のマネージャー。ともにチームを支えてきた。公式戦では試合ごとに交代で記録員としてベンチに入っていた。

神宮大会では宿泊人数の関係で新宮さんは学校に残った。日本一の瞬間を見れなかったのだ。「たしかに神宮大会に行けなかったのは寂しかったです。でも甲子園での試合は1試合しかないので。憧れてたので嬉しいんですけど、2人で頑張ってきたのに私だけいいのかなという申し訳ない思いはあります」と、加藤さんを思いやった。

交流試合、延長の末中京大中京はサヨナラ勝ちをもぎとった(撮影・朝日新聞社)

ずっと前から思っていたがマネージャーは別に試合に出ないのだから2、3人ベンチに入れても何の問題も無いのになと思う。邪魔はしないし、むしろ何かしらの力になれる。僕は記録員1名の規則を心の底から恨んだ。そして何よりも新宮さんの優しさに心を打たれた。

加藤さんはどう感じているのか、デリカシーに欠けるかもしれないが僕はどうしても気になったので加藤さんに聞いてみた。「仕方ないので! 割り切れてるので私は大丈夫です! 逆に私は神宮大会に行けたので……どちらにしても最後は頑張って無敗で終わってもらいたいです!」とハッキリとした笑顔で答えた。

女の子の言う大丈夫は、だいたい大丈夫じゃない。それでも加藤さんの大丈夫は本当に大丈夫な気がした。それが本心なのかは僕にはわからない。それは僕が知らなくてもいい。それでも自分が甲子園のベンチに入ることより、チームが甲子園で勝ってくれればそれでいいと思える加藤さんの思いやりもまた、かっこよかった。

中京大中京には思いやりに溢れた優しくて強い2人のマネージャーがいた。後輩のマネージャーもそんな先輩の姿を見て、また素晴らしいマネージャーになるんだと思う。それも伝統のひとつだ。マネージャーにもマネージャーの歴史がある。改めて大事な役割だと実感した。

大学では新しい夢を追って

ちなみにふたりは大学ではマネージャーをやらないそうだ。「この代でみんなに出会えて日本一になれたので、それで十分です!」と新宮さんは語る。将来就きたい職業も決まっている。ウェディングプランナーになりたいとのこと。「小学生の頃に担任の先生の結婚式に招待されたことがあって、その時の先生の普段見れない幸せそうな表情が忘れられなくて。人の幸せを生み出す仕事に就きたいなと思っています」と、その理由を話してくれた。その時もきっと新宮さんはマネージャーをしていた頃と同じように相手を思いやることができると思う。応援しています。

新宮さんも加藤さんも本当にお疲れさまでした。公式戦無敗、本当におめでとうございます! これからの明るい未来も応援しています!

ひとつ余談を。
新宮さんに「マネージャーをしていて一番嬉しかったことは?」と聞くと、27人の野球部の同級生に加藤さんとバレンタインのチョコを手作りして渡したら、ホワイトデーにシューズをもらったことだそう。穴が開くまで大切に履いていた。
「うわああ、めちゃくちゃ素敵やん」と僕は胸がときめいた。高校野球は青春だ。

穴が開くまで大切に履いている、選手からお返しにもらったシューズ(撮影・笠川真一朗)

野球応援団長・笠川真一朗コラム