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連載:野球応援団長・笠川真一朗コラム

中央大・植田健人 東都の開幕勝利投手は「勝ちたい、目立ちたい!」

調子が悪いながらも試合を作り、開幕戦の勝利投手となった植田(すべて撮影・佐伯航平)

4years.野球応援団長の笠川真一朗さんのコラムです。今回は1年ぶりの開幕となった東都大学秋季リーグに足を運んだ笠川さんが、気になった選手について書き綴ります。1試合目、開幕勝利投手となったのは植田健人(3年、興国)。彼は笠川さんの「推し投手」でもあるといいますが……?

「推し投手」の先発にソワソワ

東都大学野球の秋季リーグ戦が開幕した。1年ぶりのリーグ戦だ……本当に選手たちの晴れ舞台が神宮球場に用意されて嬉しかった。特にこの開幕カードは各大学の選手や指導者、そして野球部に携わるすべての人にとって最高の出来事なんだと感じた。

さて、注目の開幕カード初戦は前回リーグ戦の覇者・中央大学と東洋大学の対決。東洋大の本格右腕エースでドラフト候補の村上頌樹(4年、智辯学園)の投球と、五十幡亮汰(4年、佐野日大)、森下翔太(2年、東海大相模)、牧秀悟(4年、松本第一)、内山京祐(4年、習志野)を筆頭とした中央大の超強力打線がどのようにぶつかり合うかが注目されるカード。

ドラフト注目の東洋大・村上は4回で降板した

メンバー表を見ると中央大の先発投手には植田健人の名前が。球のキレと制球力に優れた好投手で、僕が長らくの間気になっていた選手だ。

僕にとって植田は「推し投手」だ。推しになったキッカケは昨年の春季リーグ戦。2年生だった植田は球速が特別速いわけでもないし、とんでもない変化球を持っているわけでもない。ただ自分の持っているキレのあるそれぞれの球種をコーナーに丁寧に散りばめて打者を打ち取る姿がとても渋くて好きになった。決して派手とは言えないが、その投球スタイルにはそこに辿り着くまでの過程がほんのりと伝わってきた。

気になってその日の帰り道、植田のことをネットで調べてみたら、たまたま僕と同じ奈良県出身だと知って勝手に親近感が沸いていた。そして植田の投球についてツイートをしたら本人から「いいね!」が来て相互にフォローをし合うという関係になったが、それ以上の連絡を取り合うことはなかった。なぜなら僕はこの試合を見ていた頃、まだライターの職に就いていなかったからだ。「いつか仕事で植田に話を聞きに行く」と決め込んで、その時は話を聞くことをしなかった。

そして「この試合、植田が好投した時には満を持して試合後に話を聞きに行こう」と、1年前から温めていた気持ちが僕をやけにソワソワさせて、試合が始まってから落ち着かなかった。でもそれと同時に薄々気付いていることがある。感染防止対策のひとつに取材の規制もあり、取材に呼ばれる選手は限られている。それを踏まえると植田がノーヒット・ノーランでもしない限り、ドラフト注目の五十幡、牧などの選手が目当てになってしまうだろうと。半ば諦めながら試合のスコアを書きながら植田の投球を見ていた。

率直に言って、調子は悪かった

率直に言うと、今日の植田の調子は序盤から確実に悪かった。見ていて伝わった。ストレートが走っていない。初回先頭打者に安打を許すなど、6回途中まで投げて、3者凡退は1度だけ。攻撃中にカメラ席の前でキャッチボールをしていても植田自身が「ストレートがあかん...…」と声にするほどだった。真横で聞いていた声と見えた表情はやや難しそうな顔をしていた。

だがしかし、植田はこんなもんじゃない。調子が悪くとも1点も与えていない。調子が悪いなら調子が悪いなりに、なんとか試合を作ろうと踏ん張れるのが強みだ。自分の今投げれるベストの球種をコースいっぱい目がけて腕を振る。バッテリーを組む古賀悠斗(3年、福岡大大濠)と息を合わせるように丁寧に投げ込む姿には本当にシビれた。これが開幕戦を任せられる投手なんだと感動した。結果的に植田は被安打5、与四球3で無失点と粘りの投球でマウンドを降りた。

試合をきっちり締めた1年生投手の西館

試合は3回に中央大が3番森下の適時二塁打で先制し、8回には5番内山の適時安打で2点を追加。守備では植田の後に投げたふたりの1年生投手、石田裕太郎(静清)と西舘勇陽(花巻東)の見事なリレーで東洋打線に得点を許さなかった。3-0の完封勝利で開幕勝利を飾った中央大学。勝利投手は植田だ。

彼の声を聞きたかった

しかし、会見場に植田が来ることはない。牧と森下が取材対象選手に選ばれたからだ。規則だし、それは当然の流れと納得したが、心からは納得できなかった。僕は取材が終わっても心にモヤモヤが残っていた。

僕は植田にメッセージを送った。今日の植田の頑張りを、本人の言葉で聞いて書きたかった。それが僕の仕事だから。DMを送った。すると返信がきた。
「はじめまして! わざわざご連絡ありがとうございます。興味を持っていただけて嬉しいです。ぜひお話したいです!」ととても丁寧な内容だった。ありがとう、植田くん。マネージャーを通してもらい取材の許可を得たうえで、電話で話を聞かせてもらった。

開幕投手への覚悟

まず最初に開幕勝利投手になった気持ちを聞いた。「嬉しいです……ホッとしました!」と明るい声で答えた。僕は「間違ってたらごめんね。正直、調子悪かったよね?」と投げかけると「いや、もう……ものすごく悪かったです、自分でもどうなるかと思いました(笑)。ストレートがまったく走らなくて。オープン戦とかはずっと調子が良かっただけに難しかったです。でも調子が悪いことにすぐに気付いて、より注意深く丁寧に投げようと意識できたので、それで踏ん張れたと思います。古賀と野手陣と後ろの1年生投手に助けられました」と振り返る。

植田は試合中に捕手の古賀と何度も会話を繰り返し、配球を組み立てた。ストレートが走らないなら、変化球のコントロールでかわす。徐々に変化球を投げる割合を増やして、特に右打者にはチェンジアップを多投するなど、打者の目線やタイミングをずらしながら要所で踏ん張った。

勢いあまって帽子が脱げる場面も

相手はドラフト候補の村上。植田は当然それも頭に入れてこの開幕戦に挑んだ。「いくら中央の打線でも簡単に点は取れる投手じゃない。自分がしっかり抑えないと」と、開幕勝利に向けて相当な覚悟とイメージを持ってこの試合を迎えた。そしてもうひとつ大きな思いがあった。

投手もすごいんだぞって目立ちたい

「試合前から『ドラフト候補・村上投手 対 中央の強力打線』みたいな構図があるのがわかっていて。ドラフト前というのありますし……それが自分の中ですごく嫌だなと思っていたし『投手陣も凄いんだぞ!』と言うところを絶対に見せたかったんです。だから最初からノーヒットノーランするくらいの気持ちを持っていました。僕は『目立ちたい!』といつも思っているので。まぁ実際は調子悪くて先頭打者にヒット打たれてるんですけどね(笑)」

予想外の言葉に驚いたが、すごくかっこいいと感じた。結果的に思い描いていたような調子では投げられなかったけど、それでも粘って粘って勝利投手になった。やっぱり植田の素直な心の声を聞けて本当に良かった。人間には意地がある。人に負けたくないと思うのも当然だ。どうせなら目立ったほうがかっこいい。投手はこれくらいで丁度いいなと感じた。

オンリーワンの武器を作ることを意識して

植田は昨年の秋の開幕戦も先発した。だが3回3失点でマウンドを降りている。けがでベンチを外れたこともあれば、相手にしっかりと研究されて結果が出ずにうまくいかないこともあった。でも、その悔しさの分だけ「どうすればいいか」を考えた。チームの中でどういう投手になって、どういう活躍をすればいいか、自分と向き合って「自分にしかないオンリーワンの武器」を作ることを意識した。その武器は「コントロールと球のキレ」だ。

キャッチボールやピッチングはもちろん、軽くボールを相手に投げ返す時でさえ、意識して丁寧に相手の胸へと球を投げ返した。「よく『1球、1球を大事にしろ』とかって言われるじゃないですか。でもそれが難しいじゃないですか。それでも本当に意識して1球、1球を大事に丁寧に投げてきました」とこだわって取り組んできたことを話してくれた。その取り組んだ結果が今日の投球だ。

「調子が悪いなかで0点で抑えられたことには自分自身の成長を少し感じましたし、今日の内容だと3、4回のどこかで代えられてもおかしくない状況でした。それでもギリギリのところまで引っ張って投げさせてくれたということが何よりの成長かなと自分では思います」と自らの成長を素直に語った。

「ストレートがあかん」という声がカメラ席まで聞こえた

だが、満足はしていない。「もっと長い回を投げて良いピッチングをしてチームに貢献したいし、もっと目立ちたい。今日投げた1年生ふたりもそうですし、本当にウチには良い投手がたくさんいます。その中で開幕戦を任せてもらえている。これからも全部自分で投げ切るつもりじゃないとダメです。他の投手に頼りたくないんで(笑)。でも自分がマウンド降りても試合は勝ちたいんで、今日も投げた後はベンチでずっと声を出していました!」と笑った。正直で良いじゃないか。素直で良いじゃないか。本当に投手らしい性格をしているなと感じた。すごく魅力的だ。

絶対に受け身にならず戦い続ける

最後に植田はチームへの思いを語ってくれた。「主将の牧さんを中心に野手も投手もまとまっています。リーグ戦で優勝できるチーム、そして日本一になれるチームです。こんなに良いチームで野球ができるのはありがたいです。絶対に受け身にならずにこれからも戦っていきます」と力強い声が伝わってきた。

牧の存在感はチームにとって非常に大きい

「自分自身にプレッシャーをかけてきました。だからこそ自分自身に期待しています」取材の途中で植田が口にした言葉だ。

目立ちたい、勝ちたい、1人で投げ切りたい。偉そうに言うでもなく、調子に乗っているわけでもなく、純粋な気持ちを口にする植田は清々しくてかっこいい。自分が自分を信じてあげないと誰が自分を信じれるのか。そんなメッセージを感じた。必死になって開幕勝利投手をつかんだ植田はこれからも自分に期待を抱き、その期待を自分で超えていく。

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取材の終わりに「ちなみに小学生の頃は奈良のどのチームで野球をしてたの?」と聞くと、僕と同じ少年野球チームでした。そんな偶然ある!?

野球応援団長・笠川真一朗コラム

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