近畿大学・井町大生捕手 頼れるチームの女房役は「自分の力でチームを勝たせたい」
4years.野球応援団長の笠川真一朗さんのコラムです。今回は関西学生野球リーグに足を運んだ笠川さんが、気になった選手について書き綴ります。今回は近畿大学のキャッチャー・井町大生(4年、履正社)について。彼のプレーに自然と目をうばわれたという、その理由とは?
目立った近大・田中監督の積極的な采配
関西学生野球秋季リーグ戦。2018年秋のリーグ戦以来の優勝を狙う近畿大学は3勝1敗で2週目を終えた。12、13日に行われた関西学院大との試合では2戦2勝。ともに試合終盤での逆転で連勝を掴んだ。近大は3週目に試合がない。良い弾みをつけて1週間の調整が取れるのはリーグ戦を勝ち獲る上で非常に大きい。4週目からの戦いにも注目だ。
試合を見て気になったことがある。近大・田中秀昌監督がベンチからどんどん選手を送り出し起用していたことだ。その思い切った選手起用には目の前の1点を狙う姿勢、目の前の1点を守る姿勢が強く感じられた。実際に田中監督は「1試合、1試合トーナメント戦のつもりで戦っている。負けられない」と言う。
勝ち点制ではなく勝率制で行われる今季のリーグ戦。1試合、1試合が総力戦だ。これはグラウンドにいる選手もベンチにいる選手にも集中力が必要だ。いつ出番が訪れるかわからない。しっかりとした準備が必要になってくる。そしてレギュラー陣も安泰ではない。試合に出続けるためには結果が求められるので危機感も必要だ。
自然と目を奪われた「捕手・井町」のたたずまい
僕が特に気になったのはバッテリー。関学大との試合では2日連続で5名の投手がマウンドに立った。リーグ戦が開幕して4試合。小寺智也(2年 龍谷大平安)、久保玲司(2年、関大北陽)の両投手に関してはすべての試合で登板している。シンプルに「これはバッテリーすごく大変やろな」と思った。
そこで近大の捕手・井町大生(4年、履正社)に注目した。むしろこの題材を考える前に、自然と「捕手・井町」の姿に心を奪われた。捕手としての佇まい、投手への思いやりや存在感。どれをとっても僕の好みだった。何より野球選手としてひとりのスポーツマンとしてすごく魅力的な表情をしていた。
関学戦の1試合目、近大の先発投手は18番を付ける右腕・小寺だった。初回から制球が定まらず、調子が良いとは言えない投球だった。走者を出しつつも要所で踏ん張りベンチに戻っていく小寺。その小寺に向かって井町はすぐに駆け寄る。小寺の腰に手を当てながら笑顔で会話をしていた。上級生の捕手としての優しさがひしひしと伝わってきた。
そして4回途中。アクシデントが起きた。小寺の脚が攣ったのだ。小寺は一度ベンチに下がり、手当を受けるもののすぐにマウンドに戻った。しかし「明日の試合もある。本人は行く気だったが、トレーナーと相談した上で今日はここまで」と田中監督は左腕・寺沢孝多(1年、星稜)にスイッチ。
予想外のアクシデントによって1死1、2塁、2ボールのピンチでマウンドに立った寺沢。打順も1番と緊張感のある場面。この打者に四球を与えて満塁に。次打者の2番大石哲平(3年、静岡)にセンターへの適時打を許して1点を失うも、後続を併殺打に打ち取り、最少失点で切り抜けた。
井町はこのイニングをこのように振り返る。
「まず小寺は今日かなり調子悪かったです……。でも悪いなりに組み立てようと頑張っているのはわかるので。捕手はそういう場面でどうしていくかが大切です。状態が悪いときこそ会話を増やすように意識してます。コミュニケーションを取るのは日頃から本当に意識してますね」と語るように、真っ先に小寺に駆け寄る井町の姿には捕手としてのこだわりを感じた。そして「今日は寺沢ですよね! あそこがキーポイントだと思ってました。小寺の脚が攣るというアクシデントが起こった中、あの緊張感があるピンチの場面でよく1点で抑えてくれました。あれは本当に大きかったです!」と岩沢の好投を満面の笑みで称えた。
小寺も2年生で寺沢はまだ1年生だ。どっしりと構える井町に向かって堂々と投げ込んでいる。投手の姿もまた立派だと僕は見ていて感じた。
小寺に井町の印象を聞くと「いや本当に頼もしいですね。すごく投げやすいです。日頃からよく面倒見てもらったりしているので僕は井町さん好きですね!」とグラウンド内外で全幅の信頼を置いていた。
プレーににじみ出る「投手への思いやり」
近大のベンチ入り投手は6名。3年生が1名、2年生が4名、1年生が1名。井町は下級生の投手と共同作業で試合を組み立てている。「最上級生ですから、僕が引っ張っていかないといけません。そのためにはとにかく投げやすい環境を作るように意識しています。各投手の特徴や持ち味を生かして気持ちよく投げさせることが一番大切だと思います」と井町は心境を語ってくれた。
自分の意志だけで組み立てるのではなく、あくまで主役は投手。その投手の力を最大限に引き出すことに井町は徹する。取材をしていると投手への思いやりを感じる発言が多いように感じた。
多くの投手の球を受けることに関しても捕手は大変だ。どのカテゴリーの野球を見ていてもそう思う。井町もまさに多くの投手を受けて試合を作っているので、その辺りの話も聞いてみた。
「今年は突出した投手がいないので、多くの投手を使い分けて相手の目線をずらしながら勝負しないと勝てないです。それがチームとしての方針でもあるので。どうしたら流れがくるのか、どうしたらリズムを作れるか。一巡を抑えても打者は目が慣れてくるので、配球も常に変えていかないといけません。相手を見ながら、投手の魅力をどんどん引き出してテンポよくポンポン投げさせることも重要です。多くの投手を受けるので、やっぱりコミュニケーションを取ることは常に意識しています。日頃の会話が本当に大切です」とチームの捕手としての戦い方を井町は当然、理解している。
そしてたびたび、「会話」と「コミュニケーション」のふたつのキーワードを口にしていた。井町にとって相当、意識してこだわっている部分なんだと感じた。そんな姿は試合を見ていて感じられたから僕も取材しようと思った。「あぁこの場面、どうするかな」とピンチの場面を見ていたら、ちょうど欲しいタイミングで井町はマウンドに向かって投手に声をかける。
何を話しているのかはわからないけど、その様子がどんなものなのかを見たくて、僕は手元のカメラを目一杯ズームして見た。するとどの投手も井町の話を聞いて笑っていたのだ。それを伝えると「いや、特に大したこと言ってないんです(笑)。『ちょっと間を取りに来た!』って伝えたり(笑)。間が欲しくてマウンドに行くだけのこともよくあります。何より重苦しい雰囲気になるのが一番嫌なんですよね僕は。だから、とにかく明るい話題を(笑)。雰囲気作りにはこだわっています!」と爽やかな笑顔で話してくれた。話しているとこちらも気持ちが良くなる。井町にはそういう部分も含めて、人としての魅力が溢れていた。それもまた下級生の投手陣に慕われるひとつの要因だろう。
なんとしても優勝したい、自分の力でチームを勝たせたい
近大はこれまで挙げた3勝のすべての試合でビハインドの展開を迎えてから逆転している。先制してそのまま逃げ切る展開がまだ1試合もなく、厳しい試合が続いている。捕手として責任を感じることもあるだろう。「負けているとやっぱり苦しいですよ。プレッシャーも感じてます。でもそんな暗い姿は人に見せたくない。落ち込むのは家にひとりでいるときだけでいいので(笑)。だから僕は基本的には前向きです!元気とか気持ちとかそういうことは大切にしてます。何より、勝った瞬間の喜びは負ける苦しさよりも大きいし、嬉しい。そのためにやってるので。『こいつが守っておけば大丈夫』そう思われる捕手になりたいんです!」と井町は力強く言い切った。
1年生からベンチに入り、2年生の秋には神宮球場でもマスクを被った。3年生からは正捕手の座を掴み、チームの中心選手として試合に出続けている。卒業しても野球を続ける。社会人野球チーム・日本製紙石巻へ進む予定だ。それでも学生野球はこの秋で最後。井町には最後にどうしても果たしたい目標がある。「自分が正捕手になってから優勝してないんです。だからこの秋は本当に優勝しか考えてません。最後は自分の力でチームを勝たせたい」。その目標が達成されたとき井町の爽やかな笑顔はより一層、輝くはずだ。
立派な捕手がいると投手も育つ。立派な投手がいると捕手も育つ。近大のバッテリーの信頼関係、支え合いを見ていると投手陣も下級生が多く、ベンチ入り捕手の黒川直哉(高陽東)、大杉渉太(東山)も2年生で、これから先の成長もすごく楽しみだと感じた。
関西学生野球は本当にどのチームもおもしろい。